第18話 今度は大学へ呼んでみました 中 【改訂版】
俺が通っている鳥栖文化大学は名前の通り? 文系の一応総合大学になる。文学部に四学科、史学部に三学科、人文学部に三学科、文化総合学部に四学科。
今並べた順番に、何をやる学問なのか外部の人間にはわかりずらい学科になってくる。文総の人間コミュニケーション学科なんて、学科紹介を読んでも何をやっているんだかわからない。それでも学生が受験してくるんだから、世の中は不思議だ。
今回沙織ちゃんを連れ回すのに、意外とその訳のわからない連中が役に立った。
「まうー、なかなか掴めないです」
不思議なうめきを上げて沙織ちゃんが宙を掴もうと手をバタバタさせる。女子高生がごついゴーグルをつけて摩訶不思議な独り芝居をしている姿は、申し訳ないけど見ていて面白い。
体験時間が終わってふらふらしながら戻ってくる沙織ちゃんは、目が回っているようだけど実に楽しげだった。
「すごいですね。本物の教室の風景の中に、当たり前みたいに〇〇モンが浮いてるんです。捕まえようとしてもするりと逃げてしまって……」
興奮して話す沙織ちゃんカワイイ。いつも聞き分けが良くておとなっぽいのが、こういう時は年下のようにはしゃいでいる。
「だけど、こういうのってテレビで見てると工学部とかで作ってますよね? ここ、機械系じゃないでしょう?」
興奮が少し収まっていつもの沙織ちゃんが戻ってくると、頭も回ってくるらしく突っ込んだ質問が出てきた。確かに其の通りと思うんだけど、残念ながら俺も文総のやっていることなんて全然知らない。
パソコンで設定を確認している上級生が笑いながら答えてくれた。
「全部一式でVRのシステム作るとかだと工学部なんだけど、俺たちがやっているのは市販されているシステムの中へ入れるソフト作りなんだよ。非言語メディア研究の一環でね、VR対応の眼鏡を付けていれば、標識や案内表示が必要な場所の宙に浮かんで見えるってシステムを作りたい……と思ってる」
と思ってる、と言うところがミソだな。しかし沙織ちゃんは真に受けたみたいだ。
「凄いですね!」
絵に描いたような美少女におだてられて、先輩の鼻が伸びている……というか鼻の下が伸びている。うんうん、その気持ち良さは良くわかる。俺は名前も知らない先輩に親近感を抱いた。
VR体験コーナーを出て、沙織ちゃんは素直に大学レベルの研究凄いと感心していた。
よかった、わかりやすい研究展示があって。俺たち文学部の研究なんか見たって、回りくどい古典の解釈を延々書いてあるだけだものな。
「そういえば沙織ちゃんの興味のある学部ってどこ?」
もしかして、こういう研究をできると知って志望しているのだろうか。だったら高三の時の俺より受験対策ができている。
「私の行きたい学部ですか?」
佐織ちゃんは学祭のパンフと一緒にもらった学校案内をめくって、学部一覧を出した。
「英米文学科に入って、英語と米語の違いを詳しく知りたいんです」
「あ、文学部?」
ちょっと意外。
というのも、文学部は俺の入っている学部だからだ。そこに所属している俺自身に“やる気がいまいちな学生のたまり場”だってイメージがあったので、沙織ちゃんの言う“ここでしか学べない”っていう言葉と凄い隔たりを感じる。
「言語文化の権威って言われる高崎先生がこちらの学部長なんですよ。そこのゼミで研究をしたいなあって……ゼミに入れるかどうかより、まずは合格できるかどうかですけど」
「そうなんだ」
今のままを維持すれば、うちの大学ぐらい沙織ちゃんの成績なら余裕で入れるだろう。だって国文学部に俺が入れるぐらいだもの。でも……。
「なんでまた言語研究なんて……?」
似合わないことはないけれど……うん、三つ編み眼鏡な文学少女沙織ちゃんもグッとくるけど……ちょっと高校生の夢にしては具体的でマイナージャンルな気がする。
俺の疑問に、沙織ちゃんはちょっと自慢気に胸を張って答えてくれた。
「お母さんみたいに、専門書の翻訳者になりたいんです!……誠人さん!? どうしました!?」
「……どうしたも何も」
いきなり予想外すぎる人が出てきて、お兄さん思わず立ち眩みで膝をついてしまったよ……こっちに引っ越してきて最大の衝撃だ!
「管理人さんが、翻訳者!?」
「そうですけど……それがどうしました?」
確かに管理人さん、きちんとしていればエリートっぽいけど!? あのひどい悪ふざけの数々、いかにも頭は切れそうだけど!?
「あれ? 私、お母さんはダブルワークだって言いませんでした?」
「聞いたけど!」
普段のだらしなくて人任せでロクなことをしない管理人さんしか見ていないと、翻訳者なんてインテリっぽい仕事とどうにも結びつかない。いや、両方とも俺のイメージでしかないんだけどさ。
「……マンションの管理人と自宅警備員のダブルワークだと思ってた」
「それでなんで出張とか打ち合わせがあるんですか」
沙織ちゃんに言われてみれば、その通りだった。
「びっくりしたわー……マジびっくりだわ」
「もう、誠人さんいつまで言ってるんですか。わかりますけど」
見栄えのする人気展示(数少ない)を見て、中庭や講堂前の屋台を一通り見て回った。制服の美少女JKはどこでも好評で、どこの屋台をひやかしてもおまけをやたらとしてくれる。ついでに袋の中に連絡先が必ず入っているので、後で沙織ちゃんが見ないように捨てておかないと。
一応制服で高校生とわかるからこの程度で済んでいるけど、もし本当にうちへ進学したら新歓期間中はサークルの勧誘に見せかけたナンパが凄いことになりそうだ。
その時は俺が保護者としてちゃんとガードしないとな!
余計なお世話と言われてもかまわない。どこの馬の骨ともわからない奴なんかに、
決意を固める俺を、沙織ちゃんが不思議そうに見ている。彼女のこととは言えないので、俺は曖昧な笑みでごまかしておいた。
そんなことばかり考えていたせいだろうか。俺は……この学祭で注意すべき、大事なことを忘れていた。
「そういえば沙織ちゃん、オープンキャンパスの方は?」
「パンフによると午後二時からみたいです。まだ午前中だから、時間はだいぶありますね」
「それな……」
「それは良かった!」
しゃべりかけた俺の言葉に、おどろおどろしい妙に明るい声がかぶさった。
この聞き覚えのある声は、まさかっ!?
はっと振り向けば……ゴンタ!
「ゴンタ、なぜおまえが!? サークルの当番で午前中は動けなかったはず……!?」
「はっはっは! 誠人おまえ、ホントに俺の存在を忘れていたようだな……」
ゴンタは後ろの教室に張られた「東洋医学研究会」の垂れ幕を指した。
「こ、こ、が! 俺のサークルが
「しまった!」
俺は一番気を付けていたことをうっかり忘れていた!
「なんてこった……沙織ちゃんと楽しくすごしていたおかげで、ゴンタのことが全く頭から抜け落ちてた」
「くそう! リア充に天誅だっ!」
俺がゴンタにコブラツイストをかけられている間に、沙織ちゃんはゴンタのサークルの先輩らしい女性に声をかけられていた。
「お嬢さん、田原君の友達の彼女?」
「え? えーと、えーと……」
沙織ちゃんは返答に困って俺と先輩の顔を交互に見ている。俺は下宿の管理人に預かったお嬢さんだと答えようとした……けど、思い直した。
この騒ぎを見に来た野次馬の中に、明らかに沙織ちゃんに声をかけるタイミングを見計らっている男が何人もいる。カップルに割り込むような強引なのじゃないみたいだけど、フリーと見ればしつこく言い寄ってきそうだ。
俺はゴンタを押し返しながら、周りに聞こえるように先輩に向かって叫んだ。
「そうです! 大事にしてるんですから、ゴンタなんかに見せたくないんですけどね!」
俺が彼氏なんて邪推を大声で肯定したので、沙織ちゃんが一瞬でボッと赤くなる。先輩は管理人さんやエっちゃんにそっくりなニマニマ笑いを浮かべながら、沙織ちゃんと俺を交互に眺めてはメタルフレームの眼鏡をしきりに直した。
「いいねー。いい、実にいいねぇ! 初々しい! かわいいわぁ」
初対面のこの先輩が、なぜ俺たちのことをそんなに面白そうに見るのか……? その疑問を聞く前に、先輩は沙織ちゃんの肩をがっしり掴んで展示へと勧誘し始めた。
「お嬢さん、せっかくだからうちで揉みほぐしやってかない? 時間空いてるんでしょ?」
「え、ええと……その、お昼がまだ……」
「食べてからだとマッサージなんかできないって。お安くするよ? うちで一番腕が良い私が施術するよ? 昼飯は屋台の物をなんかおごるから!」
そう言うなり、先輩はゴンタをピッと指さす。
「おい田原、おまえちょっと中庭に行って腹に溜まるもん買って来い! JKが好きそうなヤツ!」
「ええっ!? 女子高生が好きそうなヤツってなんですか!?」
「それはおまえが考えろ! これも男子力の修行だぞ? それぐらいできないとリア充になれないぞ!」
無理やりゴンタがお使いに行かされた……おかげで、沙織ちゃんも施術を断れない雰囲気に……。
俺が何か言う間もなく、
「あ、あ、あ、あ」
沙織ちゃんが無理やり中に連れ込まれた。中はパーテーションで個室に分けられており、その一番手前の空き部屋に先輩が沙織ちゃんを押し込んでいる。
「あの、ちょっと! ほんとにこの子高校生なんですから、変なことはやめてくださいよ!?」
俺が中まで追いかけて言うと、眼鏡の先輩は先月のエッちゃんそっくりな笑顔で俺をつついてきた。
「本当にまじめに施術するだけだって。上着脱いでもらうだけで、それ以上は剥かないし。服の上から疲れている筋肉を揉みほぐすだけだし」
「……ホントでしょうね?」
「ホントホント! あ、彼氏君は覗き見されないように周りを監視していてね? たぶん不心得者が出てくるから。おい、おまえら! うちの会員も覗き見禁止だ!」
「ホントにただの施術でしょうね!?」
俺の疑念に満ちた質問をシャットアウトするように、先輩はウインク一つ残すと個室のカーテンをシャッと閉めた。
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