第31話 本当はハグしたかった
変な日本人がいる。その噂が広まっていく。毎日のようにポトマック川の側に木を植えているらしい。あの研究所から毎日出て来る。何のためにアメリカに来たんだ?
季太郎を見物に来るアメリカの人々が少しずつ増えていった。
その日、季太郎は持ってきた最後の苗木を植えた。最初の日に植えた苗木から芽が出ているのを確認して、ほっとした顔をする。水やりのために川から汲んでいると、突如、大声が響いた。
「オウ!? ――キタローだ! おい兄貴、やっぱりキタローだぞ!!!!!!!! キタロー!!!!!!!!!!」
季太郎が驚いて声のした方を見た時にはもう遅かった。
突進してきたサイモンが季太郎をハグしようとして失敗した。
勢い余って季太郎ごと川に落ちたのである。
「何をやっているんだ、このバカ! おいキタロー、じっとしていろ!」
すぐに季太郎はアンソニーにより救助され、自力で川から上がったサイモンは隣で居心地悪そうにしている。
何だ何だ?何の事件だ?見物のアメリカ人達がざわめいた。
「ヒイ、ヒイ……。 そうでした、海軍にいたのに僕は水泳の訓練が大の苦手で……」ここで目を回していた季太郎は我に返って、「ア! グラスフさんじゃありませんか! どうして……?」
「……私の母と娘が……被爆していた」アンソニーが暗い顔をして打ち明ける。「俺達が出征していた間、妻が近くの大農園のバカ野郎に言い寄られて毎日泣いて過ごしていたんだ。 親父が追い払ってくれていたが……あの日、娘の教育に悪いからと妻に頼まれて、母が娘を連れてワシントンDCの近くまで来ていたんだよ」
ここでアンソニーの後に続いてサイモンが言った。
「……せめて痛みを和らげる薬でも無いかってここにも探しに来た。 そうしたらさ、日本人が作った人体実験の研究所がある、だがその日本人は変なヤツで毎日ポトマック川の近くに木を植えているって噂を聞いたんだ。 もうこれはお前しかいないだろうと思ったよ、キタロー。 そうしたらやっぱりお前だったんだ」
「キタロー、何か良い薬を知らないか? この通りだ、頼む」
この時、グェンすら予想しなかった形で最大の宣伝が行われた。
「薬も何も、僕は正にそのためにここに来たのです。 娘さん達お二人は、まだ移動できますか? あの施設に来て下されば、不測の事態にも備えた万全の体制が整っています。 もし移動できないようでしたら、僕が行きます」
「キタロー、おい、まさか貴方は」言いかけたアンソニーに、季太郎は断言した。
「人体実験の研究所と呼ばれていますが、あれは原爆による諸症状を副作用なく完治させるための医療施設です。 臨床実験では、一週間ほどで頭髪が生えました」
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