第32話 グラスフ一家のとんでもない一日

 グラスフ兄弟が帰る前日、グラスフ一家は最悪の日を迎えようとしていた。

兄弟がアジアの島で死んだと言う紙切れが届いたのである。

その知らせを誰よりも待ちかねていた、近所の大農園を経営していて、美人な妻にしょっちゅう言い寄ってくる脂ぎった男が訪れてきた。そして悲嘆している一家を前に、結婚しよう、祖母や娘にだってちゃんとした医療を受けさせたいだろう、と迫ったのである。

無理矢理に次の日に結婚式が開かれた。近所の教会から、まだ兄弟の葬儀も終わっていないのに非道い事だと顔を暗くしている牧師も招かれ、書類も後はサインを待つだけ、ワインやシャンパンが次々栓を抜かれる、という状態であったのだ。父親は耐えかねて家にこもり、もうベッドから動けぬ祖母や娘を見つめて涙していた。

牧師が渋々嫌々と聖書の言葉を読み上げている、その最中に兄弟が帰ってきた。

「……。 おっ! 俺達の帰還祝いのパーティーか! ありがとうな! 遠慮無く飲ませてもらうぜ!」

サイモンはそう言って、わざと高いワインやシャンパンから片っ端にラッパ飲みし始めた。この男は一見おちゃらけているようだが、実はかなり場の雰囲気に感づくのが得意である。

その間にアンソニーは青くなっている農園の男に詰め寄っている。妻は彼にしがみついて泣き叫んでいた。アンソニー達の古くからの友達だった牧師はこの事態に踊らんばかりに大喜びで、『神の奇跡だ、祝福だ、さあワインだ』と聖書を放り出してサイモンの飲み仲間に加わる有様。

結婚式に呼ばれていたのは半分は農園の男の、半分はグラスフ一家の仲間であったから、青くなるか、この幸せな驚きに大いに喜ぶかの真っ二つに割れようとしていた。

「これはどう言う事だ?」とアンソニーは恐ろしいほど冷酷な目付きで男に詰め寄った。

「ち、違う、違うんだ!」

「違うと言ったな? これは私達の帰還祝いのパーティー、そうだと認めるのだな?」

「そ、そうだ、そうだ! そうなんだよ!」と農園の男が言い逃れたと思った瞬間、

「その場で貴様は私の妻に無礼を働こうとしたのだな」と顔面にパンチが命中した。

農園の男の側が流石にカッとなったが、そこでサイモンが、

「ヘイ兄貴、酔っ払ってんなー、おいおい、もっと酔っ払えよー!」

と彼に一番年代物のワインを栓を抜いて渡し、牧師も空気の剣呑さを察知して大声で便乗、

「パーティーの主役が酔っ払っているのなら仕方ない、ハハハ! さあ皆さん、大いにこの素晴らしい日を祝いましょう!」

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