第5話 一度意地になったら、徹底的に意地っ張りである

 その後で季太郎は警察にY氏について白状しろと拷問されて、だが頑として口を割らぬので、日ごとに拷問は苛烈を極めていった。彼の人権は滅茶苦茶に踏み潰され、むごい暴力に虐げられた。それでも彼はだんまりを貫いていた。父親譲りの彼の生真面目は、裏を返せば鋼鉄よりも頑固な底意地であったのだ。

独房の中で衰弱しきった彼は、ある朝、夢を見た。

毅然とそびえる戦艦長門の夢であった。

軍紀は厳格で、大変なことも多々あった、あの半年の航行の記憶が蘇った瞬間――ついに彼は長門の前でうずくまって慟哭した。

どうかお許し下さい、僕はもう、この国のために何も出来ません。

その日、彼は申し訳程度の裁判に連れ出されて極刑を言い渡され、すぐさま絞首刑に処された。


 季太郎は口を断じて割らなかったけれども特高も愚かでは無かったから、山口多聞にも累が及ぼうとしていた。ただ、政府高官であり、しかも真珠湾やミッドウェー等に代表される数々の武勲を挙げていて、海軍の軍人の中でも山本五十六イソロク提督に次いで別格扱いであった彼の場合は、季太郎のようにいきなり独房に放り込む訳にも行かなかったのであろう。

何と特高を率いる親玉の親玉、東條英機トウジョウヒデキが直々に詰問にやって来た。

「君、綾長季太郎という青年を知っているかね」

東條英機は軍帽も取らず山口多聞の部屋に入って、居丈高にまずそう言った。眼鏡の奥の眼光は、山口多聞が『キチガイ』だの『人殺し』だのと呼ばれる時に負けぬほど冷酷で鋭く見えた。

基本、大日本帝国の海軍と、陸軍は不仲である。その陸軍の代表格がわざわざやって来て、彼にあの青年の名前を聞かせた。山口多聞はそれでほとんど全てを悟った。山口多聞の内心で、あれほど忠告したのにいう悲壮感とどうやっても割り切れぬ例の思いが渦を巻き始めた。

「アア、知っていますとも、東條閣下。 あの長門に乗っておりました学術士官です」

「それだけかね」

「降伏条約の際の臨時通訳でもありましたな、かなりの物知りだったようで向こうのトルーマン共が驚いておりました」

「……」

東條英機は山口多聞と目を合わせた。山口多聞は目を逸らさずにジッとこの『独裁者』の目を見つめていた。永遠にも思われる拮抗の時間が過ぎた後、フッと東條英機の方から目を逸らした。クルリと東條英機は彼に背を向けて、淡々と言った。

「フム、どうやら『Y氏』と言うのは君では無かったようだ。 その綾長季太郎だが、『神子』様を冒涜したため、私はもう数日で死刑を執行させるつもりでおる」

山口多聞はこれに対して微動だにせず、

「それは当然でしょうな」と返した。

 東條英機がいなくなってから、椅子に無言で座り込み、机の上で手を握りしめた山口多聞の頭の中に、たった一つだけ季太郎を助けられる確実性が浮かぼうとしていた。『その男』が本日も山本五十六提督の所にポーカーに呼ばれていることは彼も知っていたのである。

案の定、軽いノックの後に許可も無く扉が開けられて、ひょいと入ってくるなり、

「ヤアヤア多聞丸、泣きっ面の五十六からまたポーカーでうんと巻き上げてやったから、昼飯どうだ? こんなあぶく銭はパッと使うに限る、たらふく飲み食いしようじゃねえか」

来た。山口多聞はわざと椅子を立ってその男に背を向けた。

「そうですな……馳走になるとしましょう、『露ノ宮ツユノミヤ』殿下」

「……何だア、体裁気取りやがって、気持ち悪いな。 どうしやがった、まさか食欲が無えのか?」

「はあ……腹の具合が、ちと良くないのです」と山口多聞は小声で言った。

いつも四人前は軽く平らげる山口多聞が食べる気がせぬ、腹の具合が悪いという。それで『この男』は何かあったのを悟ったようで、

「……よし、分かった。 俺の家に来い、うんと滋養のあるものを食わせてやるよ」

「それは大変助かります、殿下」

山口多聞は、季太郎を助けられる現実は『この男』の力無しにはもはや実現できぬと知っていた。そして『この男』は季太郎を助ける提案をまず否まぬであろうとも彼は確信していた。が、この男の詳細の中でも特に有名だったのだ。

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