第17話 今度は大学へ呼んでみました 上 【改訂版】

 九月に沙織ちゃんの学校祭に招待いただいたお礼に、俺は今月やる鳥栖文化大わがこうの学祭に彼女を招待することにした。

 ……あっちは地域の名門女子高で、こっちは二流私大。向こうは歴史を感じさせる校舎に入場者制限のプレミア感、それに対して昭和の設備に入場自由でも関係者以外来ない疎外感。

 うん、もらった物に全然返礼が釣り合っていないのはわかってる。でも勘弁して欲しい。お互い入学した学校のレベルは今から変えられないんや……。

 それでも我が母校で売りになることと言えば……沙織ちゃんが元々進学の選択肢に入れていた大学で、オープンキャンパスなど受験生向けのイベントを同時に開催することぐらいだろうか。

 正直俺なら、学校訪問そんなことになんか貴重な土日を使いたくはない。八洲女子高だって文化祭のお誘いだから行ったけど、進学相談会の付き添いだったら断ったかもしれん。

 自分で言うのもなんだけど……うちの学祭なんて俺から見ても全然嬉しいお礼じゃないな、ホントに。


 そんなお誘いを、沙織ちゃんは喜んで受けてくれた。

「一度中を見てみたかったんです!」

 喜色満面でそんな嬉しいことを言ってくれる。沙織ちゃんマジ天使。もしくは店子あしらいがうまい……さすが管理人の娘。

「誠人さんはその日、ご一緒できますか?」

「ん? ああ、全然大丈夫だよ。大学生はクラスも委員会も無いから」

「でしたら、是非ご案内お願いします」

「俺で良かったら」

「はい!」

 すごく良い笑顔で微笑む沙織ちゃんがまぶしくて、あのぼろいキャンパスを見せることにちょっと罪悪感を感じる俺だった。



   ◆



 翌日。「地域流通史」の教室で、俺はゴンタと一緒になった。

 授業前にデイパックからルーズリーフやペンケースを取り出しながら、俺はさりげなくゴンタに訊いてみる。

「なあゴンタ、おまえ週末の学祭なんかやるの?」

「俺かあ? サークルの店番ぐらいかなあ……誠人はサークル入ってないんだっけ?」

「入っていないことはないけど、学祭は自主参加なんだよ」

「……なんだよ、学祭自主参加って? 当番を決めなかったら、展示の受け付けなんか誰がやるんだよ。そんなん自由にしたら誰も来ないだろ? その物好きなのは何の同好会だ」

 ゴンタの言う事はもっともだ。会員の俺でもそう思う。

「ボードゲーム同好会でさ。二年、三年の有志が、時間がたっぷりないとやれない大作ゲームを二日間みっちりプレイするんだと。その人たちがいるから、どうせほとんど来ない客の相手はやってくれるってさ」

「やる気ねえところだなあ」

 呆れたゴンタが一言でまとめてくれた。おっしゃる通りだな。

「俺の入ってる『東洋医学研究会』なんか、先輩たちはもう稼ぐ気満々だぞ」

「あー、普通は学祭の売り上げで部の活動費を賄うらしいよな」

「そうそう。うちなんか屋台で餃子売った上に、研究展示でも有料で揉みほぐしをやるんだよ。両方の当番があるからきついぜ」

 ゴンタの吐き出した言葉に、俺はちょっと引っかかるものをおぼえた。

「なあ、おい……整体とかって、資格いるんじゃなかったか? 入って半年のお前がやっていいものなのか?」

 俺の質問に、ゴンタは投げやりな顔で肩をすくめた。

「やるのは整体じゃない、も・み・ほ・ぐ・し。レクリエーションとしてのリラクゼーション。治療が目的じゃないの。だから合法で何の問題もない」

「……そうなの?」

「と、メッチャやたらに念押しされた」

「そうか。素敵な先輩を持っておまえも幸せだな」

「なあ、本当に捕まらないのかな? 大丈夫だよな?」

「俺に訊くなよ」

 俺の突き放した返事にゴンタが何か言いかけたが、そこへ担当講師が来ておしゃべりは終わりになった。


 しばらく退屈な授業が続き、やがて二限終了のチャイムが鳴って講師が出て行った。俺は三限ごごいちが無いので、ちょっと本屋に行って時間をつぶすことにする。三限の直前になればきっと学食も空くだろう。

 適当に荷物をバッグに放り込んで席を立ちかけた時、横のゴンタが急に口を開いた。

「ところで誠人」

「なんだ?」

「おまえ、なんで学祭のを確認したんだ?」

「え? いや、別に大した意味はないんだけど……」

 コイツは何をいきなり言い出すんだろう。

「そうか……」

 なぜか、うしろにゴゴゴゴゴゴとか擬音が見えそうな雰囲気でゴンタがふらりと立ち上がる。

「大した意味が無いんなら、当日顔を出してくれるんだよな?」

「そりゃまあ、売り上げに貢献してやらなくもないけど」

「売上なんざどうでもいいんだけどよ……まさか誠人、“大家の娘を学祭に呼んでデート気分でイチャコラしたいんだけど、知り合いに会いたくないから俺が当番の時を選んで連れまわそう”とか考えてないよな?」

 

 大学の構内を目いっぱい使った俺とゴンタの全力疾走の鬼ごっこは、昼休みが終わるまで途切れることなく続いた。



   ◆



 どうせ出発する家が一緒なので、俺と沙織ちゃんはマンションから一緒に出ることにした。二人とも学校は電車通学だから地元? で一緒に歩いていても知人に見られる心配はない。

「家から一緒にお出かけっていうのも、なんかイイな」

 現地で待ち合わせもデートっぽいけど、一緒に出るのもラブい新婚っぽくない? 一日一緒に楽しんで、同じところに帰ってくる。うん、これも幸せの形だ。

 そんなことを考えてしまうあたり、正直もう俺も認めざるを得ない。

 

 沙織ちゃん、大好きだ。


 少女にしては大人びていて、大人の女にしてはあどけない。

 スタイルは完成しているようで、まだ成長しきっていない青さもある気がする。

 そしてそんな見た目だけじゃなくて、彼女は中身もかわいい。

 表情はクルクルよく変わって、笑っている時も拗ねている時も見惚れてしまう。

 丁寧で礼儀正しいけど親しい人間には甘える顔も見せて、時々抜けている。

 家事が得意で進んで世話をしてくれて、愚痴は言っても悪口は言わない。

 ちょっとこっちが欲情を抑えるのに困るくらいベタベタ甘えてくれて、俺への接し方はもう兄弟というより彼女みたいだ……エロい本とかを「あらあら」で済まされたのは嫁というよりオカンを感じさせられたが……。

 沙織ちゃんの中で、俺は少なくとも“家族並みに好きな人”なのは間違いないと思う。

 問題は、彼女にとって俺は「好きな家族」なのか「好きな男」なのかだ。これを真正面から訊くのは告白と同じだからな……質問するのを俺はどうしても躊躇ってしまう。彼女の中で、まだソレがあやふやなのかもしれないから。

 いきなり白黒つけろと言われて、沙織ちゃんが自分の中の気持ちに向き合った時……「そんなつもりじゃなかった」って答えが出てくる可能性は半分以上と俺は見ている。

 沙織ちゃんの性格だったら、無意識に思わせぶりな態度を取っていたと自覚したら恥じるだろうな……そうしたらきっと、今まで通りに遊びには来てくれない。そんなことになったら、顔を合わせづらくて俺の方がいたたまれない。

 

 うん、やっぱり余計なことは訊かない方が良いな。フェイクでも、今の幸せな半同棲生活を維持したい。

 俺の自問自答は、どうしても毎回そこへ戻ってきてしまう。自分自身もやもやするけど、俺に決断力が無いんだからどうにもならない。

 



 俺の出来の悪い思考回路が答えの出ない問題でぐるぐる同じところを回っているところへ、管理人さん宅の扉が開いて沙織ちゃんが出てきた。

「誠人さん早いですね。お待たせしました!」

「沙織ちゃん」

 俺は彼女のファッションをマジマジ見てしまった。失礼なのはわかっているけどマジマジ見てしまった。

「土曜なのに制服なの?」

 沙織ちゃんは冬服に変わったばかりのブレザー姿だった。ゴンタ情報で知ったけど、この制服がカワイイとかで女子中学生に人気らしい。進路希望や偏差値の押し上げに貢献しているとか。さもありなん。

 男から見ても、なんかイイ! と思える映える制服だと思う。男の場合は目上……大きなお友達に人気で、中学生は特に何とも思わないらしい。このエロ賢そうなフォーマル感がわからないとは……男子中学生はやっぱりまだまだ子供だな。

 それは置いといて。 


 沙織ちゃんは休日の筈なのに制服姿だった。俺の疑問に、逆に理由がわからないという顔で沙織ちゃんが首を傾げる。

「他校訪問ですから、学校行事でも個人の用事でも制服着用が基本ですよ?」

 まじめだ。

「いやあ、てっきり土日だから私服で来るのかと思ったよ」

「オープンキャンパスもあるんですよね? 学校名とか申告したりもするでしょうから、ちゃんとした格好でいかないと」

「おお……」

 俺、姉貴の学校祭に行ったときに制服なんか着て行ったことなかったぞ。

 ふと、沙織ちゃんが眉根を寄せた。

「誠人さん、もしかして……また私がコスプレで着ているとか思いました?」

「イイエ、トンデモナイデスヨ!」

 沙織ちゃん、いまだに根に持ってた! この制服、春先に俺が「JKのコスプレ?」って訊いちゃったヤツなんだよね。沙織ちゃん的によほどの発言だったと思われる。

 トラウマを植え付けちゃったことに罪悪感を覚えていると、沙織ちゃんがニパッと笑って俺の手を取って来た。

「ふふっ、ほんの冗談ですよ。誠人さん、行きましょう」

「あ、ああ」

 良かった、深刻なレベルじゃなかった。

 俺の女性経験値では、たとえイージーレベルキャラな沙織ちゃんでも“なだめる”ってムチャクチャ難しい。

(もっと、女ごころがわかるようになりたいなあ)

 そうすれば、拒絶される心配もなく「好きだ!」とか言えるかもしれない。

 ……まあそもそも、沙織ちゃんが俺なんかを恋愛対象に見てくれるかなんだけどな。


 沙織ちゃんの制服と女ごころの難しさに気を取られていた俺は……この時、沙織ちゃんと腕を組んでいることに気がついていなかった。




 出かけていく娘と隣人を、詩織は自宅のベランダから頬杖ついて見下ろしていた。呆れたため息とともに、コードレスホンの子機をプッシュする。

『はい、もしもし』

「あ、千咲? あたしだけど」

『詩織? 朝の八時に何よ、電話なんかしてきて。あんたと違って主婦は忙しいのよ』

「あたしも分類上は主婦だぜ?」

 詩織はもうぬるくなったコーヒーをすすった。うん、インスタントで手抜きせずに豆から挽けばよかった。

「あんたの言ったとおり、あの二人まだかかりそうだわ」

『誠人と沙織ちゃん? 今度は何をやらかしたのよ』

「何もやらかさないんだよ。沙織も最近人目もはばからずにベタベタするようになったんだけど、誠人君何をされても兄妹的なスキンシップだと思ってやがるぜ」

 今も堂々腕を組んで街を歩いているところだし、誠人の部屋に行っても沙織は隙を見て抱きついたりしているらしいのだけど。誠人君のあの顔、絶対別の方向性で考えてる。

 話を聞いて、電話の向こうで親友が大きくため息をつくのが聞こえた。

『鈍いとは思っていたけど……そろそろあたし、殴りに行った方が良いかしら』

「それはやめとこうぜ。夏休みの自由研究を親が作っちまうみたいなノリだわ」

『だって、見ているこっちがもどかしいわ』

「現場で見ているあたしの方がやきもきしてるよ。半年もかかると思わなかったわぁ……うん、なんだかあたしも殴りたくなってきた」

『親っていう字は、木の上に立って遠くから見守るって意味でね?』

「あんた、焚きつけたいのか見守りたいのか」

 まあ、自主性に任せるしかないってわかってはいるんだけど。

「それにしても、ノウハウが全くないヤツはこんなに時間がかかるとは思わなかったわ」

『“バカは風邪をひかないんじゃない。風邪を知らないのだ”って名言もあったわね』

「あんた、自分が腹を痛めた息子に辛辣過ぎない?」

『だってもどかしいんだもの』

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