第21話 若宮様
「今日は客が来るぜ」ミハイルが朝餉の時に言い出し、季太郎は、
「どちら様でしょうか?」とごくごく自然に訊いていた。
もう彼も、この屋敷の暮らしにすっかり馴染んでいた。
アイリーンは先週手術を受けて、思った以上に快復が早いのでそろそろリハビリをしようとこの朝餉の前に話をしてきた所である。何よりアイリーン本人が非常に意欲的なのが快復の早さの一番の原因だろうと季太郎は思っていた。この数ヶ月の間はアイリーンの精神には酷く辛い時もあったが、復元、いやそれ以上になった足や手を自慢しにくる仲間がいたのである。言わば『先に夢を取り戻した仲間』という灯りがあったから、朝が来るまでの暗闇の恐ろしさに耐えきることが出来たのだ。
「いい加減にシャワーを浴びたいわ」とアイリーンはそれだけはとても辛そうに言ったので、季太郎は『女中型アンドロイド』に彼女の洗髪の準備をさせてから、自分の方の朝餉に来たのである。
この屋敷では家事は大半を冬子夫人の主導で全員がやっていたが、今では季太郎の作成した女中型アンドロイドがその代わりにやっていた。ただ、食事だけはどうしてもと冬子夫人が言ったことにより、基本的に食事当番が作って全員で食べるのは変わっていない。
空き時間は各自が好きなことを好きなようにしている。例えば足を取り戻したクリフは、全身の筋肉トレーニングや模擬戦闘訓練をこなしている。大日本帝国にもこれほどの猛者はいなかったと季太郎にも分かるほど、その身のこなしや体力は素晴らしかった。
するとグェンがニヤッと笑い、小指を一本立て、
「ケイのコレさ」
季太郎は箸を取り落としたまま動かない。呼吸すらしていない。
「あんなガキ、誰が!」
ケイがバンと拳を大きな円卓に叩きつけた所為で食器が飛び上がった。
「じゃあ季太郎だな?」とクリフもニヤニヤしつつ言う。「季太郎だな?」
「両方とも死ねばいい!」
「季太郎、取りあえず息をしろ」ミハイルが命令して季太郎はやっと息をする。お冬夫人は呆れきった顔でそんな季太郎を見ていた。「俺は『若宮様』と呼んでいる。 ――だから平伏して拝むのは止めろ、俺の話を最後まで聞けや! ……ハー、俺と同じような境遇の若造だ。 ただ、あちらは曰く付きでな……そうだ、季太郎は宗教にも詳しかったな。 昔々も大昔、『呪術と技術が未分離』だった時代に天皇家に降りかかる災厄の一切を代わりに引き受ける特別な宮家が創立された。 『
「そんな……!」季太郎は少しだけ震えている。
「そしてついに決定的事件が発生した。 『神子』が代宮家から生まれた」
「!」季太郎は咄嗟に冬子夫人を見た、だが彼女は心臓がゾクリとするほど妖艶に微笑んで、
「私はいつだって旦那様のためならば抉れますし死ねますもの」
「心配するな季太郎、ここにいる連中は全員お前のように何かしら『神子』に疑問を持っているヤツらばかりだ」ミハイルは冬子夫人を見て、「で、お前は俺の嫁だ、ナ?」
「はい旦那様」冬子夫人は堂々と頷く。女は弱い生き物である。不意にその言葉が季太郎の頭の中に浮かんだ。その直後に、しかし愛を抱く女は鋼より強い、と続く。
「今の代宮家の当主が神子で、今日来るのは、その孫さ。 コイツも変わっていてなあ、代宮家はとっとと滅べって考えの持ち主なんだよ」
「エッ……」
「『この時代になってまでも代宮家に依存しているような天皇家なんかおかしい、時代は変わったのだから変えるべきだ。 私の代でこんな悪しき因習は滅ぼしてやる』……若宮様の決意が変わらぬとは限らんとか周りには結局抗えんとかはどうでも良いんだ。 俺が若宮様が好ましくてしょうがない。 で、その若宮様がケイにべた惚れしているって訳よ」
「……左様でございますか、左様で……」
季太郎がうなだれ、影を引きずって呟いた。ケイが途端に激昂して季太郎の横っ腹をどつき、
「殺されたいのか!」
「ヘイ、キタロー、それじゃ駄目だぜ」クリフが見ていられないと言った様子で口を挟んだ。「ケイはキタローに抱きしめられて若宮様には絶対に渡さないと言って欲しいのさ。 意気消沈している場合じゃ」ここでクリフはケイがぶん投げた湯飲みを軽く二本指でキャッチ、「無いんだぜ!」
「こらケイちゃん、食器を投げるなんてはしたないわよ」
冬子夫人が叱るように言うとケイはふて腐れた顔で黙る。
「若いなあ!」とグェンが腹を抱えて笑った。
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