第15話 お冬夫人

 「まぶしい!」

一週間の暗闇から解放された冬子夫人は目を覆って叫んだ。

「目が、目が!」

「お冬、見えるのか、見えるのか!?」血相を変えたミハイルが彼女の肩を掴む。

「アアア、すさまじい光が流れ込んできて、今は何も……! 頭が痛いですわ!」

涙を流して冬子夫人は訴える。

「数時間程で慣れます」季太郎は包帯をゴミ箱に捨てて、落ち着いて言った。「何しろこの数年間、右目は全く見えていなかったのでありますから、脳がまだ視覚の認識に追いつかないのであります。 しかし光を認識したということは、成功したのであります」

「人工眼球……か。 メンテナンスは必要なのか?」

「しばらくは視神経との接続に無理がないか、感染症の有無、左右の視力の極端な差違等を、定期的に調べさせて頂きます。 けれど僕は、最短で一世紀はメンテナンス不要で普通に暮らせる、そんな人工の眼球を作りました」

遮光カーテンをサッと閉めてから季太郎は返答した。

「ハハ、そいつは悪くねえな!」ミハイルは鼻歌でも歌いそうな気配であった。

やっと涙を流さなくなった夫人が、ミハイルの方をぼんやりと見つめた。確かにぼんやりとしているが、右目は何かの姿を捉えていた。その何かは彼女を抱きしめた。

わあっとお冬夫人は突然、いつもの気丈さはどこへやら、声を上げて泣き出した。

あの17の時から今まで、延々と心の中に欠けたものがあって、その欠落を埋めようと彼女は男の眼球を抉るという凶行を繰り返してきた。その欠落がまるでパズルのピースを埋めるかのように、今、ピッタリと埋まったのである。苦しみや悲しみは消えないが上書きも出来るのだという特別な満足感と、もうこれ以上愛しているミハイルの目を抉ろうと隙を狙わなくても良いのだという情愛的な安心感が、彼女を子供に戻しているのだった。

季太郎は姿をそっと消していた。

ミハイルに抱きついたまま、抱きしめられたまま、お冬夫人は喉が嗄れそうになるまで泣きじゃくった。そして泣き疲れると、久方ぶりに子供のように無邪気に眠った。

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