第14話 お呼ばれ誕生会 下 【改訂版】

 そして金曜日。管理人さんに言われた、沙織ちゃんの誕生会当日。


 TPOって大事。


 俺は今日、それを身を持って学んでいる。

「沙織、誕生日おめでとう」

「ありがとう!」

 和やかに乾杯する二人に上辺だけ合わせながら、俺は内心冷や汗をかきまくっていた。




 たった三人の誕生会とはいえ、沙織ちゃんは上品なブルーのワンピースにローヒールながらパンプス、髪もセットしてめかし込んでいる。俺だとよくわからないけれど、頬に薄くチークをはたいて唇も明るいピンクに塗っているようだ。本人そざいもいいし、しぐさは上品だし、もう良いトコのお嬢様にしか見えない。

 管理人さんも全体のシルエットは変わらないながら、明らかにフォーマルに使えるパンツスーツにさりげないけど貴石がきらりと光るイヤリングをしている。ごく薄いけど俺でもわかるレベルのメイクをしていて、鋭角に書き込んだ眉や敢えて暗めのブラッドチェリーみたいなルージュが“できる女感”を作っている。こちらもやり手のキャリアウーマンかなにかみたいだ。

 そんな二人の同行者である俺は、大学に普通に行くようなジーンズにコットンの開襟シャツだよ畜生。せめて一枚ジャケットでも着てくれば少しは“よそ行き”の雰囲気が出たのかも知れないけど、現実問題俺のワードローブにそんなものは無い。

 うん、はっきりどこでやるって言わなかった管理人さんだけを責められないや。よく考えれば元々俺は、かしこまった服なんて持ってなかった。

 

 管理人さんが家族だけで食事に行くって言うから、ファミレスかチェーンの居酒屋にでも行くのかと思っていたよ……まさか駅前のご立派なホテルの中華とは。

 当然給仕は普段着にエプロンのオジちゃんオバちゃんじゃなくて、壮年のウェイタースタイルの男性が慇懃に運んでくる。客もそれなりの格好をしている人ばっかりで、シックな広い店内にラフなのは俺だけだ。

 管理人さんも沙織ちゃんも、スタッフに実に自然にサーブされてる。こういう店に来慣れているのは明らかで、管理人さんの謎がまた増えた気分だ。


 幸いこの店ドレスコードはないみたいで、気にしているのは俺だけなんだけど……うん、場違い感は否めない。助かるのは同席の二人が俺の服装を気にしていないってことぐらいか。

 俺の戸惑いをどう思ったのか、管理人さんがグラスを揺らしながら軽く笑った。

「中華の方がカトラリーで困らないっしょ」

 ご機嫌でグラスビールを口に運びながら、管理人さんが陽気に笑うけど。

 その言い方、フレンチだのイタ飯だのも慣れてるってことですね?

「そうですね」

 必死に平静を装うけど、晩餐て言葉が似合う席は初めての俺。あがってガチガチにならないよう、周りの景色をシャットアウトするのに必死だった。


 焦りまくりな俺の内心なんか露知らず、御機嫌な沙織ちゃんは俺に満面の笑みで笑いかけてくる。

「今日は誠人さんが来てくれて嬉しいです! 帰省に被らないで良かった」

「こっちこそ、お招きいただいてありがとう。女の子の誕生日イベントなんて初めてでさ」

「ホントに!?」

 やけに食い気味に聞いてくる沙織ちゃん。あれ? なんか気になる話題なの、それ。

(と、それどころじゃなかった!)

 そうだ、場の空気に呑まれている場合じゃない。

 忘れないうちに、俺は沙織ちゃんにプレゼントを渡しておくことにした。

 デパートの手提げ袋を持っているとプレゼントだと丸わかりなので、大学で使っているプラスチックのブリーフケースで持参した。大人ならサイドバッグとかなんだろうけどな……大学生には使いどころが無いんだ、アレ。

「沙織ちゃん、これ……誕生日おめでとう!」

「わああ! 誠人さん、ありがとうございます!」

 小さく歓声を上げて喜ぶ沙織ちゃんに、俺はデパートの包装に包まれた小さい箱を渡した。

 中身はもちろんネックレス……バイト先の奥さんのアドバイスそのまんまだ。しかも店員さんが出してくれた中で一番安いヤツ。

 うん、捻りが無いのはわかってる。

 だけど俺もいろいろ学んだんだ。


 こういう時、変に俺が自己主張を混ぜると大抵外すんだって……。


 そうさ、基本に忠実なのが一番だよ。



 

 開けた沙織ちゃんは、そんな消去法で選んだプレゼントだけど喜んでくれた。

 照れたように微笑んで、嬉しそうにお礼を言ってくれる。

「私、ちょっとパウダールームでつけてきますね!」

 すぐに身につけてみたいらしい。中座してトイレに行く沙織ちゃんを見送りながら、俺は小声で管理人さんに聞いてみた。

「……つけるだけならここでもいいんじゃ、ってのは言わなくて正解でしたかね?」

「おう、少しは成長したな誠人君。女はちゃんとセッティングした状態で見せたいんだよ」

 良かった、女子が白ける一言を回避することが出来たらしい。


 入居翌日の「女子高生のコスプレ?」発言以来、いろいろ沙織ちゃんの機嫌を損ねそうな失言を何度もしているからな。今日は特に彼女の誕生日、ソレだけは避けたかった。

 俺が胸を撫で下ろしていると、不意に管理人さんがつまらなそうに唇を尖らせた。

「しかしなあ、ちょっとオーソドックスで面白味がないなあ」

「面白味、ですか?」

 いるのか? それ。

 管理人さんがグラスを掴んだ手で俺をビッと指さした。

「どうせなら君の方が一旦トイレにでも行ってから、素っ裸で登場して『俺から君へ、カワイイ子供をプレゼント!』ぐらい言えないのか?」

「あんたそれ、自分の娘相手に言えって言う!? 聞いて廻った中で最低のアドバイスだよ!」

「つまんないのー」

 管理人さんがブーブー言っているけど、冗談じゃねえよ!

 やっぱりこの人に聞かなくて正解! この人絶対やべえよ、頭の中。そんな発想が出てくるだけでどうかしていると思う。

 管理人さんは新しいビールを注文すると、ニヤッと笑って肩を寄せてきた。

「聞いて廻ったってことは、ありゃあ誠人君の発想じゃないな? そのまんま誰かの入れ知恵だろ?」

「わかります? バイト先の奥さんにアドバイス貰ったんですけど」

「なるほどね」

 管理人さんがふんふんと頷いた。

「どうせなら大学の女友達ってほうが揉めそうだから面白かったんだが……内容についてはまあまあ正解だ」

 この女、なんて危ないことを言いやがる……。

「んで、見繕ったのはジュエリーショップの店員か」

「事情と予算を説明して、いくつか候補を出してもらいました」

 裏事情を白状すると、管理人さんはいつにも増して愉快そうだった。

「うんうん、事情はわかった。沙織にはその辺りのことは一切言うなよ」

「はあ……」

 まあ、そんなグダグダの内幕なんか聞かされたら確かに嬉しい気持ちも半減するだろうな。

「わかりました」

 俺はしっかり頷いた。



   ◆



 詩織は誠人君から一連の動きについて聞いて、まあまあ予想と変わらないのでニンマリと笑った。

(誠人君も罪深いなあ……よくわかりもせずにあんなものをプレゼントしちゃって。今頃沙織は……クククッ!)

 パウダールームで身に付けた様子を鏡に映しながら、娘が真っ赤になっている様子が目に浮かぶ。

から見ればあんな高価なアクセ、お隣さんなんてレベルの知り合いに贈るものじゃないってのに……この鈍感男、わかってないんだものなあ)

 誠人君、自信なさげだったけどいいチョイスしてる。

 大学の女友達とか沙織に近い女子高生とかに訊けば、また違う答えが返って来たはず。その辺りに伝手が無いので、大人に聞いてしまったってわけだ。

オバちゃんたちおとなの考える“せめてこれくらい”と、高校生こどもの“義理のレベル”は格段に差があるのよねえ)

 誠人君はそこそこ気を使った物を持ってきたつもりみたいだけど……あれ、沙織の年代だと本命レベルじゃないともらえない贈り物だ。実際、沙織は誠人君が気があるんじゃないかと舞い上がっているみたいだし?


 いい。

 実にいい。

 認識がすれ違っているのに、二人とも気付かない辺りがもう最高。


 沙織が帰ってきて一通りお披露目をして、デザートを食べた後に誠人君がトイレに立った。

 その背中を見送った娘が、笑顔のまま詩織を肘でつついてきた。

「お母さん、なんで急に今日誕生会をしたの? 再来週にするつもりだったじゃない」

「んー? 誠人君に訊いたら再来週いるかわかんなかったしさ。それに」

 親を信用してない目つきで軽く睨んでくる娘に、楽しくて仕方ない詩織はニタニタと笑いかけた。

「あんた、まだ誠人君に誕生日を言えてなかったね?」

「うっ」

 図星だ。

 色仕掛けも躊躇しない娘が誕生日を祝って欲しいなんて当たり前のことも言えないとか、娘の的外れな純情ぶりが詩織にはもうおかしくって堪らない。

「再来週だと俊雄さんが帰ってきちゃうし、誠人君を呼んでもさすがにお父さんの前じゃ誠人君とイチャイチャできないっしょ? だからセッティングしてあげたのよ。再来週はあらためて俊雄さんと家族だけで誕生会やればいいじゃない」

「お母さんったら……」

 たしなめつつもまんざらでもなさそうな娘は、スマホのカメラを自撮りモードにして首にかけたプレゼントをまた眺めている。

 詩織もその様子を見て、ニヤニヤ笑いが止まらない。

(いいねえ、若さってヤツは! 沙織もからかいがいがあるけど、誠人君もホント逸材だわ)

 二人の認識のズレに気がついた詩織としては、このお互いの勘違いが面白くて仕方ない。

「あー、酒が進むわ」

 今日の事はさっそく千咲に報告してやらねばなるまい。

 すれ違ったまま愛を育む少年少女! もう爆笑必至!

「お母さん、深酒はほどほどにしてね? 歩いて帰れないとか勘弁してよ」

「んふふ~? ほどほどにしてほしいのはお母さんの方だわ、ハハハ」

「どうしたの?」

 不思議そうに見てくる娘に構わず、詩織は最後に残ったビールをグッとあおった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る