第24話 復員船

 渡米の密輸船はグェンの手により、アジアの島々から帰還するアメリカ合衆国の元兵士達を主に乗せた復員船の外見を取っていた。勿論船の中にはアメリカ合衆国の元兵士達もいて、だが食料庫の奥やら隠し部屋の中には必要な物が詰め込まれているのだった。

まず季太郎は、アメリカ合衆国の兵士達があまりにも衰弱して全身から凄まじい臭いを放っているのにウッと息を詰まらせた。明らかに感染症と思われる者もいる。または、ウジ虫をポロリポロリと落とす体を引きずっている、精神的に酷い障害を負っているのか奇声と涎が止まらぬ……とにかく何かしら衰弱していない者はいない。

「……アメリカは、最後まで戦ったからな」とクリフが沈痛な声で言った。「本当に、最後まで」

「これが戦場の……結末なのよね」アイリーンは首を左右に振って、「いいえ、覚悟がいるわ、アイリーン。 原爆を落とされたワシントンDCとニューヨークはこんなものじゃ済んでいないのよ」

「……現実はいつだってこうだ。 季太郎、恐ろしかったらずっと船の中にいても大丈夫だぞ。 治療施設建設の資材も物資も人員も全部手配済みだ、アイリーンが設計図を持って行けば」とグェンが配慮して言ったのを遮って、

「僕はやります。 そう僕が決めました。 ――ただ、この航海の間は、彼らの治療に専念します。 大日本帝国が八紘一宇の大日本帝国であるためにも」

そう言って季太郎は感染症予防の仕度をすると、甘いような腐ったような、とにかく胃液がその臭いをかいだ瞬間に逆流する、絶望と死がうごめく者達のど真ん中へ入っていった。


 「ヘイ、ミスター・ハルロット」若い白人の青年が重湯を食べた後で、随分と元気を取り戻した声で言った。「あの日本人は、どうして俺達を助けるんだい?」

季太郎は船の倉庫を区切って、目が離せぬ重症の者、治療が必要だが命に危険は無い者、そしてこの青年のように軽症の者と分けていた。季太郎は今、一番重症の者の部屋で治療と栄養補給をして、それが終わり次第に要治療の者の部屋に行くと言っていた。それで、一番軽症な者にクリフ達が食事を配っていたのである。

「俺達が人間だからさ」とクリフは端的に答えた。

「でも……アメリカは日本に負けたんだろう?」

「勝っても人間、負けても人間だろ、サイモン」

「……うーん、俺には分からねえよ」とこのまだ二十歳そこそこの青年、サイモン・グラスフは目を閉じてしまった。「ただ、さ」

「何だ?」

「俺の兄貴、助けてくれるっつーんだったら、俺はあの日本人の奴隷になったっていい」

「この船にお前の兄貴が乗っているのか」

「ああ。 8つ上で、アンソニーって名前だ。 俺を庇って全部の手足を無くした」

「……」クリフは、黙っていた。

「軍医も死んでいたからさ、ろくな処置も出来なくていっそ殺してやった方がってみんな言ったし、兄貴自身も殺してくれって言った。 だけど俺が止めてくれってワガママを言った所為で兄貴は銃殺してもらえなかった。 その直後に俺達は日本軍に包囲されて、捕虜になった。 ……兄貴、段々おかしくなっていってさ。 無いはずの手足が痛い、かゆいって夜に泣きわめくんだ」

クリフにとっては内臓を抉られるよりも耐えがたい話である。

「それに加えて兄貴はプライドが高い男だから、クソの世話を他人にされるのを本当にイヤがってさ。 俺に、もう殺してくれ、頼むから殺してくれって泣いて訴えるんだよ」

「……そうか」

「なあ、安楽死ってあの日本人なら出来るんだろう? 頼むよ、俺じゃ兄貴は殺せない、頼むよ……!」

「……まあ、話だけはしてやる」とクリフは足早にそこを立ち去って、甲板に出た。

爽やかな潮風が翔ける空の下、どこまでも青い海が広がっていた。

彼はその海に胃の中身を全て嘔吐した。

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