第35話 『マルタ』

 その『もうすぐ』がついにやって来た。

大日本帝国臨時米国統治軍の若い将校が部下を引き連れて、ある日とうとう、相当な噂になっている季太郎達の施設に乗り込んできた。

「両手を上にしろ! 代表の日本人を出せ!」と心底バカにしたような、上から見下ろすかのような声で若い将校が拳銃を取り出しつつ命令した。咄嗟にクリフが動こうとしたが、

「僕だが、貴様の所属と階級は?」

その声を聞いた瞬間、クリフの背筋がすうっ――と冷えた。反射的に季太郎の方を見ると、アイリーンやグェンも彼を見ていた。そして、クリフのように誰もが驚いていた。

季太郎――あの女性からのハグ一つに石のように硬直していた青年が、拳銃を持っている相手にツカツカと歩み寄り、逆に人間が檻の中の猿を見下すような目付きをして上から下まで観察すると、冷酷な声でこうのたまったのだ。

「フン、ちっぽけな勲章一つの下級将校ではないか。 貴様、僕の『マルタ』集めに協力するのかしないのか……返答次第では貴様らを『マルタ』にさせて貰うぞ」

「あ、貴方は一体――」と若い将校が引きつった顔をする。

「僕は石井イシイ軍医中将の部下の一人である」

この瞬間、日焼けしていた軍人将校の顔がハッキリと真っ青になった。眼前の、丸腰で、見るからに細くてノッポな体つきの青年相手に恐怖していた。恐怖――まだ死刑を宣告されて銃殺された方が彼も面子を保っていられたのではと思わせるほどの、絶大な恐怖に震えていた。

「た、大変な失礼を致しました事、お詫び申し上げます!」

「ではここから即刻出て行くか、『マルタ』になるかどちらか選びたまえ」

「二度と余計な詮索も邪魔も致しません! どうかお許し下さい!」

そう言うが早いか将校は部下に『退却する』と命令を下し、まるで波が引いていくように去って行った。

「き、キタロー……?」クリフはやっと声を出せた。

すると、いつものあの穏やかな青年が戻ってきて、ただ、やや苦しそうな声で、

「後で、きちんと訳をお話しします」

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