第22話 ナギ様
「ミハイル! 私が来てやったぞ! こら、出迎えをせぬのか!」とその勝ち気な表情を浮かべた少年と青年の境目にいる若い男は、ピカピカの革靴を脱ぐなり白い靴下で軽やかな足音を立てて玄関を駆け上がってきた。
「若宮様よ、俺はここにいるぜ」いつもの気取らないが粋な風体で、ミハイルはヒョイと顔を縁側に面する部屋から出した。「今、サツマイモを焼くところなんだ」
「焼き芋か、私も大好きだぞ!」若宮様は大喜びでミハイルの後を付いていく。「それで……ケイはどこなのだ?」
「今枯れ葉を集めている所さ」
「何と!」若宮様は驚き、「ケイに無理をさせているのか!?」
「それがなア、スッカリ元気になったのさ」
「何と!? 何があったのだ!?」
「男が出来た」
「何と!!!! 私という者がありながら! 二心か! クッ、かくなる上は男を倒してケイの心を――」
「イヤもう倒れている、ほら、そこだ」とミハイルは視線で差した。
庭の隅で季太郎が土下座して二人の方を向いていた。ほとんど五体投地、彼の上だけに凄まじい重力がかかっているかのように潰れながら土下座をしている。
「……あれか?」
「アア」ミハイルの顔は渋い。季太郎への説得も恫喝も見ての通りに大失敗しているからである。
「あれの何が良くてケイは二心を――!?」
「この世の何より分からんのが女よ……」
一番自分に言い聞かせるようにしみじみとミハイルは呟いた。
「ヤイヤイヤイ!」若宮様は靴下のまま、縁側からダッと庭に駆け下りて、季太郎の頭を蹴っ飛ばした。「この不埒漢め! 私からケイを略奪しようなどと謀りおって、許すまじ!」
「ハハーッ! 宮様の恋人と知らず大変な無礼を働きましたこと、何とぞご寛恕を――!」
いきなり若宮様は落ち込んだ。
「その……私の恋人では無いのだ」
「ハ?」
「ケイは、その、私のことが大嫌い……なのだ。 この前は脱いだ靴の中に画鋲を、その、ありったけ」
「ヒイイイッ!」季太郎、ひれ伏したまま光景を思い浮かべて震える。
「だ、だが私はケイが大好きなのだぞ!」持ち直した若宮様はエヘンエヘンと鼻高々に威張りつつ、「だから貴様ごときには断じて渡さぬのだ!」
「ハハーッ!」
季太郎は額を地面にめり込ませる。ミハイルの疲れたような諦めたようなため息。
「ところで貴様、名前は何と言う?」
「ハッ、綾長季太郎と申します」
「私は若宮様とミハイルに呼ばれているが、本名は代宮
「そそそそそそそんなご無礼を」
「私の命令が聞けぬのか季太郎! ナギだ!」
「な、ナギ……様」
「様が要らぬが、まあ勘弁してやろうぞ。 ――ミハイル!」
今度は若宮様は縁側に腰掛けて靴下を脱ぎ、
「汚れてしまった、替えを頼む」
「自分で洗えや。 汚したんだろうが」
「ムッ。 仕方ない、特別だぞ!」
「ヘエヘエ。 ――おい季太郎、こう言う訳だ、いい加減に土下座は止めろ。 それよりとっとと芋を洗ってこい」
「承知いたしました!」季太郎は彼らからの命令にとことん忠実であった。
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