第20話 合コンという名のサバト 上 【改訂版】

 土曜の昼、俺は正午直前に気持ちよく起床した。

 アラームをセットせずに寝てすっかり日が昇った後に目を覚まし、時計を見て“ああ、今日は大学休みなんだ”と実感する。これが土曜日の醍醐味だ。

「やっぱ週休二日だよなあ。土曜の講義を選択しなくて正解だった」

 社会人とは意味合いが違うけど、やはり土日は休みたい。特にうちの大学って土曜は昼までの二コマしかない。一つか二つの授業を受けるため、しかも学科必修じゃなくて一般教養しか無い土曜に片道四十五分もかけて通うのはバカみたいだ。

 カリキュラム申請の時にそれを考え付かなかったらしく、ゴンタは俺の講義のチョイスを聞いて「畜生っ! そう言えばそうだ……!」とか言って呻いていた。今頃ヤツは学食で、部活で出て来た体育会系に混じって空いている席を探しているのだろう。アイツ実家から、一時間ちょいかけて来てるんだよな。


 まあ今はヤツのことはどうでもいい。俺の飯だ。

 寝ぼけた頭でスパゲティの乾麺を茹でていたらスマホが鳴った。LINEだな。

「誰からだろう?」

 俺はスマホを確認し……つい黙り込んでしまった。


 なぜ俺に、エっちゃんからLINEが来るのだろう?


 確かに写真を売ってもらった時に登録はしたけど、その後の交流は何もない。個人的に連絡を取り合うような仲にまで、つき合いが発展した覚えはないんだけど。

 そう思いながらトークを開いた俺は、飲んでいたウーロン茶をシンクに噴き出した。


『なぜ俺にスーパーカワイイ悦子ちゃんからラブなレターが届いたのかって驚いているね?』


 怖っわ!

 あの子やっぱり怖い!

「管理人さんと血が繋がっているの、あの子の方じゃないのか……?」

 あの二人、妙に似ていると思う。あとゴンタのサークルの先輩。

 それともあれか? 素直で騙されやすい沙織ちゃんが変人ホイホイなのか?

 思わず俺が呟いてる間に、既読を確認したのかさらに追加のメッセージ。


『合コンやろうぜ』


 うん。

 あの子の頭は訳がわからない。

 女子高生の考えていることがわからない、じゃなくてあの子単体で訳がわからない。

 しばし茫然とした俺は、ちょっと考えてからメッセージを返した。


『ちょっと言っている意味が分からないんだけど。なんで俺に声を掛けるの』


 間髪入れずに返事が来た。


『財布よろしく』


 求めていることをはっきり言ってくれるのは良いけどな……。

 俺がなんと返すか考えている間に、次のメッセージが来た。


『断るとサオリンが保護者不在で合コンに出ることになるよ?』


「脅迫にかかってきやがった!」

 ホントにエっちゃん怖ええ!




 たまらずLINEの音声通話機能で電話をかけると、エっちゃんはわりとすぐに電話に出てくれた。

『ハッアーイ! みんなのアイドル、エっコちゃんでえーす』

「しょっぱなから飛ばしている挨拶は止めてくれ。イラっとするから」

『するんじゃないのよ。させているのよ』

 ホントにああ言えばこう言う子だな……とりあえず俺は今無性に、エっちゃんの鼻めがけてデコピンしてやりたい。デコじゃないけど。

「いきなり合コンってなんだよ」

『私の中ではいきなりでもないんだけど』

「そっちはな!?」


 直接話せば、それほどぶっ飛んだ話でもなかった。

 要するに中間考査も終わるので、最終日の放課後にお疲れ会をやりたいらしい。但し高二なので保護者がいないと夜遊びできないし、彼氏を呼びたいけど友達の手前自分たちだけイチャイチャもしにくい。

 高二で夜遊びくらい普通じゃないかと思ったけど……そこが名門校の悲しさ、ふらふら遊び歩いていると制服が目立つらしい。その点を自慢げに言う辺りがまたイラっと来る。

『それでマコチンの出番ってーわけよ! こっちはあたしとサオリンともう一人だからさ。男にあたしの彼とマコチンといれば、そっちのお友達一人連れて来てくれればちょうどいいじゃん? 女子と同じ数ならボディガードも十分でしょ」

「そういう話か」

『別に大したことをするわけじゃないよ? カラオケで楽しく騒ぐくらいだよ』

「まあ、その付き添いくらいなら……」

『それでついでに会計持ってくれれば』

「ついでが酷過ぎないか!?」

 エっちゃん、こっちが油断したと見るやカミソリのようなフックをすかさず入れてきよるわ。本当に油断ならない。

「その程度の小遣い、無いとは言わせないぞ」

『いいじゃん、それぐらい。JKとパーティーなんか滅多にできないよ? ついでにサオリンと二人っきりの世界に浸らせてやるからさ』

 それはいつもやってる、とはさすがに言えない……。

『じゃあ三人目の人選は任せるよ! アデュー!』

「あ、おい!」

 エっちゃん、自由人というか勝手気ままだな……今までかけられている迷惑を考えると、いつか泣かしてやらないと気が済まぬ。

 俺はため息をつくと、とりあえずのびてしまったスパゲティを鍋から引き揚げた。

 

 

   ◆



「というわけで、思いついたのがおまえでな」

 カラオケ屋の前でただ待つのも暇なので、話の経緯を俺は連れて来たゴンタに説明してやった……のだけどコイツ、ちゃんと聞いているんだか。女子高生と合コンと聞いてから、今週は地に脚が着かない浮かれっぷりだ。

「おい、聞いているのか?」

「わかってるわかってる。つまりあれだろ? 支払い持てばJKが一緒に遊んでくれるんだろ?」

「極論すればそうだけどな」

 コイツには話はそれで十分だったらしい。よっぽど女に飢えているのか? 一緒にカラオケするだけなのにすっごい目がキラキラしている。

「ちゃんと金は持って来たか? 幹事のイカレっぷりを考えると、結構かかると見た方が良いぞ」

「大丈夫大丈夫。三対三だから、俺たちが女子の一人分を奢ればいいんだろ? しかも相手はJKで、そんなに遊んでいるようなグループじゃない。そんなのすっげ金使うわけじゃ無し、普通のデートと変わんねえよ。大した負担じゃねえ」

「ゴンタ……」

 そこまで見越しているとは。コイツ、いつの間にか大人になったな……大人?

「……もしかして、九月にバイトの仲間で遊びに行ったのって男子持ち? しかも年上のお姉さんたちに散々食い物にされたか?」

「……ふふっ、さすがにネズミの国じゃ目の玉が飛び出るような値段の物はたかられないからな。助かったぜ」

 本気でそう思ってるなら、目尻に光るそれはなんだよゴンタ。


 まあ、日ごろやたら沙織ちゃんを気にしていたから、これくらいで気が済むなら誘ってやって良かったかもしれん。気持ちよく金も出しそうだしな。

 そんなことを考えていたら、さっきからフラフラ辺りを見回していた純朴そうなカワイイ系男子高生に声を掛けられた。

「あの、すみません。もしかして、マコチンさんですか?」

 ん? その呼び方……てことは。

「もしかして……エっちゃんの?」

 少年がニコッと笑って自己紹介してきた。

「はい、僕が悦子ちゃんのか……友達の日高智史と言います。今日は悦子ちゃんたちと一緒にお疲れ会をして下さるそうで……すぐにわかって良かった」

 ホッとする少年。この子が例の彼氏か。

 正直に言わせてもらえば、ちょっと意外な感じだ。元気っ娘なエっちゃんと逆に、女子かと思うほどなよなよした線の細い

 うん、エっちゃんの考えが読めたわ……はめられた。

「おいゴンタ」

「なんだ?」

「負担は各自二人分だわ」

 エっちゃん、自分の子犬系彼氏に経済力が無いのも織り込み済みだね? 高校生四人を引き連れた大学生二人。誰が金を出すのかなんて自明の理だわ。


 そんなことを言っているうちに、かわいいデザインのブレザーを着た三人組のJKがやってきた。遠くからでも目立つなー、あの三人……。

 先頭を歩く沙織ちゃんが、こっちに気がついた。

「あれ? 誠人さーん! こんな所で!」

 俺を見かけた沙織ちゃんが嬉しそうに駆けよってきた。そのまま飛びついてきそう……俺は受け止めようとちょっと身構えてしまった。

 彼女の勢いは俺の五十センチ手前で止まった。さすがに良識派の沙織ちゃんは人前で飛びつくのは遠慮したらしい。少し、残念。

「沙織ちゃん。今学校終わったの?」

「はい! それで、エっちゃんとミナちゃんとお疲れ会をって……」

 あの野郎エっちゃん、さらに仕組んでやがったか。

 俺は沙織ちゃんの頭越しに、後ろに続く女子高生に声を掛けた。

「おいエっちゃん、沙織ちゃんに何も言ってなかったな」

「え?」

 キョトンとする沙織ちゃんの後ろで、ハイテンションのショートカットがクルッと一周ターンしてビシッとポーズを決めて見せた。

「サプラーイズ! せいっこう!」

「うるせえっ!」




「エっちゃん、ホントにさ……人様に迷惑だから、そういう悪ふざけはいい加減止めた方が良いと思うよ?」

 眉根を寄せてくどくど説教する沙織ちゃんを無視して、テンションが高いままのエっちゃんがフードメニューを眺めながら内線の受話器を取る。ここの店はドリンクバーじゃなくて、料理と同様にドリンクもいちいち持ってきてくれるタイプの店のようだ。つまり高い店だな?

「みんな、ジュース何にする? 飲み放題コースでいいよね? 軽食は適当に頼んどくよ!」

「ちょっとエっちゃん、聞いてる!?」

「沙織ちゃん。今言っても多分無駄だ」

 エっちゃん氏は試験明けとたぶん久しぶりのデートとドッキリ成功でハイになっているし、沙織ちゃんとエっちゃんの座っている位置が遠すぎる。

 受話器にあれこれ注文を伝えているエっちゃんは沙織ちゃんのだ。大きなローテーブルを挟んでいるので、沙織ちゃんが本気で怒っていても迫力が半減だろう。エっちゃんへの説教は週明けに学校でやってもらおう。

 しかし。

「……なんだよ、この配置」

 俺も合コンなんて初めてだけど、聞いた知識じゃ合コンって男女で向かい合わせに座るルールだったはず……。

 この部屋の卓とソファ、ほぼ正方形の配置なんですけど。しかもそのうち三辺に、エっちゃんとカレシ、俺と沙織ちゃん、ゴンタと余っちゃったもう一人の友達って座り方をしている。男女別れているんじゃなくて、カップルが三組だ。

 ……これ、合コンっていうよりグループ交際やん。

 実際エっちゃんとカレシはカラオケの曲も入れずにいちゃついているし、沙織ちゃんは幹事にクレームを入れつつも何故か俺にピタッと張りついてきているし。

 まあ、この二組はいつだって暴走気味が平常運転だから問題ないとして。


 唯一気になるのが、この二組に挟まれた最後の二人。文奈ちゃんと紹介されたボブヘアの子と、俺が連れて来たゴンタの余り者同士のコンビだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る