第25話 奇跡を起こす日本人

 「アア、義手義足が欲しいと。 作って繋げるだけなら簡単です。 問題はリハビリです。 クリフさんの足を作った時とは全く状況が違います。 クリフさんはリハビリを何一つ苦ともせず、むしろ大喜びで行われた。 ですが、あの患者は半ば発狂しています。 その発狂に気を払いながら他の重篤の患者を看ると言うのは、今の僕には難しいのです」

「……そう、か」クリフはうなだれ、あの暗黒の時期を思い出して黙ってしまった。

「ただ」季太郎は淡々とこう言った。彼はこのような時に感情を出すことが余計な害悪になることをよく分かっていた。「付きっきりで面倒を看ると言う者がいるならば、話は別です」

クリフがはっと顔を上げる。

「サイモンさんでしたか、弟の方が快復したら、教えていただけませんか」

 サイモンは質素だが清潔な生成りの綿のシャツとズボンを与えられて、大人しくそれに着替えてクリフの後を付いていく。

季太郎の船室に入るところで、彼はクリフによって両手に手錠をされてしまった。当然驚いて、

「ヘイ、ミスター・ハルロット、一体何がどうしたんだ!?」

「ちょっとショッキングな光景だからな、暴れられると困るんだよ」

「!」サイモンは絶句して、それから必死に哀訴した。「頼むよ、兄貴をそんな酷いやり方で殺さないでくれ! 頼むよ、兄貴はプライド高いけれど本当は家族思いのいい男なんだ! 頼むよ、頼むよ――!!!」

「うるせえ黙れ」

クリフはひょいと軽くサイモンの両足を掴んで逆さにぶら下げ、船室に入った。

その船室は防音室でもあった。血まみれで、舌を噛ませないように口に透明なチューブを突っ込まれて、それでも痙攣を繰り返す男が奥の手術台の上にベルトで完全に拘束されていた。その脇にはアイリーンと季太郎が手術着で立ってをやっていた。

「兄貴!? 兄貴!」サイモンは半狂乱で泣き叫んだ。「止めてくれ、兄貴は人間なんだ!」

「ア、クリフさん、後は左腕だけです」と季太郎がクルリと振り返っていつもの穏やかな声で言った。「それと弟の人、あまり騒がれると兄の方の傷に障りますのでお静かに。 誤解を招いたのは謝りますが、この接続手術の難点が麻酔や鎮痛剤を使うと結合部の癒着がかなり遅くなる所で、それは追々改善するつもりですから、今は大目に見て下さい」

「まあな。 このオレが殺してくれとマジで思ったからな」クリフは呆れた顔で、「でも、これで手足が元通りなんだろう?」

「正確に元通りかどうかはお答えできません、何分、両手両足がありませんでしたから、身長などが若干変わったかも知れませんので……」

「ハハハハ、キタロー、お前のジョーク、中々イケているぜ!」とクリフは腹を抱えて笑った。

「え……? え!?」サイモンはあ然として、季太郎とクリフを交互に首を持ち上げて見た。「な、何がどうなってんだ?」

「キタローが説明するか? オレが言うか?」

「僕が説明します。 ――弟の人、貴方の兄に今義手と義足を付けているところです。 無事に感染症などにかからねばきちんと手足は復元されるでしょう。 自分の意思で動かせますし、触覚も痛覚もあります。 ただ歩いたりするにはまず介助してもらいつつのリハビリが必要です。 貴方は二十四時間付きっきりで兄の介助が出来ますか?」

サイモンは少しの間、事情が分からなかったが、理解した瞬間に声の限りに叫んだ。

「やる! やらせてくれ! ……日本人、あ、あの、日本人、ありがとうな!」

「いえ、お礼を言われるようなことはしていないのです。 この復元に使える麻酔や鎮痛剤が無いかどうかの試験にも使いましたから。 ……アイリーンさん、どうも既存の麻酔物質は一切効かないようですから、こうなったら作るしか無さそうです」

「アレの転用はどう? 手術の間だけ脳に働きかけて痛覚だけを遮断させる作用をプログラミングするのよ。 血中の脳内麻薬だったり鎮痛物質そのものが結合の邪魔をしているような気がするの。 だったら、出させなければいいじゃない」

「なるほど、それなら一番簡単に作成できますし、安全性も高そうです。 ただ、その場合の懸念は――」

二人は手を止めずに手術を続けている。

「さ、出るぞ」とクリフはサイモンをひっくり返して首根っこを掴み、部屋を出た。あまりいても邪魔になるし、感染症の病原体を持ち込みかねないのである。


 あの日本人は奇跡を起こす。その噂は船内に少しずつだが確実に広まっていった。あのグラスフの兄貴を見ろよ、ジャングルで手足をもがれて死にかけていたのがあの通りだ。兄弟で並んで小便している。でも日本人だぞ、俺達を実験素体モルモットにするんじゃないのか。もしそうだったとしても、アメリカの軍医がお手上げだったほとんどの半死人を復活させたのは事実だろう……。

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