第23話 沙織ちゃんの朝帰り 【改訂版】
「ごめんなさい、誠人さんの手を下敷きにしてたなんて……」
起きた沙織ちゃんは俺の左腕に負い目を感じてシュンとしてるけど、それはこの際どうでもいい。今の俺には、そんなことより遥かに気になることがある。俺が昨晩何をやったかだ。
「あ、あの……昨日、帰ってきてからの記憶があやふやなんだけど、何がどうだったんだっけ?」
「昨晩ですか?」
沙織ちゃんはなぜそんなことを聞くのだろうという顔で、タクシーを降りてからのことを簡単に説明してくれた。
「酔っているお母さんをベッドに寝かせまして」
「うん」
「誠人さんが帰りまして」
「うんうん」
「私とミナちゃんが寝られる場所が、私のベッドしかないという話になりまして」
「ああ、確かに」
「二人じゃ狭くて嫌だと言うので、私がミナちゃんにベッドを譲って」
「あ、譲ってあげたんだ」
「私は誠人さんと一緒にベッドに入ってそのまま寝たので、後のことはわかりません」
「そこがおかしい」
順序だてて説明してもらったけど、話は最後のところだけでよかった。
「あのね、沙織ちゃん……寝床の空きがないのはわかったけど、なぜうちへ?」
ますます何が問題かわからないという顔で、沙織ちゃんが首を傾げる。
「だって、ミナちゃんを誠人さんのところで寝かせるわけにいかないでしょう?」
「それはそうだね。でもそもそも、俺のベッドには俺がすでに寝ていたわけで」
「そうですね。だから余計にミナちゃんを寝かせるわけにいかないじゃないですか」
「うん、文奈ちゃんは当然だけど、沙織ちゃんでもまずいんじゃないかと……」
「二人で一台だと狭いと言ったのはミナちゃんですよ? 私は平気です」
「いや、面積の問題じゃなくってさ……」
どうしてだろう。どんどん論点がずれていっている気がする。
仕切り直そう。
「文奈ちゃんは、君が俺のところに泊まりに行くって言ったら止めなかったの?」
「ミナちゃんですか? パジャマも私の借りるから、寝間着は誠人さんのシャツでも貸してもらえと」
「あのアマっ!?」
確かによく見たら、沙織ちゃんが着ているのは俺のコットンのシャツだった……。
エっちゃんといい文奈ちゃんといい、沙織ちゃんの友達はロクなヤツがいない。でもそれにしたって、自分がのびのび寝たいからと
「未婚の娘が若い男と二人きりの部屋に泊まるのを止めないとか、文奈ちゃんも何を考えているんだ! しかも同じ布団で寝る事になるのをわかっていてだなんて!? 本人がいいと思っても、これはまず周りが止めないといけない事だろ!」
俺はここにいない文奈ちゃんや管理人さんに腹を立てて、思わず口に出して怒っていた。
……いや、それぐらいはしないとね、意識しちゃうんだよ……沙織ちゃん、シャツのシルエットからしてノーブラだよね。ブラをつけたままだと寝るのに苦しかったのかな? にしたって、男の部屋で二人きりでそれは……ダメだ、他のことを考えろ!
自分の欲情を抑えるためにも、俺は沙織ちゃんが一緒に寝るような事態を断固拒否しないといけないんだ!
というわけで俺がプリプリ怒ったら……沙織ちゃん、他人事みたいに無邪気に感心している。
「昭和のお父さんっぽい! さすが国文学科ですね!」
そこじゃないよ?
着目してほしいのはそこじゃないんだよ?
「沙織ちゃんも友達にベッドを譲るのは良いけど、その代わりによその男のベッドに潜り込むとか絶対ダメ!」
これが天然で抜けている沙織ちゃんでなかったら、どこのビッチだって話になってしまう。
そもそも俺が全く起きなかったから良かったけど、もし夜中に俺だけ目が覚めていたら……最低でも胸を揉みしだくぐらいの事はやったんじゃないかと思えるぐらい、俺は最近俺のモラルを信用していない。
俺だって昔は自分のこと、異性に興味がある割に奥手で紳士な方だって思ってたさ!
でもこっちに引っ越してきたら、家族の目が無いし沙織ちゃんは無防備すぎて……彼女に抱きつかれるたび、押し倒すのを我慢するのがどんどんつらくなってきている。
しっかりしろ誠人……おまえは節度あるムッツリだった筈じゃないか……。
沙織ちゃんは不服そうだった。
「何にも問題ないですよ。私は誠人さんのことを信じていますから!」
その根拠のない信頼を止めて!?
俺は二度寝したがる沙織ちゃんを揺り起こして夜脱いだ制服に無理矢理着替えてもらい、五メートル先の自宅に送り届けたのだった。
管理人さんの家に入ると、文奈ちゃんが堂々沙織ちゃんのパジャマを着たままダイニングで新聞を読んでいた。まるっきりアメリカあたりのホームドラマのパパみたいだ。
「おはようサオリン」
「おはようミナちゃん。パジャマ洗っちゃうから着替えてよ」
「はいはい」
新聞をたたんで立ち上がった文奈ちゃんは、着替えに行く前にこっちを見た。
「おはようマコチン君。昨夜は
なに平然と成果を聞いて来るんだよ……
「
「ふむ。……本当に何もなかったみたいですね」
「本当に何もなくてよかったわ。君は自分の友達に何を勧め……」
「チッ」
舌打ちしやがった!
「……油断している沙織ちゃんを
「危ない目? 隣にあるマコチン君のお宅へ
このアマ、言い切りやがったな……!
まさか自分が無節操だとPRするわけにもいかず、俺は歯ぎしりしながらも話題を変えるしかなかった。
「……一人暮らしの男の家に泊まりに行けとか、君は沙織ちゃんに何か恨みでもあるのか?」
「とんでもない。サオリンとエッコは大事な友達ですよ。そのサオリンがマコチンを
そこで一旦言葉を区切った無表情娘は、手指をいやらしくワキワキと動かした。
「そう……サオリンはとってもカワイイカワイイお友達ですからね」
間違いなくおもちゃ扱いだな、沙織ちゃん。
俺が黙り込むと、眉をしかめた文奈ちゃんは顎を撫でながらぽつりと呟いた。
「しかし思った以上にヘタレですね、これは」
「ほっとけ!」
「んん~? そういう意味じゃないんだけどな」
じゃあどういう意味なんだと言いたくなるような独り言を呟いて、文奈ちゃんは沙織ちゃんの部屋へと歩いて行った。
「ヘイ、サオリン」
「何、ミナちゃん?」
沙織が振り返ると、遅れてやって来た文奈に肘打ちされた。
「せっかく巧いこと理由をつけてマコチン君のベッドに潜り込んだというのに、なんで何もしないで寝てるのよ」
「うっ、それは……」
「ちゃんと言ったとおりに裸ワイシャツはやったんでしょうね?」
「もちろん誠人さんのシャツに着替えたよ! できるだけダブダブに見えるシャツで!」
「脱いだ服はマコチン君に見えるところに置いた? もちろん一番上にでっかいブラジャー」
「あー、それはぁ……」
文奈の追及に沙織の目が泳ぐ。やってない。さすがに下着は恥ずかしくて、一番上には置けなかった。文奈が「ガッデム!」という感じのポーズで大げさに嘆く。
「何の為の巨乳なのよ、これは! サオリンが巨乳で、マコチン君が巨乳好きで、昨晩はまさにチャンス到来で! 一撃で倒すにはここしかないという場面で、一番効果がある武器を繰り出さないって何なの!?」
「ううっ……」
一言もない。文奈がジトーッと沙織の胸を眺め、ジト目のまま沙織の顔に視線を動かした。
「このヘタレ」
「うぐっ!」
なんだか少し消沈した感じの沙織ちゃんと相変わらずな顔の文奈ちゃんが戻ってきて、沙織ちゃんが朝ご飯を作り始めた。
「誠人さんも食べていって下さい」
「あ、ありがとう」
一緒に食卓を囲むことについてまた何か文奈ちゃんから揶揄されるかなと思ったけど、沙織ちゃんの部屋で何かあったのか文奈ちゃんは料理が並ぶまで一言も口をきかなかった。
「お母さーん、起きてる?」
沙織ちゃんが管理人さんの部屋に声をかけている間に、文奈ちゃんは先に食卓に手を付けて味噌汁を飲み始める。
汁椀を卓に置き、着替えから戻ってきて初めて文奈ちゃんがしゃべった。
「うん、サオリンの味噌汁はさすがですね」
その意見に思わず俺も頷く。濃さも絶妙、出来立てのおかげか出汁も香るし具も程よく火が通っている。
「料理はうまいし洗濯も掃除もばっちり。相手がいれば、もう何時でも嫁に行けますね」
「……何が言いたいのかな?」
「いえ、ナイスバディで才色兼備で家庭的な完全無欠美少女なんて、恋愛市場で売れるのは早いだろうなあと……一般論ですよ?」
エっちゃんから話は聞いているかもと思ったが……この子も負けず劣らず
「……まあ、そうだろうね」
俺がそっけなく言うと文奈ちゃん、無表情なままで俺の横顔にジーっと注目している。穴が開くほど見つめてくる。延々といつまでも見つめてくる……止めて、そういう圧迫の仕方! すごく気になるから!
逃げられない朝食前の待ち時間でぐいぐい来るとか、この子たちあの手この手がひど過ぎる。
「深い意味はないんですけど、サオリンの相手には頼れる年上がいいと思うんですよね」
「あ、ああ……そうだね」
そこで立候補しろってか!? いや、こいつらなら自薦したら“頼れる年上!? マコチンが!? とか言って笑い者にする気かも……。
「なにしろ一見パーフェクトJKのサオリン、カタログスペックは良いんですけど変なところが抜けていて騙されやすいですからね。このまま大学なんか入ったら、どこで悪い男に引っかかるかわからないですよね」
「そうなんだよなあ……ホントちゃんと見てないと」
そう、沙織ちゃんは見ていて危なっかしい。
うんうん頷いて顔を上げたら、斜向かいに座っている文奈ちゃんが全部見透かしたイイ笑顔でニタニタ笑っていた。
くそっ、殴ろうにも手が届かないように斜向かいに座ったな……。
そんなことをしゃべっているうちに、沙織ちゃんが「お母さんったら、起きれなくなるまで飲むんだから」と愚痴を言いながら戻ってきた。
そして管理人さんがだるそうに遅れてやって来た……けど……。
「あ~……他人の奢りだと思って飲み過ぎた。いかんな、醸造酒は後に残る……」
まだボーっとしている管理人さんが頭を掻きながらぶつぶつ言っているんだけど……他の人間は何も言わない。というか言えない。
「まあいいか、近い締め切りは特にないし……今日は事務所で寝ていよう」
立ったまま新聞の一面をざっと眺める管理人さんを、やっと立ち直った沙織ちゃんが叱りつけた。
「お、お母さん……服を着て来なさい!」
沙織ちゃんの怒る声で、はっと我に返った俺は顔をそむけた。
管理人さん、中途半端に脱いでそのまま寝ちゃったのだろう……下着の上にシャツを羽織っただけの姿で、まだ眠そうに小さくあくびをしている。。
この人に普段女を感じることはないんだけど……頭が腐っていても、さすが沙織ちゃんのお母さんだ。娘ほどの凹凸じゃないけど十分スタイルは良いし、肌はきれいだし……今からでもグラビア、いけるんじゃないか!?
しかも普段無雑作にまとめている髪がほどけて、ウェーブを描いて肩に垂れ下がっているのが色気をいや増している。まさに寝起きって感じであられもない格好をしていると、年上のフェロモンみたいな物が辺りにまき散らされててとても直視できない。黒の上下はエレガントかつセクシーなのだし、まだ全然くびれはあるし、これでうちの母と同年代とは思えんわ。
いろんな意味で見ちゃいけない気がして顔を背けていると、後ろで沙織ちゃんと管理人さんの言い争いがヒートアップしていく。
「家の中だからってだらしない格好していないで、服をちゃんと着て!」
「おいおい沙織、服ならちゃんと着ているぞ? 前がはだけているだけだ」
本人は平然としているけど、周りの方がいたたまれない。特にたまらないのは当然、娘の沙織ちゃんだろうな。
「誠人さんがいるんだよ!? 見せちゃダメ! 恥ずかしくないの!?」
「ハハハ! 自分の子供と大して歳の変わらんガキに見られたところで、別に恥ずかしくもなんともない」
「恥ずかしいのは周り! とにかく服を着に戻って!」
「だから服なら着ていると」
「着ているって言うならボトムぐらい履いてきなさい!」
延々続く二人の言い争いを唖然と見ていた文奈ちゃんが、いきなり立ち上がってバンと食卓を叩いた。
「サオリン! これよ、サオリンに足りないのは! このフェロモンが足りてない!」
「その話はまた今度! 今はそれどころじゃないよ!」
「お母さま、その誘惑の技術をなんでサオリンに叩き込まないんですか!」
「うーん、指導力の不足を親として反省しています?」
「ミナちゃんも余計なことを言わない! お母さんも適当なことを言わない! そもそも私の希望はそういう方向じゃないんだってば!」
「でも自主性に任せていたら、いつまで経っても進まないじゃない」
「そうだぞ沙織。少しは成長というものをだな……」
「だからこの場で言わないで!?」
「ホント、なんて言うか……なんなんだ」
女三人が口々に騒いでいる中……俺は頭を上げるわけにもいかず、食卓に突っ伏してため息をついた。
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