第19話 今度は大学へ呼んでみました 下 【改訂版】
不承々々俺が引き下がり、パーテーションの中で沙織ちゃんが寝そべっているらしい衣擦れの音が治まると……メガネの言う意味が俺にもやっとわかった。
『あんっ!』
仕切った個室の中から、やたらと色っぽい沙織ちゃんの声が響いた。
マッサージが気持ち良くて、ついつい声が出てしまうようだ。それは聞けばわかるんだけど……いきなり近くで叫ばれると、理性を通り越して直に下半身に響くので色々男にはダメージがすごいぞ?
だけど施術は始まったばかり。だからその後も間断なく……。
『あ……あん! あ、あくっ!?』
なにこれ、凄い!? 男の本能に直撃する艶っぽいあえぎ声が……。
『ひあっ、あ、あんっ! あふっ、や、やぁああ……』
先輩の注意の意味が分かった。廊下にダダ漏れの沙織ちゃんの嬌声が、通行人(主に男)の足を止めてしまう。
なるほど、俺が見張りに立っていないと覗くヤツが続々出てくるだろうな。
「な、なあ……中、どうなってんの?」
沙織ちゃんの昼飯を買って帰ってきたゴンタも、個室どころか教室に入る度胸がなくて包みを手に持ったまま廊下に立ち尽くしている。
「俺に聞くなよ……お前のほうが揉みほぐし、詳しいんだろ?」
「俺だって初めての学祭だよ」
そこへ他の客の対応をしていた別の先輩が顔を出した。
「おい田原、AとDのお客さん、延長希望だから。とりあえず三十分だって。そこ二つ、次の客を入れるなよ」
「は、はいっ!」
ゴンタがクリップボードのスケジュール表を書き直す。先輩が廊下を見回し、声を張り上げて呼びかけた。
「ただいま、あと三人すぐに施術入れます! ご希望のお客様は受付にお申し出下さい!」
そこで、俺も周りの野次馬もハッと気が付いた。
自分も揉みほぐしを頼めば、堂々と横で沙織ちゃんの喘ぎ声を聞いていられるじゃないか。
AとDのコンパートメントの客はそれに気が付いたってことだろう。俺にはここで見張っていてと頼まれたって言う大義名分があるけど……。
ゴンタのところに、周囲の男がワッと殺到し始めた。
沙織ちゃんはメガネ先輩に延々揉まれ続け、延々十八禁な悲鳴を垂れ流し続けた。やっと解放されたのはオープンキャンパスが始まる三十分前。
「凄かったです……肩がものすごく軽くなりましたよ!」
沙織ちゃんはマッサージに大満足のようだ。良かったね。
ただ、二時間ぐらい揉まれ続けたので沙織ちゃんの着ているブラウスがクッチャクッチャになっている。だいぶ発汗したのだろう、汗まみれだ。
乱れた制服に、玉の汗の浮いた上気した白い肌。
とろんとした顔で法悦に酔う女子高生が、いまだ視点の定まらない目でイっちゃった笑みを浮かべながら「凄かったです……」。
どう見たって、アレの後だ。JK美少女が大学構内でいけない誘惑に堕ちちゃったようにしか見えない。そしてそんな足元も怪しい沙織ちゃんの手を引いて歩くのは、俺だ。
俺は展示教室を出ようとする沙織ちゃんを押しとどめ、むしろさらに奥のスタッフの休憩場所へ押し込んだ。
「沙織ちゃん、ゴンタがお昼買っといてくれたから。ここを借りて、これ食べてから会場へ行こうか」
「わあ、サークルの人たちにいろいろ気を使ってもらって申し訳ないです」
「いや……たぶんそれだけの見返りはしているから気にしなくていいと思うよ」
「はい?」
あの先輩、こうなるのがわかっていたってことは……沙織ちゃんを客引きに利用しやがったな。
「俺、ちょっと冷たいものを買ってくるから。沙織ちゃんはここから一人で出ちゃダメだよ? ホントに。マジで。絶対だからね?」
「さっき買ったお茶がまだありますよ?」
「いや、沙織ちゃんには絶対キンキンに冷えたのが必要だから。もう一発で目が覚めるようなヤツ」
「はあ……」
いまいち納得してない沙織ちゃんに言い聞かせ、俺は教室を出た。
自販機まで行こうとすると、沙織ちゃんを
「あ! あの、連れに昼食取らせるのに奥を貸してほしいんですけど」
言外に“あんたの施術のせいで外を歩かせられないんだからな”というニュアンスを込めて強めに言うと、先輩は呵々大笑して簡単にOKしてくれた。
「いいよー、私もご一緒しようかな。ついでにこれも分けたげよう。キミ、田原の買ってきたメニュー見たかい? お好み焼きはともかく一緒にミニパンケーキと明石焼きとか、女子の好みがわかってないよねー。あれはモテんわ」
粉モン三連発って、それはモテない。一品づつならともかく、なんでトリオで買ってきただよゴンタ……。
「そう言えばゴンタは?」
「田原か? 屋台の当番で今、餃子焼いてる」
ホントにコキ使うサークルだな。
俺は人生楽しそうな先輩に、なんで沙織ちゃんを無理にも引っ張り込んだのか聞いてみた。
確かに沙織ちゃん、いい声で啼いてくれたけど……強引に勧誘した段階だと、そんなことはわからないだろう。個室で施術だから、沙織ちゃんの最強の見た目も関係ないし。
俺の質問に、むしろ先輩のほうが呆れたという顔で俺に質問してきた。
「なんでって……どう見たってキミの彼女さん、マッサージが必要じゃない。そこ、わかってあげないと真の彼氏にはなれないなあ。わかんない?」
「そう言われましても……」
「田原の友達は田原かあ」
俺、そこまで侮辱されるほどわかってないのだろうか?
メガネは思わせぶりに周囲の人目を確認すると、俺にそっと囁いた。
「あの子の胸の大きさだと、普段からメッチャ肩が凝るはずよ? 実際触ってみたら首から背中まで、もう鉄板だったんだから」
「あ……」
そうか……沙織ちゃんはエっちゃん情報によればGカップ。それは、凝るよな。むしろ全快の時がないんじゃないか? それで沙織ちゃんに声をかけたのか。
「彼氏ならその辺りを気にしてやんないとねえ」
「そうですね……すみません」
「いいってことよ。まあ私も」
先輩は食い物のポリ袋を下げたまま、十本の手指をワキワキさせた。
「あんな上玉をひっさびさにたっぷり啼かせられたから、大満足だわ。いいわよね、イイ声で啼く美少女! もう揉んでて私のほうがトリップしそうだったわ! さらに奥まで、グイグイほぐしたい……どう? 私近所のリラクゼーションでバイトしているんだけど、週一ぐらい彼女連れて来てくんない? バックマージン出すよ?」
「いえ、いいです! 遠慮します!」
◆
沙織ちゃんは真面目に説明会も一通り受けて、家路につく頃にはもう夕闇が迫ってきていた。
「こんなに拘束するつもりじゃなかったんだけど……ごめんね、ずいぶん遅くなっちゃった」
「いいえ、私も知りたいことが色々わかりましたし! それに今日はずっとご一緒できて嬉しかったです!」
沙織ちゃんのところの学校祭より面白いものじゃなかったと思うんだけど、それでも彼女は楽しんでくれたようだ。
「やっぱり、うちの学校に来たい? 見たとおり、設備や校舎は結構古いよ?」
「それでも誠人さんのところで、学びたいことがありますから」
さすが沙織ちゃん、快適なキャンパスライフより学究生活のほうが大事らしい。彼女らしいな、と俺も微笑み返した。
ふと、沙織ちゃんの笑顔が曇った。
「でも、合格しても誠人さんとは半分しか一緒に通えないんですね……」
なんてカワイイことを言うんだ、この子は!?
別に他意はないんだろうけど、まるでカップルみたいなセリフが自然に出てくるとか!
俺でさえ理性が飛びかけたよ! 沙織ちゃんが女子高でよかった……身近にこんな言葉がぽろっと出てきちゃう子がいたら、たいていの男は自分が彼氏だと誤解しちゃうぞ。毎月勘違い男がダース単位で発生するに違いない。
「院に行ったら、一緒に卒業できるんだけどな」
俺はそこまで熱心じゃないから、まず行かないけど。
「じゃあ、大学院に行って下さい。そしたら合わせて四年間、一緒に通えます」
沙織ちゃんがちょっとからかうような笑顔で俺に返してくる。
二人見つめあって、どちらからともなくフフフと笑いあった。
そんな和やかでちょっと甘い空間に、無粋にも電話がかかってきた。
俺がスマホを出してみると、ゴンタ。
「なんだよ」
『なんだよじゃねえよ! 結局俺、まともに大家の娘を見れてないんだよ! 今どこだ!?』
「……もう帰ってきて、もうすぐ下宿だ」
『じゃあ今すぐ行くから!』
「来るな。そもそも沙織ちゃんは家に帰るに決まっているだろ」
『ちょっとお茶でも、って足止めしとけよ! なんで会長はたっぷり楽しんで、俺は前から話を聞いているのに顔さえまともに見れてないんだよ!』
「そんなの俺の知ったこっちゃない。俺に技かけるのを優先していたおまえが悪い。そもそもおまえが来襲するとわかっていて、沙織ちゃんを家に引き留めとくわけがないだろう。二人でファミレスでも行っとくわ」
『薄情者ーっ!』
「だからなんでおまえに見せなくちゃならないんだ」
俺はわめくゴンタに構わず、通話を強制終了した。
◆
詩織が家に帰ると、娘が上機嫌で夕飯を作っていた。
今日は確か、誠人君の大学を見に行っていたはずだ……土産話がうざそうだな。
急な仕事を思い出してUターンして出ていこうとしたら、台所にいたはずの娘に肩を掴まれた。
「お母さん、もう夕食なのにどこへ行くの?」
「……はぁい」
思った通り、今日の夕飯はどれもこれも砂糖をたっぷり振りかけてあるような激アマに感じた。
「それでね! 私がどう言っていいか困っていたら、お兄ちゃんが『俺の大事にしている彼女だ』って!」
「……沙織、その文脈だと誠人君はナンパよけにわざと誤解するように言ったんだと思うよ?」
「それぐらいわかってるよ! それでもはっきり言ってくれたの、初めてなんだもん! もう、お母さんにはこの人情の機微はわかんないかなぁ!?」
「あんた、いろいろすっ飛ばすとして……ナンパよけのブラフは“宣言”の内に入らないとお母さん思うなあ」
人の話を全然聞いてない娘を眺めながら、詩織は一つの可能性に気が付いた。
沙織と誠人君が結婚したら、もしかしてこれ毎日聞かされるの?
沙織の家事能力は惜しいが、新婚家庭がうざいから一緒には暮らしたくはない。
(こいつらが結婚したら、あたしと誠人君の部屋を交換して二世帯住宅にするかな……)
それで飯と洗濯だけ沙織にやらせよう。
詩織は合成甘味料を入れたみたいに感じる味噌汁をすすりながら、近い将来のことについて固く心に誓った。
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