第22話 合コンという名のサバト 下 【改訂版】

 店員が持ってきた何度目かの追加注文分をローテーブルの上に並べながら、ふと時間が気になった俺はスマホの時計を見た。

「あれ? 意外と時間が経っているな……」

 五時過ぎにここに入って、もう八時目前になっていた。高校生が遊んでいるには遅い時間だし、普通に考えればそろそろ解散か……。

 時間が経つのは早いものだと思いながら室内を見回せば。

「悦子ちゃん、僕もう……」

「あん、智君たらぁ」

「文奈ちゃん、あの、膝に乗せて抱きしめてみたいんだけど……ダメかなあ?」

「大丈夫、全然オーケーですよ。はい、千円入れてください」

「さあ誠人さん。ポッキーはイチゴとチョコ、どっちにします?」

 うん、部屋の中は十分にグダグダだった。


 今にもここで智史君と始めそうなエっちゃんに、俺は嫌がらせもかねて声をかけた。

「エっちゃん、そろそろ八時だぞ? 延長するならそろそろフロントへ言わないと」

 もちろん、そろそろ帰らないとならないのを厭味ったらしく告げたわけなんだけど……。

「え? 大丈夫だよ~。『ガッツリ六時間パック』で頼んであるから」

「六時間!? 入ったのが五時だから……午後十一時まで!? もうそれ家に帰るころには日付変わってるじゃないか!」

 夜十一時過ぎまで予約入れてるって、いくら何でも長すぎだろ!

 でも……。

「悦子ちゃんとのデート、あとたった三時間で終わりかあ……一晩中一緒にいたいな」

「大丈夫だってぇ……智君が一緒にいたいなら、あたしだって帰らない」

「おお! まだ三時間も文奈ちゃんを独り占めできるなんて……」

「他にやってみたいことないですか? こう、オプションイベント的なヤツで」

「誠人さん、メニューを見たらカップルストローもあるみたいですよ!」

 こいつら一人も帰る気がねえ!?


 俺以外は一人残らずあっち側だ。何考えてるんだよ。

「あのさ……さすがに帰宅が深夜になるのはまずくないか?」

 親が怒るぞ、というニュアンスをこめて問いかければ。

「大丈夫、今日うち親がいないから」

 とエっちゃん。用意周到なヤツだよ。

「今日は友達の家に泊まるって、言ってきちゃったんです」

 智史君、照れながらそのセリフを言うのは君の役割じゃないだろう。

「サオリンの家でお泊り会だと言ってきました」

 文奈ちゃん、そのサオリンが初耳って顔してるんだけど。

「うちは午前様でも何も言われないな」

 ゴンタには聞いてない。

「遅くなったら……誠人さん、泊めて下さい」

 沙織ちゃん、君の家はうちの隣だ。

「というわけで、まだまだ騒ぐぜ!」

「イエーッ!」

 楽し気にまた乾杯をする一同に、俺はもう何も言えなかった。




「まあマコチン、心配すんなよ。保護者も呼んであるから」

 カップルストローで智史君とコーラを飲んでいるエっちゃんが、俺の疲れた顔を見てケタケタ笑った。誰のせいだと……保護者?

「保護者? 俺たちの他に?」

 怪訝に思って聞けば。

「おお、頼りないマコチンを保護者にっていうのもなかなか斬新なアイデアだね」

「はぁっ!? 電話でそう言ったのはエっちゃんだよな!?」

「ごめーん、実はスポンサーとしか考えてなかった」

「て、テメェ……!?」

 俺にはエっちゃんをグーで殴る権利があると思う。絶対に。

 しかし大人の保護者を別に呼んであるっていうのは良い話だ。アルコールも入っていないくせに悪魔の饗宴サバトみたいになってきたこのパーティー、とても俺だけじゃ抑えきれない。

 そんなことを思いながら俺は、はしゃぐ沙織ちゃんが膝からすべり落ちそうだったので腰に手をまわして無意識に抱き寄せた。

「ごめーん! 遅くなってすまない!」

 そしてそれを、いきなり入って来た管理人さんにバッチリ見られた。


 管理人さんは喉を鳴らして、大グラスのハイボールを一気に飲み干した。

「いやあ、かったいこと言ってる誠人君も若者だけだと正直になるんだねえ!」

 メチャクチャ笑っている管理人さんに、俺は何も言い返せない。選りによって管理人さんに、膝に乗せている沙織ちゃんを深く抱き寄せる姿を見られるとか……!

 さすがに恥ずかしい姿を見られたのを自覚しているのか、沙織ちゃんが赤くなって母親を軽くにらむ。

「お母さんが来るなんて聞いてないよ。お母さんも、エっちゃんがこんなことを企画してるって知ってたなら、教えてくれても良かったのに」

 キリッと言うのは良いけど沙織ちゃん、一旦俺の膝から降りた方が良いと思う。管理人さんニマニマしていて話聞いてないよ。

「悦子ちゃんのご両親は旅行、文奈ちゃんは友達宅に泊まるって言ってきちゃった。あとはどう考えてもあたししかいないでしょうが」

「それはそうだけど……」

「だいたい、話の分かるあたしで良かったんじゃないの? いちゃつく時間がたっぷりあったでしょ? よその親御さんじゃそうはいかないわよ?」

 沙織ちゃんがふくれているけど、その点については全くその通りだと思う。今日は沙織ちゃん、酔ってるんじゃないかってぐらいにやたらとボディタッチが多い。

 ただ、気になるのは……管理人さんほごしゃが来たのに、エっちゃんも沙織ちゃんも全然イチャつくのをやめる気なさそう。おいおい、大人が見てるってのに……。

 ノックの音とともに、お盆を持った店員が顔を出した。

「追加のフライドチキンとビールジョッキ、お持ちしましたあ」

「あ、ハイボール二杯追加。フライドポテトももう一皿頼むわ」

「承りましたあ」

 店員が引っ込むと、管理人さんはいそいそと両手にチキンとビールを握る。届いたばかりのビールをさっそく半分ほど空けた管理人さんと、呆れてものも言えない俺の目が合った。

「あ、気にしないでどうぞ続けて?」

 どう見てもガッツリ飲む気だ。完全に本気飲みの体勢だ。保護者として監視する気があるととても思えない。

「いきなりガッパガッパ飲んじゃって……あんた何しに来たんだよ?」

「エっちゃんが立ち合いの保護者って名目で居てくれるなら、誠人君のおごりで好きなだけ飲んでいいって言うから来たんだよ」

 管理人さん、キリッとした顔でそう身も蓋もない宣言をするとチキンにかぶりつく。

「だからこいつはもう、青い色恋沙汰をツマミに好きなだけ飲んでやろうかと」

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「ここで成人はあんただけなんだからな? 少しは自重してくれよ!?」

「あたしの教育方針は子供に自由にやらせる主義よ。おっ、ここのチキンいいな。スパイス効いてる」

「育てるのも放棄してるだろ! 保護者が一番自由過ぎる!」

「誠人さん。お母さんもああ言っていることですし、ポッキーゲームの続きを」

「沙織ちゃんも正気に戻って!? お母さんの前だよ!?」

「ひゅーひゅー」

「あんたも親だろ!? 煽るな!」




 振り返れば。

 エっちゃんはもう、智史君の膝にまたがってキスと囁きが交互になってきているし。

 智史君はふわふわの外見に似合わずエっちゃんの腰をがっちり抱いて積極的に絡んでいるし。

 文奈ちゃんはソファに伏せて恍惚としているゴンタの背中をリズミカルに踏んでるし。

 ゴンタはJK足踏み整体で半分天国に行きかけているし。

 沙織ちゃんは俺の膝から降りる気が全くない。

 そして管理人さんは補導案件を全部見逃して、楽しく一人ビアガーデン。


「これ、どう収拾つけよう……」

 沙織ちゃんに迫られながらも一人正気の俺は、数時間後の撤収の面倒を思って深く深くため息をつくのだった。



   ◆



 当然ながら、翌朝の目覚めは最悪だった。

「あー……疲れが抜けてないわ」

 昨日は、酷かった……。

 みんな酒が入った宴会みたいに時間いっぱいまで騒ぎまくり、俺はへべれけの管理人さんに肩を貸して外に出た。

 そこでやっと解散かと思ったら、エっちゃんがゲーセンに人気のキャラクター人形を発見して突っ走ってっちゃうアクシデント発生。当然全員大移動、何故かそこから二次会でクレーンゲーム……俺はクダをまく管理人さんを抱えたまま、なぜか親に対抗心を燃やす沙織ちゃんにあちこちの台へ引っ張られまくった。

 ゴンタも欲しいものがあるらしい文奈ちゃんにプレゼントしようと、百円玉を積み上げてクレーンゲームに気合をぶつけていたっけ……あれ絶対、おもちゃ屋で似たような物を買った方が安い。あと文奈ちゃん、誘うのが巧い。捨てられた子犬みたいな目でじっと見上げるとか、最初の無表情はなんだったんだみたいな見事な顔芸に第三者の俺はドン引きだった。

 店員も羨ましそうに見てないで止めろよ。十時以降に制服の高校生が遊んでいるんだぞ。


 ここでも散々遊んで、解散した頃には日付を過ぎていた。

 俺にはもう管理人さんを抱えて歩いて帰る元気が残っておらず、文奈ちゃんも沙織ちゃん宅に泊まると言うので贅沢だけどタクシーを拾った。運ちゃんには「両手に花どころじゃないねえ、羨ましいねえ」とか言われたけど……そう言われて嬉しいのは沙織ちゃん分だけだ。あとの二人は綺麗に見えたってトリカブトとベラドンナだよ。

 タクシーを降りて何とか二階まで酔っ払いを担いで上がり、沙織ちゃん宅に三人で管理人さんを運び込んで……長かった半日がやっと終了したのだった。




 俺は疲れ果てて半分寝た頭で自分の部屋に帰り、そのまま寝床へイン。そこから今まで爆睡していたというわけだ、が。

「あー……管理人さん、ベッドまで運んだっけかな……玄関に転がしたような……」

 そんなことさえ覚えちゃいない。昨日は相当な精神的ダメージだったらしい。俺本当に酒飲んでないんだっけ……自分の記憶が信用できない。

「一晩寝たのに、俺すっげ疲れてるなぁ……」

 実際左腕が全然持ち上がらないし。

 と思って左を見たら、沙織ちゃんが俺に抱き着いて寝ていた。うん、そりゃ持ち上がらんね。


 …………。


「……て、沙織ちゃん!?」

 天使の寝顔で沙織ちゃんが、熟睡していた。

(待て。待てマテまてMATE! 俺、最後の最後に何をやらかした!?)

 一瞬ではっきり目が覚める。

 頭から血が下がるのがわかる。

 あと沙織ちゃんが暖かくて柔らかい。

 いや、今は役得ぅ! とか思ってる場合じゃない。


 なんで沙織ちゃんが俺と一緒に寝てるんだ!?

 確かに昨日、お隣に管理人さんを届けたんだから沙織ちゃんは家に帰ったはず!?

 そこがまずナゼ? なんだが……俺が無意識に沙織ちゃんに手を出したかもにプラスして、もう一つヤバいことがある。

 管理人さんはともかく、一緒に来た文奈ちゃんは絶対一連の経緯を見てる! もし俺がヤバいことをやらかしていたとすれば、彼女はそれを全部目撃してる。

 その時に見た有ること無いことをエっちゃんに喋られたら……俺はともかく、沙織ちゃんの立つ瀬がない!




 慌てた俺は気持ちよく眠る沙織ちゃんを揺り起こした。


 今更かもしれないが。

 セクハラにならないように、触る場所は細心の注意を払って選んだことは言うまでもない。

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