第26話 メリークリスマス! 上 【改訂版】
十二月も中旬に入ってくると、繁華街はもうクリスマス一色になる。俺のバイトしているのは本屋だが、関係なさそうなうちの店でも店先をそれっぽい小物で飾っていた。
店頭の目立つエンド台二ヶ所にはクリスマス特集のコーナーが設けられている。ここ数日でそこに群がる人だかりは数を増し、真剣な顔でデートスポットを吟味する若い男が増えてきた……買って家で読めよ、おまえら。
「あのコーナーもな、色々考えてディスプレイしてるんだぞ」
一休みして店長と話していたら、そんな話が出てきた。
「店に入ってすぐのところはファミリー向けなんだ。大人のデート特集はもう一列奥に入ったシマのエンドにしてあるんだよ」
「なんでまた、そんな二段構成なんですか?」
言われてみれば、確かにおしゃれ系のムックや雑誌は奥側のエンド台に陳列したっけ。エンド一か所では両方は並べきれないからだと思っていた。
「店の外から目を引きやすい入口すぐに、ババンとでっかく特集を組んでクリスマスの準備はまだですか? と注意喚起するわけだな」
「はいはい」
「それで誘われて入ってくると、通行人からも見えやすいところは悩んでいる姿を見られてもかまわないファミリー向けのコーナー。検討している姿を知人に見られたくないデート向けはさらに奥にあるってワケだ」
「なるほど」
俺は相槌を打ちながら次のページをめくった。
「でもホントに見られたくなければ、閉店後に読むのが一番ですよね」
「この手は
「店長、奥さんそろそろ戻ってきません?」
「今日は友達と舞台を見に行ってるから大丈夫。終電ぎりぎりまで戻ってこないよ」
クリスマスのサプライズに悩む男二人。売り場に椅子を持ち出して熟読するも、なかなかコレというプランが見えてこない。こういう時に引き出しが多い奴がモテるんだろうな……。
バイトの帰り道、自転車を押しながら俺は沙織ちゃんのことを考えた。
ゴンタに言われて春から今までのことを思い返してみると……ありえないことだと思うんだけど……沙織ちゃん、俺に気があるんじゃないかと思えて仕方がない。
一人っ子の沙織ちゃんが「お兄ちゃん」願望をこじらせていたとしても、今までのアレコレはスキンシップが激しすぎると思うんだよな。
まあ入居直後のコスプレは管理人さんの悪ふざけとして……春頃のやたらくっついてきたのは、兄妹の距離感を幼児レベルで考えていたのならおかしくはない。
ただ合コン? の時のアダルティなパーティーゲームをやりたがるとか、膝に乗って降りないとかはやり過ぎだし……俺に彼女ができるかもと思って邪魔しにかかるとか、「妹」枠を超えた事をしているのは沙織ちゃん自身もわかっているんじゃないだろうか。
沙織ちゃんとの今までの出来事を「妹」と「恋人」のどっちの行動かって振るい分けると……「恋人」の方になるんじゃないかな……自信がないけど。
「問題は……沙織ちゃんが自分でどっちだと思っているかなんだよなあ」
沙織ちゃんの行動はまるっきり恋人アピールみたいだけど……そうだと信じ切れないのは、いい雰囲気でも告白しそうな流れになったことがないのもあるんだよな。二人きりの時間も結構あったけど、改まって「好き」だなんて言われそうな空気は……なかったはず?
橋を渡りかけると、黒い水面から師走の強い風が吹きつけてきた。この辺りは雪が降らないから単純に寒いだけの冷えた風だけど、肌が切れるような冷たさは氷が混じっているかのようだった。
ビョウビョウと切れ目なく吹きつけてくる寒風の中、俺はしばし立ち止まって頭を冷やして考える。
そうして真面目に考えると、やっぱり……。
「俺は沙織ちゃんに……女性として好きだって伝えたい」
ちゃんと考えれば俺はもう最初から、バニー姿の沙織ちゃんに男の本能をノックアウトされていた。
そしてお隣さんとして深く関わっていくと、沙織ちゃんは性格も世話焼きな所もかわいすぎて……そんな子が身の回りの世話を一生懸命してくれるのが、彼女ができたみたいに嬉しかったんだよな。
向こうも同じ気持ちであってほしい。けど、それを確認するのが怖い。
「クリスマスかあ……」
家族の年中行事としてならベテランだけど、恋人との重大イベントとしては今まで全く縁がない。
だからどうして良いかわからないけど……。
「……思い切って、沙織ちゃんを誘ってみるか」
ずっと四年間、あやふやなままってのも考えた。
だけどそれではいつまで経っても、何も状況は動かない。それに中途半端なままにして、
「実は沙織ちゃんが俺のことを憎からず想っていた……けど、いつまでも宙に浮いていたので他の男に盗られた」
とかになったら最悪だ。
クリスマス。
カップルが仲を深め合う重大イベントにして、片思いの男女が自分の思いに片を付ける決戦の日。
沙織ちゃんに彼女になって欲しい。ものすごくそう思ってる。
そしてその気持ちを行動に移すなら、ベストなタイミングはまさに今!
俺は告白する覚悟を決めた。
「よし……クリスマスの予定を沙織ちゃんに聞いてみよう!」
賢いあの娘のことだ。予定を聞かれたらピンとくるかもしれない。それならそれでいい。
「そうと決めたら、いろいろ考えないとまずいな」
どう誘うとか、どこに連れて行くとか……忙しくなって来た!
俺は自転車にまたがった。身を切るような寒風の中を、下宿に向って走り出す。噴き出す熱い想いで沸きそうな頭を、吹き付ける寒さでクールダウンさせる。
そうして色々やるべきことを整理しながら、準備する事の優先順位を組み立てた。
「そうか……何と言っても、後の事を考えたらアレを考えないとだな!」
まず第一に考えるべきこと。
“そんなつもりじゃなかったの”からの“OK、気にしないで! 今まで通りの友達でいようね”に無理なく違和感なくシームレスに繋げる会話術!
……いや、自信がないわけじゃないよ? 俺だって、振られる確率は意外に低くて六割ぐらいじゃないかと踏んでるんだよ? だけど……念のためにね。
◆
しかし、決意したのはいいとして。
困ったのは誰に相談するかだな。
ゴンタは論外。相談にキレるどころか、絶対邪魔しにかかってくる。親身に考えてくれたとしても、「え? 万札渡して頼んだら?」とか言いそうだ。アイツは俺の事なんか気にせず、文奈ちゃんに仲良くむしられていればいい。
バイト先の店長とはよく話題にするけど、あっちはあっちで奥さんにサプライズするのに今必死だしな。
「ずっと仲が良くっていいですね」
と言ったら、
「義務化するとね、これほど苦しいものはないんだよ……」
と死にそうな顔で言われた。店長にはセクシーパンティの前科があるからな……。
店長の奥さんも今回は除外。俺にアドバイスをすると見せかけて
そして管理人さんは論外。沙織ちゃんのお母さんという以前に、あの人の助言はマトモだったことがない。
……自分の交友関係の狭さに泣けてきた。
そんなことを考えながらキャンパスを歩いていると……校門に近い喫茶部のテラス席で、意外な人物を発見した。
「文奈ちゃん?」
私服の文奈ちゃんが、ボーッと空を見上げながらレモネードを飲んでいた。何も冬の寒い中、テラス席で冷たい物を飲まなくても……。
それにしてもなんで大学に。
俺は声をかけてみることにした。
「文奈ちゃん」
「あ、こんにちは……えーと」
この顔は知っている。見覚えはあるけど誰だかわからないって顔だ。合コンの翌日、沙織ちゃん宅で朝あれだけやりあったのに……。
「沙織ちゃんの隣に住んでる沢田誠人です。言わなかったっけ?」
「そうそう、そういう名前でしたっけ?」
ここまで言ったのに、疑問形……。俺の表情を見て察したらしく、文奈ちゃんは相変わらずの無表情で訂正を入れてきた。
「すみませんね、誰かはすぐわかったのですが。よく考えたらあの日、エッコからは『マコチン』としか紹介されていませんでした」
「ああ、確かに……」
そうだった。ほとんど知り合いだと思って、あの時エッちゃん凄い適当な紹介したんだよな……。
「それでマコチン君」
自己紹介、いらなかったじゃないか。
「ゴンタ君はまだ授業ですか?」
「あ、ゴンタ待ち?」
この子、わざわざ大学までゴンタに会いに来たのか。
「この後二人で映画を見てご飯を食べて、カフェでお茶をしながら映画を振り返るという……」
デート!? ゴンタと文奈ちゃんが!? いつの間に……。
「JKおさんぽをする予定なのです」
「ゴンタァァァッ!?」
俺がゴンタの食い物にされっぷりに涙していると、文奈ちゃんが何かを思い出したように話しかけてきた。
「そう言えば前から聞いてみたかったのですが」
「なに?」
「なぜゴンタなんですか? ゴンタ君の名前は田原ですよね」
「ゴンタワラって顔だから」
直感でそう思ったんだよね。俺にしてみれば当然な命名なんだけど、この子もゴンタ同様に合点がいかないらしい。
「そんな山賊風なあだ名がつくような顔ですかね? 中肉中背ですし、見た目もさっぱりしていると思うのですが」
「じゃあ、昔の教育番組のキャラクターとかは?」
「……なるほど、愛くるしさが……」
伝説的な番組とはいえ、よく知ってたな現役JK。二歳上の俺だって放送自体は見てないのに。
しかし、意外だな。
無表情で何を考えているのかわからない文奈ちゃんが、ゴンタの話をする時は恋する乙女のようなほんわかした雰囲気になる。これは、ひょっとして……。
「文奈ちゃん、もしかしてゴンタのこと……好きなの?」
「好きと一言で割り切っていいのかわからないのですが」
文奈ちゃんも自分の気持ちを何と言っていいのかわからないらしい。
「ただ、ゴンタ君がはにかみながら……私の貯金箱にお金を投入する時、なぜか満たされた気持ちになれるのです」
「この守銭奴!」
文奈ちゃんは自分の評価に大変ご不満のようだ。
「なんですか、私をまるで金の亡者みたいに」
「あれだけ金を巻き上げるのを見せておいて、なんで違うと主張できるのか不思議で仕方ないよ」
「失礼な」
口先だけで怒ってると主張している鉄仮面な文奈ちゃん。
「スマホゲームに例えたのは、ゴンタ君がリアル女子と二人になるとしゃべれなくなる人だからです。課金というシステムを通せばコミュニケーションが取れるから、あのような手段でお話ししていたまでです」
「今日もJKおさんぽなんだろ?」
「そーれは、まあ……」
文奈ちゃんがちょっと視線をそらした。
「ゴンタ君の症状は重いので、今リハビリ中というか……」
「ああ……あいつまだ客の立場じゃないとまともに顔も見れないのか……」
ゴンタと文奈ちゃん、うまくいくかどうかわからないけれど……先は長そうだ。
ゴンタの病んでる人見知り具合は置いておくとして。
「それにしても文奈ちゃん。そんなめんどくさいゴンタに声かけられたぐらいで、よくデートまで付き合うね……商売じゃないのに?」
「じゃないと言っているでしょう」
ホントに? 学校も生活圏も全然違う文奈ちゃんがゴンタの誘いに乗る必要性が金以外に考え付かない。
「もちろんお小遣いが増えるのは嬉しいのですが」
やっぱり……。
「……今、『お前やっぱり金だろ?』って思いましたね?」
「エっちゃんみたいに人の思考を読んでないで、話の続きをお願いします」
微妙に睨んでいるような空気を出しながら、文奈ちゃんはその先を続けた。
「私もサオリンと同じで女子校育ちですから、同い年ぐらいの男子に免疫がないのですが」
それでいきなりJKリフレごっこ……。
「マコチン君、今あなた……」
「それはいいから!」
「……大した事が要求できるわけでもないのに、有り金はたいてでも相手をしてほしがるゴンタ君が新鮮なのです。なんというかこの……そこまでして私に執着するのが、私の中の“女のプライド”を満足させるというか」
「ああ、なるほど」
俺はやっと理解できた。
「文奈ちゃんも歪んでいるんだな」
「自覚はありますが、マコチン君に言われるのは凄い腹立たしいですね」
「なんだかんだ言っても、やはりゴンタ君は私の中で一番親しい“男の子”なんでしょう」
そう文奈ちゃんは結論付けた。
「それにゴンタ君は紳士ですよ? ウン万円もつぎ込んでおいて、パンツを見せろとも言いませんでしたし」
「そこまで要求が出るようになったらマジやばいからな。ストーカーに困ってるって、警察に相談しろよ?」
「親友の筈のあなたの評価にもビックリですが、警察に任せる前にあなたがまず間に入ってくれませんか」
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