第23話 神子の盲点
「それで、だ」若宮様はホクホクの焼き芋と淹れたばかりの玉露を交互に口に入れつつ、言った。「今日、私を呼んだ理由は何なのだ? それと……まずは、どうしてアイリーンが包帯まみれで車椅子なのだ?」
「まずアイリーン達から説明するか。 クリフの足にグェンの手の再構築、アイリーンの性転換、ケイの救命、お冬の見える右目。 ……そう驚くな、全部この季太郎がやったんだ。 で、俺はその代わりに季太郎の支援者になると言った」
「……フム。 季太郎は何をしたいのだ?」
「アメリカに新型爆弾が落とされて大勢の人間がケイと同じように苦しんでいるのは知っているな? 渡米してソイツらを助けたいんだと」
「普通に渡米できないと……ホウ、何をこの土下座虫はやったのだ?」
「『神子』に無礼な発言をしたのが親友だった男に暴露されたんだとよ。 それで今は戸籍上死んでいるんだ」
「ハハハハハ! それは気に入ったぞ!」ナギはひとしきり腹を抱えて笑った後に顔を真面目にして、「季太郎を米国へ密入国させたい、だろう? それも『神子』に絶対に予知させぬように」
「アア。 若宮様よ、『神子』の予知能力はどうやったら回避できる?」
「何、神子は完全完璧に未来を予知し託宣すると誰彼からも恐れられているが、実態はさにあらず。 あのババアの託宣は非常に限定的なもののみよ」
「……ソイツは、どう言う意味で?」
「日清日露戦争から第二次世界大戦の全て。 ソ連、米国、英国、その他数多の敵国や大日本帝国の未来の情報や未来に起こる事象を神子として余す所なく託宣する。 誰もからそう思われているが、実情はそうではない。 ……父上が言っていたのだが、あのババアは関東大震災の起きる前日に、代宮家だけを安全な場所に連れて行ったそうだ。 更に米国に新型爆弾を落とさせた時、まるで何かの復讐であるように『絶対に二発落とせ』と言った。 そうやって既に敗北が確定していた米国にトドメを二度も刺した。 人情味が欠片でもあるか、少しでも頭を使って考えれば、ああも惨いトドメは一発で充分すぎることは明白であろうに。 要するに神子は私怨私利私欲でしか託宣せぬのよ。 それも酷く限られた事のみを。 季太郎が無限発電炉を発明し実用化した事を聞いてあ然としておったからな。 しかもその後のめざましい研究成果や発明の数々……同じく信じられんと言う顔しかしておらんかった。 とは言え季太郎、貴様は特許なんぞ一度も取らずに研究成果も他人にくれてやってばかりだったのだろう? 貴様の目立った活躍なんぞ聞いたことが無いからな、だが、それが良かったのだぞ。 あのババアに目を付けられたが最後、たとえ今上陛下であろうと処刑されるからな」
「……」季太郎は土下座したまま、じっと考えている。
「そうか。 なら、普通に密輸船に乗せるとするか」ミハイルは頷いて、グェンを見た。
ニヤリと笑い、この生粋の商人は仲間に目配せをして、
「ミハイルやお冬様は悟られないよう、ここを動かないでいてくれ。 何、密輸も俺の十八番さ。 クリフも手伝ってくれ、そうすれば千人力だ」
「ねえねえ、私は?」アイリーンがウズウズしているのをこれっぽっちも隠さずに訊ねると、
「早くリハビリを終わらせてくれよ、恐らくキタローの指示を表で代行できるのはアイリーンくらいだからな。 それまではお預けさ」
「こうなったら全速でリハビリね。 ああもう、居ても立ってもいられないわ!」
「何だか楽しそうだな! 私も加わりたいぞ! ミハイル、駄目か……?」
ミハイルは若宮様の頭を撫でて、
「いいぜって言ってやりたいんだがなア。 若宮様を連れて行くと流石に『神子』に感づかれる」
「あのババアめ、とっとと地獄に堕ちれば良いものを!」とナギは悔しがる。
「ケイさん」そこで季太郎が考えるのを止めて、口を開いた。真っ直ぐな目でケイを見つめて、「一緒にアメリカ合衆国に来ていただけませんか」
「……何が目的だ」とケイは辛辣そのもので、「そうか、石を投げられた時に盾にしたいか」
「僕が恐れているのは投石ではありません。 特高の拷問にも耐え抜きましたから」季太郎は穏やかに、だがケイにとっては決定的に告げた。「アメリカの人々に、治療を拒まれることが恐ろしいのです」
「貴様は……とことん卑怯だな」ケイは忌々しそうに呟いたが、それきり何も言わなかった。
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