第27話 メリークリスマス! 中 【改訂版】
しかし、ゴンタと文奈ちゃんがJKおさんぽ、もといデートか。
「クリスマスも、もしかしてデート?」
「まだそこまでの話をしていませんが……今日の予約をされた時にずいぶん入れ込んでいましたから、今日その話が出るかもしれませんね」
文奈ちゃんがかわいらしいスケジュール帳を出した。
「私も一応空けておいています。掻き入れ時と見込んでますので」
「……JKおさんぽの?」
「ランクアップしてレンタル彼女になるかもしれません」
違いが判らない……。
「マコチン君はサオリンとどこか行くんですか?」
「うーん、ぜひとも誘いたいと思っているんだけど」
俺の悩みに、文奈ちゃんが首を傾げた。
「まだ何も決めてないんですか? 釣った魚にエサはやらないと?」
「そういうことを言うから、君が守銭奴にしか見えないんだよ」
この子に言ったら沙織ちゃんにも漏れるかもしれないけど……なんとなく聞いてみたくなった。俺が告白したら、沙織ちゃんがどう反応するかを。
「……あのさ。俺がクリスマスにデートに誘って沙織ちゃんに告白したら、沙織ちゃん、なんて返事するかな……」
文奈ちゃんはしばらく黙った。
「……その答えを私に聞くと」
「うん。沙織ちゃんがどう思うか判りそうな知り合いは、君とエっちゃんくらいしかいないから」
「サオリンのお母さんは?」
「ア《・》
「愚問でしたね」
俺の質問には答えず、しばらく宙を見ていた文奈ちゃんは……喫茶部のお姉さんを呼んで、何事か相談して注文を出した。
すぐに届いたホットグレナデンドリンクは、喫茶部メニュー随一の甘ったるさで有名な逸品……に、文奈ちゃんは束で口を千切ったコーヒーシュガーを十本まとめてイン!
マドラーで雑にかき回した文奈ちゃんは、それを俺の前に押し出した。
「……文奈ちゃん? なにこれ?」
飽和限度を超えて、底にたっぷりグラニュー糖が沈殿していますけど……。
「私からの回答です。こっちばかり飲まされていては堪らないので、どうぞ自分でも飲んでください」
何が言いたいの? まったく訳が分からない。
説明を求めようとグラスから顔を上げると、遠くを見ていた文奈ちゃんの顔に明らかに嬉しそうな表情が浮かんだ。視線の先をたどれば、忠犬……もとい
文奈ちゃんはポーチを持って立ち上がった。
「ゴンタ君が来たので私はこれで行きますね。マコチン君はごゆっくり、サオリンをかみしめて下さい」
「ああ、うん……」
結局何が言いたいんだ、このジュース……。
あとは後ろも見ずにゴンタに足早に近づいていく文奈ちゃんを見送りながら、俺は謎が深まっただけのドリンクを飲んでみた。
飲める限度をはるかに超えたダダ甘い液体に、ジャリジャリと砂みたいな砂糖がたっぷり混じっている。
「これ、何を示しているんだろう……?」
沙織ちゃんもわからないけど、それ以上に文奈ちゃんもわからない。
ちなみに、会計を全部押し付けられたのに俺が気が付いたのは二分後のことだった。
◆
「うーん、肩が重い……」
沙織は掃除の途中から肩凝りが気になって仕方なかった。ここのところ期末考査で試験勉強ばかりしていたし、目に負担がかかっているのかもしれない。柔軟体操とかで肩を普段から動かしていると凝りにくいとは聞いているのだけど……凝ってからではどうしようもない。
「頭も重いし、ちょっと一休みしよう」
掃除はだいたい終わっている。洗濯物も少なかったし……誠人お兄ちゃんが帰ってくるにはまだ時間も早いし、ゆっくりしてもいいだろう。
という理由を付けて、沙織は誠人のベッドに潜り込んだ。とりあえず頭から掛布団をかぶり、“誠人お兄ちゃん”を満喫する。まごうこと無き変態である。
「ふはぁ~……癒されるぅ」
こんな事を言うのは世界でもただ一人であろう感想をつぶやくと、沙織は寝袋のように合わせ目から顔だけ出し、全身を誠人お兄ちゃん(の布団)の温もりに包まれて横になった。
「この何とも言えないぬくぬく感……蕩けるなぁ……」
疲れているところに持ってきて、誠人お兄ちゃんの布団に入っているという特別感が何とも言えず眠気をそそる。
「ちょっとだけ……ちょっとだけ休んで……おうちに帰って晩御飯の支度……」
うっかり寝そうだから自分を戒めようと口に出すけど、そう言っている後半はすでに寝言になっている。沙織は五分もたたないうちに、すーすー寝息を立てて熟睡し始めた。
俺が下宿の扉を開けたら、玄関に沙織ちゃんのサンダルがあった。
でも一望できる広さしかない室内に、本人の姿がない。
「あれ?」
来ているみたいなのに……と思ったら、彼女は俺のベッドで気持ち良く寝息を立てていた。
すごく楽しそうな表情でいい夢を見ているんだな、と思うけど……一人暮らしの男の部屋で、無防備に寝入るのは止めたほうがいい。
「沙織ちゃんったら……」
自分のベッドで絶世の美少女が熟睡している。
こんな姿を見てしまったら、たいていの男は歯止めが利かなくなって寝込みを襲ってしまうんではなかろうか。
「いつも思うけど……こんなに警戒心無くて、大丈夫なのかな?」
世の中、俺のような分別のある男なんてそうはいないぞ。若い男なんてみんなウルフだぞ? そう思いながら俺は沙織ちゃんの枕元に腰を下ろす。
ベッドサイドの目覚まし時計を見れば、もう午後六時を回るところだった。時間的にそろそろ管理人さんも家に戻って夕飯を待ってるのでは……。
沙織ちゃんを揺り起こそうと思ったけど、あと五分だけと思い直して……そっと間近で観察してみる。
「ホントに、美人だよなあ……」
乳白のきめ細かい肌は本当に人形のようで、閉じた瞳の上に並ぶ睫毛は長くて形が揃っている。鼻筋が通った横顔、程よく尖った顎。唇は薄く小さく、首筋は折れそうなほどに華奢だ。
許されることならば、この寝顔に今すぐキスをしたくて仕方ない。
今見ている寝姿だけでも凄く魅力的な美しさだけど、これでもし起きていたら彼女の魅力はもっと活き活きしたものになっている。この整った容姿に、更に輝くような笑顔と素直でお茶目な受け答えが付け加えられて……俺、よく今まで我慢できてるよ。
でも、こうしてすぐ横でじっくり沙織ちゃんを見ていると……やっぱり俺には不釣り合い過ぎるって気持ちがむくむくと頭をもたげてくる。どうしても“俺なんて”という気持ちが付きまとって離れない。
告白すればイケるんじゃないかっていう楽観論とか、沙織ちゃんはきっと俺に好意を持っているって期待とか、そういう根拠のない過信が現実を見せつけられるとたちまち萎んで力を失ってしまう。
沙織ちゃんを前にすると、“今すぐ抱きしめたい”っていう欲望と、“俺なんか相手にされない”っていう諦めが俺を両側から引き裂こうと引っ張ってくるようだ。
ゴンタに自分がどうしたいのか直視しろって言われてから一か月……いや、たぶん本当は春から十か月。俺の気持ちは沙織ちゃんを欲しいっていう願望と、打ちのめしてくる現実の間で揺れ動いている。
考えているうちに自分でもどうしたいのか判らなくなって、俺は沙織ちゃんの枕元からそっと離れて深々とため息をついた。
「どうしたらいいんだか……」
俺がそんなつぶやきを漏らした時……。
「んんぅ……」
沙織ちゃんが不意に軽いうめきを上げ、頭を動かした。
「沙織ちゃん、起き……」
声をかけようと思ったけど……満足そうなその寝顔を見れば、寝返りを打っただけでまだ夢の中というのが一目でわかるね。
俺、君のことで凄く悩んでいるんだけど……君は幸せそうでいいなあ。
その時。
笑顔で寝ている沙織ちゃんが、俺の枕にすりすりしながら……かすかに聞き取れる一言を呟いた。
「えへへ……お兄ちゃん……」
◆
沙織がスマホの着信音で慌てて飛び起きると、かけてきた相手は母だった。電話を取る前に表示を見ると、もう午後八時。電話に出ると、母の口調には心配と不機嫌の棘がある。
『ちょっと沙織、あんたどこにいるの? 一度家には帰って来てたよね』
「ご、ごめんお母さん。誠人お兄ちゃんの部屋を掃除してて、ついうっかり寝ちゃってた」
ワタワタしながら答えると、電話の向こうからため息が聞こえてくる。
『あんたは何をやっているの……誠人君もそこで呆れているでしょう』
「えと、誠人お兄ちゃんはまだ帰って来てないみたい。今日バイトだったっけ?」
『誠人君の予定なんかあたしは知らん。それはどうでもいいけど、あたしもう腹が減ったよ。すぐ帰ってきなさい!』
「はーい!」
ベッドを直してから急いでサンダルに足を入れながら、沙織はどことない違和感に首を傾げた。
「誠人お兄ちゃん、今日バイト無い日だったよね……?」
何とはなしに駅前の繁華街まで戻ってきて、俺は自販機でお汁粉ドリンクを買ってガードレールに腰かけた。
手の中でスチール缶を弄び、ぼんやりと平日のまばらな人込みを眺める。
俺の頭の中では、幸せそうに沙織ちゃんがつぶやいた一言が際限なくリピートされていた。
「……お兄ちゃん」
彼女は寝言で確かにそう呟いた。その前に名前を呼んだ気がするけど、声が小さくて聞き取れなかった。
沙織ちゃんに「お兄ちゃん」が欲しい願望があるという話は以前から管理人さんに聞いていたけど……沙織ちゃんのあの言い方が気になる。妙に実感がこもっていた気がする。
「あれは……実際にお兄さんがいる人間の言い方だぞ?」
考えてみれば、管理人さんの家は沙織ちゃんとの母子家庭。あの家には男がいない。水道を直そうとした時にお父さんの事をポロっと漏らしたことがあるけど、ちょっと出た話も過去形で語っていた。気にはなったけど、聞くに聞けない話題なので管理人さんに確認したことはない。
「実は、お父さんの他にお兄さんがいたんじゃ……」
お父さんもどうしたのかわからないけど、お兄さんももしかしたら沙織ちゃんは無くしているのかもしれない。
だとしたら、沙織ちゃんが俺のことを兄みたいに慕うのはやっぱり兄が恋しいからで。
そんな想いの娘にいきなり、「俺の方は女性として愛しています!」なんて告白するとか……沙織ちゃん、認識の違いにすごくショックを受けるんじゃないのか?
俺はすっかり冷めてしまったお汁粉ドリンクを一気飲みした。
「ほんと、どうしような……」
缶を額に当てて呟く俺の前を偶然通りかかったどこかの爺さんが、ニカッと笑って手をぐるぐる回した。
「粒を残さんようにするにはな、最初にこう渦を巻くように缶を振っとくんじゃ!」
「……そうなんですか。ありがとうございます」
「プルタブの向きを計算に入れるのがコツじゃぞ!?」
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