第16話 学校祭を満喫しよう 【改訂版】

 パーテーションの中はやっぱり狭かった。

「ま、なんちゃって占いだから気を楽にしてよ」

「ああ……いや、先に客にバラシちゃうのどうなんだよ」

 俺に椅子を勧めたエっちゃんは向かい側の席についた。テーブルクロスを掛けてあるけど、この感触は教室の机だな。

 俺はどういうわけか、エっちゃんに占いをしてもらう事になっていた。




 やっと沙織ちゃんのクラスに着いたまでは良いものの、俺は沙織ちゃんにのんびり案内してもらう事が出来なかった。沙織ちゃんは委員会の当番の関係で、すぐに出かけなくてはならないらしい。

 俺が一人でボケっと待っているのも変に見られるし、せっかくだし暇だろうからとエっちゃんが出し物に誘ってくれたのだ。

 ただ、そう提案された時の沙織ちゃんの不信に満ちた目とか、去り際まで凄い後ろ髪を引かれて何度も振り返る様子とか、それを見ちゃうと……エっちゃんって、紐ビキニを用意した子なんだよな? なんだか、嫌な予感しか働かない子なんだけど。


 斜に座って深いスリットから健康的な脚を大胆に見せながら、エっちゃんはアンニュイな微笑で流し目を送ってくる。

「お兄さーん、こういうトコ初めて? 緊張しなくても大丈夫よ?」

「……君は、なんだか手慣れているね」

 普段エロ担当の沙織ちゃんがいなくなった途端、その手のお店みたいになったのはどうしたことだ。ただ残念ながらエっちゃんの惜しいのは、見た目的にそういうキャラじゃないところだな。

 正しくは悦子と言うらしい。元気溢れる感じの活発な少女で、かわいい子だけど色っぽいという言葉とは対極にいる感がある。


 学校用の机を二個つないで作ったテーブルには、どこから持って来たのか水晶玉とクラッシックなランプに見せかけたLEDライトが置いてある。端っこにはタロットカードもさりげなく束にまとめてあった。担当によって好きな方を使うのだろうか。

「それじゃあ始めるね!」

 占い師にしては元気過ぎる声で宣言したエっちゃんは、カードを取り出してシャッフルし始めた。なかなか見事な手つきで札を切っていく。俺の前と自分の前に五枚ずつ手札を置いて、残りを中央に積み上げた。

「うーむぅ……あたし二枚替えるね。お兄さんは?」

 ただ、彼女の用意したカードはトランプで……これは明らかにポーカーだよな。

「占いはどこに行ったんだ?」

「これがあたし流。終わった時には金運がはっきりわかるよ」

「そりゃポーカーだからな」

 間違いない、エっちゃんは頭の中身が残念な子だ! 沙織ちゃんが残していく俺を心配するのもわかるわ……どことなく管理人さんに通じるものを感じる。

「なに? 金運占いはご不満? じゃあ、恋愛運を占いますか」

 エっちゃんはカードを続けながら、何気なくそう呟くといきなり核心をついて来た。

「サオリンのどこが最初に気になった? おっぱい? お尻? 顔? 太ももかなあ?」

「いきなり何を言い出すんだよ!?」

「だから恋愛運の占いだよぉ? サオリンとの相性を占ってあげる」

 ピンポイントにツッコんできやがった! この子も怖い!

「俺は別に、そんなつもりじゃ……」

「無いわけないっしょ~? 毎日のようにあんな清純エロスの塊みたいな子と顔を突き合わせておいて、健康な青少年がなんにも思わないわけ無いよね? 恋愛感情は無くても渦巻くスケベ心は暴走中だよね?」

「ぐっ!?」

 図星、というか考えれば誰でもわかるよな。エっちゃん、アホの子に見えて意外に鋭い。

「お兄さん、今あたしのことをコイツやべえって思ってるね?」

「わかるのか!?」

「サオリンを見る目と全然違うからね。サオリンは愛でる目で見てるけど、あたしの事はさっきから異物混入を発見したみたいな目で見てるよね」

 エっちゃんは札を捨てながら俺を上目がちに見上げて、口の端をニッと吊り上げた。

「で? 占いの途中なんだけど? サオリンのどこを見ちゃうの?」

 やべえ、ごまかす間もなくぐいぐい来る……飲まれちゃダメだ!

「そんなの関係ないだろ!?」

 しかし俺がキレ気味に言っても、この子は全然ビビらなかった。カードをシャッフルしながらニヤニヤ笑っている。

「大事なことなんだけどな~。男にはわかんないかな~。大人しく見えるサオリンだって女だし? 男に見られたい所も見られたくない所もあるんだよお? あたしはマコチン、結構女に慣れてないと見たけど……この先サオリンと、地雷を踏まずに付き合って行ける自信はあるかなぁ?」

「うっ……!」

 それは、確かに……って、一瞬認めかけてしまった!? 

「いや、だから俺は沙織ちゃんにとって“兄弟枠”みたいなもので」

「ほうほうほう」

 全っ然信じてない顔で……思わず顔面に一発入れたくなるニタニタ笑いで、エっちゃんは延々カードを切り続けている。

 俺が黙り込むと、彼女の手元がピタリと止まった。

「でもさあ、マコチン」

「……沢田誠人です」

「マコチンね」

「……もういいよ、それで」

 俺が初対面のJKに付けられたあだ名の衝撃にクラクラきていると、頬杖をついたエっちゃんは左手に持ったカードの束でトントン机を叩いた。

「兄妹みたいな関係ってさ、それはサオリンの事情でしょ? マコチンはどうなのよ? そりゃサオリンにお兄ちゃんお兄ちゃん言われてたら、あたしだってついデレデレしちゃうけど? でもそこで終わっちゃって良いの?」

「どういう意味だよ」

「どうもこうも」

 エっちゃんがぐっと身を乗り出してくる。

「マコチンはサオリンを本当に“妹”でいいと思ってる? 男連れのサオリンに『カレシできました』とかニコニコ言われて、笑っておめでとうって言える? あったしなら言えないなあ。『俺の女に近づくんじゃねえ』とか余裕でぶん殴っちゃうなあ?」

「エっちゃん、言い過ぎ……」

 煽って来よる! この子俺が内心どう思ってるかを全部判ってて、そして俺が沙織ちゃん側のエっちゃんに正直に言えるわけがないのもわかった上で煽って来よる!

 占いの筈だったのが、いつの間にか気が付いたら尋問みたいになっているぞ!? あの手この手で誘導尋問を試みるエっちゃんに追い詰められ、俺の背中は冷や汗が滝のように流れ落ちていた。


 ぐいぐい来るエっちゃんをぎりぎり紙一重で捌くこと十五分。なんとか決定的な一言を言わずにかわし続けていたら、不意にパーテーションの外からエっちゃんを呼ぶ声がした。

「悦子ー」

「なーにー? マリッち?」

「あんた時間かかり過ぎ。レコーダーの電池終わっちゃった」

 なにっ!?

 エっちゃんがチッと舌打ちした。

「あ~あ、言質取れなかったか」

「何してんだよ!?」

「いやあ、“お兄ちゃんの正直な気持ち”をサオリンに売りつけようかと思っていたんだけど」

「ホント怖いな、最近の女子高生!?」

「マコチンだって春まで高校生だったっしょ? 何言ってんのよ」

 斜に構えていたエっちゃんは正面に座り直した。

 左手で机を撫でて、弄んでいたカードの束を机上にスッと流す。白いカードの束が綺麗に扇形に広がったのを見るに、エっちゃんのトランプ捌きの技術はかなり高い……って、白いカード!? さっきまで普通の幾何学模様だったのに!?

「残念ながらマコチンの嬉し恥ずかしの一言は聞けなかったけど、まあ男として普通にサオリンに興味はあるよねえ? そんなあなたにお勧めするのは……こちら八洲祭来場記念、会場限定販売の」

 エっちゃんの女の子らしい細く可愛らしい指先が一番下になっているカードの端を引っかけ、上に軽く跳ね上げる。ドミノ倒しのようにパタパタと表裏がひっくり返っていくカードの裏面は全て沙織ちゃんの写真だった……校内での。

「あなたのアイドル羽嶋沙織ちゃんの、学校生活スナップショットになりまーす。一枚二百円、LINEにデータで送信なら四百円。乳、尻、美脚の各十枚セットでお求めでしたら、なんとお値段九枚分にオマケした上スクール水着や体操服のお宝ショットも付けちゃいます」

 エっちゃんがポンっと手を打ち合わせて両手を広げた。

「さらに本日は全部買ってくれたら全四十枚+オマケ四枚のところを、特別価格でプリントなら六千円、LINEなら一万二千円にご奉仕したうえに」

 おそらく悪魔の笑みを浮かべているであろうエっちゃんは、机に広がる写真から目が離せず呼吸が止まっている俺の耳元にダメ押しを囁いた。

「着替え中の下着姿を三枚つけちゃいますよ~ぉ?」




 当番が終わって戻って来た沙織ちゃんは、疲れ果てている俺とホクホクした笑顔のエっちゃんを見ておおかた察したようだった。

「ごめんなさい、誠人さん。と一緒に残しちゃって……」

「ああ、いやいや……大丈夫だよ」

 俺はエっちゃんに食って掛かりそうな沙織ちゃんをなだめる。正直ここでエっちゃんを追い詰めちゃっても良くないのだ。彼女の口からコンプリートセットお買い上げの話が漏れては俺が困る。

 しばらくは空き時間だと言うので、俺は沙織ちゃんに校内を案内してもらうことにした。ムカつく笑顔で手を振るエっちゃんを後ろに、沙織ちゃんに手を引かれるように2-Aを出た。

「どこか見たいところありますか?」

「そう言えばパンフをちゃんと見てなかった……お勧めはある?」

「えーとですねえ」

 俺に学校を紹介できるのが嬉しいのか、沙織ちゃんはアレコレと精力的に説明して回ってくれた。そんな活き活きしている沙織ちゃんを見ていると、なんだか俺の方もほっこりして来る。

 ちょっと微笑ましい気持ちで沙織ちゃんを眺めていると、俺の視線に気づいた沙織ちゃんが不思議そうな顔をした。

「どうしました?」

「いや、なんでも無いよ」

 俺は笑ってごまかすと、お勧めの3-Bのクレープ屋へ行こうと彼女を誘った。



   ◆


 

 二人を見送り、悦子は机の中から写真カードの束とレコーダーを出した。

「麻里ッち、ご苦労さん」

 小芝居を手伝ってくれた麻里が肩をすくめる。

「アレが例の沙織が御執心の彼? ちょっとトロそうね」

「純真なのがいいんだって。アハハ、女に慣れてないだけだと思うけどなあ」

「あんたの彼の正反対ね。かわいい顔してケダモノなんだって?」

「浮気はしないヤツだから、あれでいいよ。……そういやサオリンの良い人も、かなりのムッツリらしいよ?」

「純真とかなりのムッツリが両立すんの? 沙織も何言ってんだか」

 悦子はレコーダーを早送りして、写真取引のくだりを再生してみる。うん、バッチリ取れてる。

「マコチンも脇甘いよねえ。大昔のテレコの時代じゃあるまいし、ICレコーダーの電池が簡単に無くなるわけないじゃんね」

 大した内容が録れてるわけじゃないけど、沙織のお宝写真に興味津々な様子は本人さおりに売れるかもしれない。

 さすがに沙織の盗撮写真を他に流すのはまずいので処分する。これはマコチン限定商品だ。プリントの束を厳重にくるんでカバンにしまいながら、悦子はニマニマ笑いが抑えられなかった。

「マコチンも素直に認めちゃえば、サオリンのラブっぷりを暴露してやったのにねえ。一気に進展する筈だったのに、いやあ、惜しいことしたなあ」

「そんなつもり無いでしょ? あんた覗き見が好きなんだから」

 呆れてツッコんで来る麻里に悦子は唇を尖らした。

「そうでもないよ? そっちの方が面白ければ全部ぶちまけるのも厭わないよ? あたしは」

「酷い友達を持ったわよね、沙織も」

「あれ? 麻里ッちの中であたしは友達枠に入ってないの?」

 麻里の答えは返って来なかった。

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