第16話 クリフ

 ……クリフと初めて真正面から向き合った季太郎は、まずミハイルにも引けを取らぬその立派な体躯にも感嘆したが、どこか自棄ヤケになって安物の煙草を吸っている態度、目の奥にくすぶっている業炎を見て取った。天空の覇者である猛禽が翼を引きちぎられてもなお、天空を仰ぎ見る目に宿る炎であった。大地の王者である猛獣が爪牙を打ち砕かれてもなお、大地を駆け巡る野望を宿した目にも似た、野心的で獰猛だが、血を吐く咆吼のような眼の光である。

この男は強かったのだ。誇り高かったのだ。だがその強さも誇りも奪われ、今の不況に甘んじるしかない己に、どうしようもない苛立ちとどうにもならぬ悔しさを抱いている。

「クリフさん」だから季太郎はハッキリと言った。「僕は仲間が欲しいのです。 そのために、貴方の足を必ず復元……いえ、もっと高性能な足を作ります」

「高性能な足? 何だ、足から砲弾でも撃てるようになるってか?」

「お望みでしたら」

季太郎は即答する。するとクリフは少しムッとした顔で黙ってから、

「お前、『黒人』って言ってみろ」

「黒人、はい、『黒人』……ですか?」

「……オレは黒人だったが国のために義務を果たそうとした。 だがその結末がこれさ。 黒人なんて人間じゃないんだ。 お前は黒人と単純に言ったが、普通のヤツが言う黒人は、俺が私が貴様の主で貴様は奴隷だという意味なのさ。 黙れよ、黄色い猿ジャップ!」

「貴方は確かに真っ黒な肌で、目で、髪の毛です。 僕にとってはただそれだけのことです。 僕は確かに黄色い猿です、『黒い人』。 正直貴方が一番気にして恐れていることよりも、僕は貴方が僕に手を貸して下さるか、そちらの方が大事なのです」

「オレが恐れているだと?」クリフは逆上した。「オレが何を恐れているって言うんだ!」

「黒人であることをです」季太郎は徹底的に冷静である。こういう時に、感情的な水掛け論ほど埒があかないものはない、と分かっているのだ。「貴方を一番差別しているのは、貴方ご自身のような気がするのです」

クリフは煙草を灰皿に乱暴に押しつけた。

「……オレの親は何より先見の明のある人だった。 学問の前に人種などないと信じて、オレを大学まで行かせてくれた。 だけどな、アイツらはオレが黒人だってだけで親まで馬鹿にしやがったんだ。 国のために義務を果たせばきっと馬鹿にされなくなると信じてオレは軍隊に入った。 必死に戦った。 その成れの果てがなんだぞ!? もう、どうやったら――」

「死んでも戦うことです。 黄色い猿である僕が言わせていただきます。 逃げては何一つ現状の改善は見込めません。 本当に戦うこととは誰も見捨てずに世界を変革していくことです」

「……」クリフはまた、黙った。散々に黙ってから言った。「……出来るなら、痛覚のある足にしてくれ。 出来るならな」

「要望はそれだけでしょうか」

「山ほどあるが、お前、全部叶えるつもりか?」

「やります」季太郎は言い切った。落ち着いて、啖呵などでは無く、事実のみを端的に述べた。「僕にとって物事の大半は、出来る出来ないでなく、やったかやらなかったなのです」

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