第26話 加害者として
復員船に偽装した密輸船はハワイを経由してアメリカの西海岸に着き、港に着くごとに元兵士を港に降ろしていった。続いてパナマ運河を経由して東海岸に回り、ワシントンDC近くの港街アレクサンドリアについに到着するのは、ついに明日になった。
「貴方は、超人、いや、天才だな」アンソニー・グラスフは自分の手でスプーンを使って熱いコンソメスープをすくい上げて、ごくりと嚥下する。塩味がきつくて不味かったが、彼にとっては何よりも美味いスープであった。「あの時は殺してくれと思ったが、今は生きていて本当に良かったと思えるよ。 自分の手で食事が摂れる、こんな当たり前のことが当たり前に出来るんだ。 これ以上の幸せは無いさ。 貴方はまるで神様だ」
遅くても明日の夜にはワシントンDCの郊外の田舎町にある家に自分の足で帰ることが出来る。そこには彼の妻と娘、そして両親が住んでいる。悲嘆に暮れているであろう彼らは気絶するかも知れない。長く連絡が途絶えていた兄弟が生きて帰ってきたのだから。それどころか信じて貰えない可能性もある。この結合部がどこなのか彼自身にも分からなくなってしまった、本当に見事な義肢を見せて、ジャングルに本当の手足は捨ててくるしか無かったと言ったところで。
「僕は到底、神ではありません、いえ……大罪人です」
スープを配っていた季太郎はアンソニーの方を見ないで答えた。
「……何をやったんだい?」
「……アメリカに新型爆弾を落としたでしょう、あれの構築基礎理論を提唱したのが僕です」
「そんなに落としたかったのか」
「落とせば戦争は終わると……白痴のように信じていましたから」
「フム。 ……それなら、確かに貴方は大罪人だ。 きっとニューヨークやワシントンDCに行けば、その罪過を目の当たりにするだろうよ」
季太郎は答えなかった。何を言われても構わぬ覚悟で、黙っていた。だが彼にはまだ本当の気構えが無かった。己の罪をいまだ直視出来ていないのである。知らぬ間に、季太郎は被害者の顔をしていた。
「だが」ここでアンソニーは付け足した。「貴方は私を生きた人間に戻してくれた、それも事実だ」
「……エ」
「毒になれないものが薬になれるか、さ。 そうだろう?」
「……」季太郎は言葉が出なかった。ハッとしてアンソニーを見つめていたが、慌ててうつむき、ツンとする鼻の奥を意地で誤魔化す。そうだ。そうだ。僕は、そうだ。この瞬間にようやく、彼は加害者として己の大罪と激突する意地を固めた。僕は人殺しだ、だからやる。「そうでしたね」
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