第27話 追い詰められて 上

 「何だ君は。 こんなこともすぐに出来ぬのか」バンと書類の束が高級な木製の机に叩きつけられ、数枚が舞いおちる。穣司はその机の前に立たされて、この屈辱に拳を固く握りしめていた。お偉方は冷たく、不愉快そのものでこう言った。「君は、全部駄目な男だな。 前の主任はこの程度、数時間で用意したのに」

「……申し訳ありません」穣司はとうとう小刻みに震えだした。そんな彼の内心などには目もくれずに『お偉方』は言ってのける。

「こんな雑でのろまで不出来な発案のために大事な予算をくれてやる訳にはいかん。 予算が欲しかったらもっとマシな計画書を作ってこい」

「……はい、申し訳ありません」

プライドが過度に高いことは、他人からの評価や扱いに心の小ささが過剰な反応を示すことでもあったから、穣司は過去に存在した男に対する手遅れの殺意と、現状への多大な不快感に少しずつ顔色が青ざめていった。

こんなはずでは無かった。断じてこんなはずでは無かった!

お偉方はそんな穣司を微塵もおもんばかることもなく、

「それより、ビキニで予定されている実験の方はどうなっているのだ?」

「はい、あと半年程で」と穣司が説明しかけた瞬間に、

「どこまでのろまなのだ」と徹底的に醒めた声で言った。「君の無能っぷりに笑えてくるよ」

「申し訳ありません……」

「シッシッ」とお偉方は手を振った。犬を追い払う態度であった。

穣司は部屋を出て、廊下の壁に手を突いて、声を殺して絶叫した。

 ……。

「なあ、知っているかい、あの噂」

「当然さ、もう有名だよ、出世のために親友……前の主任に濡れ衣着せて処刑させたんだろう」

「アア怖い怖い。 前の主任は人とは思えぬほどの天才だったし、何より気前が良かったのになア。 今のはすぐ怒鳴り散らすボンクラ間抜けじゃないか、イヤ違った、ボンボン間抜けだったな」

「ハハハハ、そりゃそうだ。 そのボンボン間抜け様のおかげでここの予算は減るばかりだぜ。 この研究所はもう泥船になってしまったから、君はどこに移籍を考えている?」

「アア、大学の先輩の伝手で心当たりが、ね――」

「そいつは羨ましいなア。 僕の方は民間に逃げようかと準備しているところさ」

「……なあ君。 今の主任じゃ死んだって無理だろうが、きっと前の主任が生きていたら、あのおぞましい研究も無事に完成しただろうねえ」

「シッ。 声が大きい。 『人間の不老不死化』……成功していたら人間はどうなってしまうんだ?」

「『神子』様が未来永劫生き続けると言うことだろうさ。 恐ろしい、生きたまま真実の『神』になってしまうんだろう」

「……前の主任は『強化細胞培養法』の草稿も書いていたらしいからな……万が一にでも実用化されていたら……」

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