第21話 合コンという名のサバト 中 【改訂版】

 俺はちょっとハラハラしながら、曲目カタログ越しにゴンタを見やった。

 集合前はあれだけ前のめりだったゴンタだが、今は置物みたいな感じに硬直して動かない。


 そりゃそうだろうなあ。あいつも三次元の女の子とは縁が無さそうだもんな。

 手順も踏まずにいきなり男女一対一にされたおかげで、知らない女の子を横にゴンタは完全にアガっている。

 女の子を口説くつもりはあったのだろうけど、まさか最初からマンツーマンになるなんてゴンタは想定もしていなかったのだろう。

 俺も初めからペアが二個出来てるって事前情報をよく考えればよかったけど……すまないゴンタ、俺も出来レースどころか最初から座席指定なんて考えてもなかった。

 こうなったのは全て、飛ばしまくってるエっちゃんが悪いな。うん、俺は悪くない。




「エっちゃん、何か歌う?」

「あたしは後でー。サオリン歌ってて」

「んー」

 ジュースが届いて、とりあえず沙織ちゃんが曲を入れた。

 さりげにデュエット曲を入れかけたけど、俺が丁重にお断りして他の曲に変えてもらった。沙織ちゃんにはな自分の好きな曲を歌って欲しいし、『銀恋』は新年の集まりで泥酔した親戚のオッチャンズを思い出すからトラウマなんだよ……。

 俺も一曲入れて、リモコンを渡そうとしたらゴンタがまだ固まっているのに気がついた。

「おいおい……」

 ゴンタ、人見知りが過ぎる。入室して十分、ずっとあのままだぞ。

 全く知らない女の子なのを差し引いても、少しは話しかけるとかできないものか。コイツが口だけ勇者なのを考えれば、これも致し方ないとは思うけど……。


 まあ今日の場合は、相手もちょっと相性が悪かったとは思う。

 遠慮のないエっちゃんや社交的な沙織ちゃんならともかく、一緒に座らされたのが全く性格もわからない無口系と来た。

 フォロー入れてやりたいけど……すまんゴンタ、エっちゃんはともかくその子は俺も初対面だ。どんな子なのか、俺にも全くわからない。


 届いたコーラフロートをストローで吸い上げている少女は何もしゃべらない。固まっちゃってカチンコチンなゴンタを、横から上目遣いにずっと見上げている。

 この子もよく見れば整った顔をしているけど、ちょっとぼんやりしているというか、何を考えているかわからない茫洋とした目つきをしている。見た目では判断できないタイプだな。

 俺はこそっと沙織ちゃんに訊いてみた。

「なあ沙織ちゃん。あの文奈ちゃんって、どういう子? ゴンタで相手が勤まるかな?」

 いや、ゴンタを知らない沙織ちゃんにそういう事を訊くのもどうかって話なんだけど。ちょっと首を傾げた沙織ちゃんは、無言の二人をチラッと見た。

「ミナちゃんはちょっとドライですけど人当たりも悪くないですし、話を合わせられる方だから心配ないと思いますよ?」

「それなら良いんだけどな」

 沙織ちゃんは心配いらないと言うけど、そもそもゴンタが知らない女の子相手に喋れるかな……。

「今もたぶん、どういう接待の仕方がいいのか相手を観察してシミュレートしているんだと思います。すぐに打ち解けますよ」

「打ち、解け……?」

 合コンで“接待”って……。

 なんなの? あの子何かのプロなの?

 あそこの席がすごく心配になってきた。


 全然喋れない二人を横から心配していると、先に動いたのは文奈ちゃんだった。

 半分くらいまで飲んでグラスを置いた文奈ちゃんが、ゴンタの太ももにポンと手を置いた。ゴンタがビクッとはねる。おまえ、小心過ぎだ。

 しかし膝じゃなくて太ももって辺りが、なんかエロい。どこがって言われても困るんだけど、なんかエロい。この子、意外と遊んでいるのか?

 俺が想定していたよりも柔らかい猫なで声で、文奈ちゃんは優しい声色でゴンタに声をかけた。

「そんなに緊張しなくても良いですよ」

「は、はいっ!」

 ゴンタ、年下のJKに気を使われるなよ……と自分を棚に上げて見ていると。

 間を詰めてピタリと寄り添った文奈ちゃんが、ゴンタの肩にしなだれかかって耳におかしな言葉を吹き込み始めた。

「人間相手にリアルな合コンをしているんじゃなくて、ソシャゲのイベントだと思えばいいんですよ。恋愛アドベンチャーです。そういうゲームありますよね」

「で、でででででですかね!?」

「難しく考えることなんか無いんです。ゲームの中で推してる彼女とデート。いつもはどんなことしてます?」

「え? えーと、そういう場合……」

 そこで文奈ちゃん、何を考えているかわからない無表情からいきなりパッと笑顔になった。急に花が咲いたようなその変化をゴンタがポーっと見つめているところへ、文奈ちゃんがさらに囁きかける。

「私に無理に合わせようと思わなくって良いですよ~。健全な範囲なら、してくれたら私が合わせますから~」

 いや、課金て。

「……ね? デュエットします? ポテトをアーンしましょうか? それとも膝枕? 課金チートで好きなシチュエーションをいきなりゲットですよ~?」

 文奈ちゃん、いきなり商売始めた!? 

「おおお、なるほど! 課金アイテムで好感度ゲット!?」

「そうそう。大人力おかねでたいてい解決するんですよぉ」

 気がつけば、文奈ちゃんが胸元に募金箱を持っている……どこから出したんだ? てか、いつも持ち歩いているのか、それ!?

「相手に合わせなくちゃ、気にいられなくちゃって思うから難しく考え過ぎちゃうんですよ」

「そ、そう言うもんっすかね!?」

「そうです。三次元リアルゲームでJKリフレに来たと思えばいいんですよ。ほら、そうすればお客さん気分でしょ? 気楽にアレコレ注文出せるじゃないですか」

「そうか……そう思うとなんか俺、落ち着いて来た気がする!」

 ゴンタがゴソゴソ財布を取り出すのを見て、俺は見てられなくって沙織ちゃんに視線を向けた。

「沙織ちゃん、彼女……」

 沙織ちゃんはいつもと変わらない屈託ない笑顔だ。

「ね? ミナちゃんは相手に合わせてお話しできるんです。大丈夫ですよ」

 そりゃ合わせてくれるかもしれんが、その代わりゴンタの財布は……。


 沙織ちゃん、周りに変人が多すぎておかしいとさえ思ってないよ。




 合コンとか言いながら、バラバラにイチャついて? いるだけのカップルが三組。しかも一組は人目を気にし無さ過ぎな高校生カップルで、一組は兄妹みたいなもので、最後の一組はJKビジネスと来た。

(なんだか、とんでもないコンパになっちまったな……)

 そう思って混沌としている空間にため息をついた俺だったけど……実はこの時の俺は、まだなんにもわかっちゃいなかった。


 そう、夜は始まったばかりだったってことを。



  ◆



 ゴンタがアニソンを熱唱する。

 シャウトに近いゴンタの暑苦しい歌声に、いいタイミングで文奈ちゃんの合いの手みたいなハモリが入る。文奈ちゃん、言っちゃなんだけど意外と歌がうまい。冷めた感じで感情の読めない子だから、もっと起伏のない平板な歌い方かと思っていた。

 背中を合わせるようにして身振り手振りも入れて、二人ノリノリで歌っている姿はなかなかお似合いだ。公式であるのかコンビの振り付けもばっちりなんだけど……ただあれ、片方は有料オプションなんだよなあ……。

 二人の息が合っているから何とか聞けるハイテンションな曲をBGMに、全く聞いていないエっちゃんと智史君はずっとイチャイチャしている。

 今にもキスとかしそうだ。キミたちにとっては二人だけしかいない世界、外からは全部見えているのを自覚してほしい。それとキミたち、来てから一曲も歌っていないね。エっちゃんはなぜカラオケ屋を指定したのか。

 そして俺たちは。

「んー、美味しい!」

 沙織ちゃんは飲み放題に含まれているミニチョコパフェに喜んでいる。カラオケのフードメニューも結構充実してるよね。

 そこまではいいんだけど。

「チョコパ、なかなかイイですよ!」

 すごくいい笑顔で、沙織ちゃんは俺に向かって細長いスプーンを突き出している。当然スプーンはチョコとアイスと生クリームを少しずつ乗っけている。そして柄をこちらに向けているんじゃなくて、沙織ちゃんがしっかり握っている。

 完全に「あーん」の体勢だ。

 沙織ちゃん、周りに流され過ぎてない? 普通の兄妹は「あーん」まではしないと思うよ?

 もちろん沙織ちゃんとなら俺だって嫌とは言わない。この甘ったるい空気の中、俺たちもまるでバカップルみたいなラブい時間を過ごすのも悪くない。

 ただ、友達ばかりのところでそれを見られてるのは恥ずかしすぎるんだよね。

 沙織ちゃんが首をかしげてきた。

「チョコ嫌いですか?」

「あー……そんなことはないんだけど。ほら、周りがね?」

 俺に言われて周囲を見回した沙織ちゃん。

「あ、そうですね……ちょっと恥ずかしいですね」

「でしょ?」

 やれやれ、沙織ちゃんは何とか正気を保ってた。


 ……と思っていた時が俺にもありました。

「誠人さん、あーん」

 俺の沙織ちゃんが、嬉しそうに俺の口元へスプーンを差し出してきた。

 なんでこうなる?

 どう考えても悪化してる!

 沙織ちゃん、何をどう理解したんだよ?

「あの、沙織さん? さっきの『恥ずかしい』は何に対して思ったの?」

「え? それはもう」

 沙織ちゃんが恥ずかしそうに身をくねらせた。

「私たちだけノリが悪くって、恥ずかしいなって……」

 心配していたベクトルが違った……たった二年の差で、ここまでのジェネレーションギャップってあるものなのか……?



   ◆



 俺は室内を見渡してため息をついた。

「今日、酒入ってないよな……」

 当たり前だ。四人は高校の制服だし、俺とゴンタも未成年。そんなものは注文していない。にもかかわらず、部屋の中はサークルのコンパの三次会並みにグダグダに溶けかかっていた。


 エっちゃんと智史君はもう完全に抱きしめ合って、耳元に何事か囁き合ってはクスクス笑っている。時々急にラブい空気が盛り上がってはキスを交わしていたりする。お願いだから、俺が見ているうちはそれ以上にハッテンしないで欲しい。高校生の淫行を見逃したとか非難されるのは勘弁だ。

 ゴンタと文奈ちゃんはもうちょっとマシだけど……ソファに横になったゴンタは、文奈ちゃんの太ももを枕に笑顔を浮かべたまま昇天している。文奈ちゃんは確かに重くなっている募金箱を持ち上げてホクホク顔だ。課金する限り尽くしてくれるのは嘘じゃないみたいで、さっきゴンタ相手にポッキーゲームまでやっていた。NGラインはどのあたりなのか、正直とことんまで見てみたい。

 そしてそんな周りを見て、空気に流されやすい沙織ちゃんが何もしないはずもなく。

 もう完全に俺の膝を定位置にしている沙織ちゃん。今は俺に抱きつきながら、さっき文奈ちゃんとゴンタがやっていたポッキーゲームをやってみたいと懇願して来ている。

「誠人さん、いいじゃないですか。なんで嫌なんですか。パーティーゲームの定番ですよ」

「それはそうなんだけどさ、ちょっと気恥ずかしいというか」

「どこがですか!? 全然恥ずかしい事ないですよ」

「いや、恥ずかしいよ……」

「じゃあ実際に試してみましょう! やってみればどちらかわかります!」

 沙織ちゃん、割と意固地というか……一度やりたいと言い出すと、もう全然あきらめてくれない! さっきのアーンなんか、俺が応じるまでミニパフェを五杯もお替りしまくってまで諦めてくれなかった。

 何が君にそこまでさせるんだ? と慄然としている俺の膝の上で、沙織ちゃんは美しすぎる笑みで微笑んだ。

「誠人さん、カラオケでは恥ずかしがってちゃダメですよ。そんなの忘れて発散しないと! なのでとにかくポッキーゲームしましょう。さあ!」

 ポッキーゲームはカラオケに含まれない。そう主張したかったけど……俺はなんだか目が据わっている沙織ちゃんの怖いまでにかわいらしい笑顔に、とても反論なんかできなかった……。

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