第13話 異性が大の不得手な天才

 恥ずかしさと意地がそれぞれを極限の沈黙に陥れていた。

季太郎は顔を羞恥心に赤くしてケイを直視することすら出来なかった。

ケイは腕を前で組み、嫌悪感を隠そうともしない眼差しで季太郎を睨みつけていた。

「……ア、アノ、すみません」今にも絶えそうなほどの小声。小一時間は過ぎてから、季太郎がやっと口を開いた。

「何がすまないんだ!」

ケイの一喝に季太郎はビクリとすくんだ。半開きだった口がきゅうと閉じる。

「答えろよ。 何がすまないんだ!」

ケイはついに季太郎の胸ぐらを掴んでぐいと引き寄せた。頬のこけた季太郎の顔が間近になる。眼鏡の奥の目がオドオドと行き場を見失ってさまよう、

「……ア、貴女を、ご不快にさせていること、です」

「そうだ、僕は貴様の所為で非常に不愉快だ。 もう一度盛ってやろうか?」

「そ、それだけは! ア、アノ、すみません、距離が、距離がッ」季太郎はついにギュッと目を閉じる。ワタワタと手が震えて空中を無為に掴む、「近いのです、近すぎるのであります!」

「何の距離が近いんだ!」

「ア、貴女との距離が、近すぎるのであります!」

「この距離が貴様の首を絞めてやるのに丁度良いんだ!」

「こ、殺すのは、あのナノマシン生産機の量産化に、成功してから、どうか!」

「何日かかるんだ」

「……今度は数十万人を賄う分を作らねばならないのですから、工場が必要であります。 あの試作機から量産機を作る図面はもう頭の中で出来ておりますので、どうにか、量産機をアメリカ合衆国で作れるようにどなたかにお力をいただかねばなりません……グエッ!」

首を絞められた季太郎は変な声を出して苦しんだ。

「それで貴様の罪を懺悔したつもりか!? この体を見ても同じ言葉を言えるか!?」

ケイはいきなり服を脱ぎだした。季太郎が全裸の時にゲジゲジに出くわした少女のような、到底成人男性とは思えぬ甲高い悲鳴を上げ、眼鏡ごと目を覆った。しかしすぐにその手が引き剥がされる。

「見ろ、これが貴様のやったことだ!」

季太郎はしばし呆然と、ケイの裸体を見つめていた。醜いケロイドまみれの全身であった。首元まで凄まじいケロイドが覆っているので、学生服のような体をしっかりと隠す服を着ていたのだ。

「僕は人より怪我が治るのが早い」ケイは季太郎の頭を掴んでぎっちりと固定した。「だからこんな大怪我でも、こんな醜い有様になっても生き延びてしまったのだよ」

「……」季太郎はゆっくりとケイの手を外した。ケイの左手が握りこぶしを固く作る、思いきり目の前の青年を殴りつけてやろうとした時だった。青年が動いた。

「何て綺麗なんだ」ケイを抱擁して季太郎は熱を帯びた声で心情を打ち明けていた。「それでも貴女が生きている、この温度がある、アア、何て素晴らしいことなんだ――」

「!」ケイの顔が再び極限まで赤くなった。ドンと季太郎を突き飛ばし、脱ぎ散らかしてあった服で体を隠す。季太郎はもんどり打ち、また青年らしからぬ少女のような悲鳴を出してベッドから転落した。

「おい、何の騒ぎだ!?」

そこに心のどこかに野次馬を隠したミハイルとお冬夫人がやって来たのだからたまらない。

「……あらまあ。 若いわねえ」と夫人は優美に口元を袖で覆ってクスクスと微笑んだ。

「そうか、悲鳴や騒音ばかり聞こえたのはこう言うことだったか。 こりゃあいかん。 お冬、馬に蹴られる前に恋路の邪魔は止めるぞ」とミハイルは納得した顔をする。

「はい、旦那様」

ベッドから落ちた季太郎や全裸のケイが呼び止める前に、二人はそそくさと立ち去っていった。

「ウウ、こ、腰を打ちました……」必死にベッドに上がった季太郎は、ゼエゼエと腰を押さえて脂汗を垂らした。「恋というのは、ウウウ、い、命がけなのですね」

「死ね!」ケイは取りあえず手元にあった固いスリッパを季太郎に投げつけた。ただでさえ痛い腰に命中した。

「ギャッ」と季太郎は短く絶叫、痙攣、あまりの激痛に意識をもうろうとさせる。

その隙にケイは服を着て、部屋から駆け出していった。捨て台詞、

「この変態野郎が!」

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