第14話 コレクションの紹介

 「宮様」と季太郎は落ち込みながら話し出す。「僕は破廉恥なことをしてしまいました……」

「破廉恥も何もあるか。 破廉恥やる前に逃げられたんだろうが」ミハイルは呆れた顔で煙管をやっている。「ケイだって満更じゃねえんだぞ。 本当に嫌がっていたら今頃お前は地べたの下にいるってえのに、何をグズグズと。 真実の天才なのに、女心はこれっぽっちも分かってねえんだなあ」

「……僕の人生で、恋は本当、初めてなのです」

「フウム。 どうしてお前、ケイに惚れた?」

「僕は、親友だと思っていた男に嘘をつかれて特高に売られ、死にかけました。 でも彼女は何一つ嘘を言わずに僕を殺すつもりだったのです。 彼女は何一つ偽っていないと分かった瞬間から、僕の全身が凍えるようで、なのに心臓だけはひどく熱かった。 この感情が恋で無かったら、僕はもう何にも欲しくありません」

「……青春だなア」

「彼女が女性だということは最初から分かっていました。 おおよそ、骨格で分かります。 ですので、アイリーンさんは……」

「ああ、アイツは体が男で心は女だ。 ……ちと、お前にも俺の集めたとっておきの変人奇人について説明するか」煙管から口を離し、「アイリーン・アルグラスタ。 本当は独逸第三帝国の支配下の国で一級の研究者をやっていたんだが、体の性と心の性が合わないのを迫害されてこの国に亡命した。 クリフ・ハルロット。 大英帝国の元軍人だ。 海軍で戦っていたんだが足を一本無くして船が沈んで、この国の捕虜になった。 グェン・リー。 ビルマ育ちの華僑で、大戦の時は武器商人としてこの国に味方したんで同胞に恨まれて、逃げてきたのさ。 他にもマア……いるんだが、今屋敷にいるのはこの三人とケイだけだ」

季太郎はやや不審そうに、

「クリフさんの発音にオックスブリッジ・イングリッシュの癖がありました。 ……僕はてっきり英国の艦長も船と運命を共にするとばかり思っていました」

「アイツは二等兵だったのさ」ミハイルは煙をゆっくりと吐いた。「クリフは見たように黒人だ。 家が裕福だったから大学には行けた。 だが英国でも黒人は嫌われているのは知っているな? アイツは海兵時代に言葉にできねえほどの目に遭わされたのさ。 足を失ったのだって、本当は真っ先に処置してもらえれば繋がったのに、一番の後回しにされた所為だしな」

「でしたら、僕に義足を作らせて頂けませんか」季太郎はこともなげに言い出した。「韋駄天のように走ることが出来る足を作りますので」

「ホウ。 季太郎、お前、何が狙いだ?」

「僕はナノマシン量産機の工場が欲しいのです。 それも日本でなく、米国で製造できるような。 そのために助けてくれる仲間が欲しいのであります」

「なるほどねエ」ミハイルは感心したように呟き、「それじゃあお冬の右目にクリフの足、アイリーンのペニス、ケイのケロイド、グェンの潰された手の指を全部どうにかしろや。 それができたら、俺が一番の支援者パトロンになってやるぜ」

「御夫人の右目は、どことなく違和感を覚えていましたが、やはり……義眼でしたか」

「……アア。 アイツが17の時に暴漢に襲われて、抉られた」ミハイルは煙を吐いて、「女として散々な目に遭わされて、お冬は気が狂った。 お冬ほどの出自なら本当は次の皇后くらいにはなれたのに、異端児の俺に押しつけられたのは、『汚い女は要らん』……要は良家の恥部が『家』にいるのは御免被ると言う訳なのさ。 今は随分落ち着いているが、最初は本物の手負いの虎だったぜ。 男は全員敵だ、自分がそうされたように目ン玉抉ってやる。 ……今だっていつどこで狂うか分からねえからな。 二人きりは気を付けろよ。 マア季太郎なら土下座癖で生き延びられるだろうがよ」

「……はい。 それで、アイリーンさんは、女性の体が欲しいのですね」

「少なくともペニスのない体にしてやってくれ。 アイツはな、ここの地下の研究所を作り上げた一番の功労者だ。 それほどの頭を持っている。 だがナチス・ドイツに迫害されて亡命したのさ。 莫迦じゃねえかと俺は思うよ。 アイリーンは誰かを殴ったことも誰かを誹ったことも誰かの研究成果を奪ったことも無かった。 自分を傷つけることはあっても他人を傷つけるのは嫌がる、人間としても本当に優秀な研究者だ。 なのに同性愛者だからってだけで殺されかけたんだ。 こともあろうに、一番愛した男に売られてよ。 マ、季太郎とは色々、学者同士で話が合うだろう。 で、」

「ええ。 ケイさんのケロイドは、人工皮膚移植を繰り返すことで、かなり薄く出来ます」

「季太郎よ、そもそもお前は医者の免許も持っているのか?」

「免許は持ちましたが、医師としての経歴はありません。 ですが臨床実験や解剖を繰り返してメスや針の扱いはそれなりだと判断しておりますし、医学の方も最新の知識を覚えています」

「じゃあグェンの潰された手の指はどうするんだ?」

「状態にもよりますが、人工骨を入れて指の形を再形成するつもりであります」

「……やれるもんなら全部やってみろや。 結果の成否が、お前の願いの未来さ」

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