第13話 お呼ばれ誕生会 上 【改訂版】

 俺が階段横にある郵便受けを確認していると、対面にある管理人室の小窓が開いて管理人さんが顔を出した。

「ちょっとそこの誠人君や」

「なんですか?」

「君、帰省はいつからだい?」

 よくある会話のようだけど、俺はちょっと不思議に思った。寮に入っているわけでもないのに、管理人さんがなんでそんなことを気にするんだろう?

「来週の月曜に朝から出発するつもりですけど?」

「じゃあ明後日の金曜日はこっちにいるな。ちゃんと空けとけよ」

「……何の話ですか?」

 引っ込みかける管理人さんを慌てて俺は引き止める。この人はなんでいつも話の前半分を端折るのだろうか。何を言いたいのかさっぱりわからん。

 と思ったら管理人さんが怒りだした。

「何を言っているんだ! いつも沙織にお世話されてるのに薄情なヤツだな! たまの誕生日ぐらい、お返しに祝ってあげようとか思わないのか!」

「はあっ!?」

 沙織ちゃんの誕生日とか、そもそも俺は初耳なんですけど!?

「ちょ、ちょおっと待って下さい!? 俺、沙織ちゃんが明後日誕生日だって初めて聞いたんですけど!?」

 沙織ちゃんも全然匂わすようなことは言ってなかったぞ!?

「何をバカ言ってる! 聞いたじゃないか!」

「あんたそれでよくキレていいとか思えるな!」


「管理人さん、沙織ちゃんむすめがいるんだからあれで旦那がいるんだよな……」

 だよな? 沙織ちゃんがちょっとだけ昔の話をしてたけど、その旦那さんを俺は見たことないし管理人さんから話も聞かない。まさかあの面倒な性格で逃げられたか?

 いや、今はその話はどうでもいい。

(管理人さんの扱いづらさはこの際置いておくとして)

 俺は部屋に戻るとベッドに寝転び、明後日のことを考えた。

 正直、困った。

 自慢じゃないが、全くの友達含めて女子の誕生会に呼ばれたことがない。

「沙織ちゃんと管理人さんの三人で食事するだけって言うけど……」

 確かにもう緊張するようなメンバーではないけれど、お呼ばれするからにはご飯を一緒に食べるだけでは駄目だろう。なにか、せめて気のきいたプレゼントぐらい用意しないと……。

「管理人さんは一芸準備しておけって言ったけど……絶対俺だけに宴会芸やらせて、聞いてない沙織ちゃんポカーンですべる流れだよな」

 うん、準備はプレゼントだけで良いな。

 俺は何をあげたらいいのか、女子への誕生日プレゼントを生まれて初めて考え始めた。



   ◆



 デパートのショーウィンドゥを覗いて、俺はため息をつく。

「何をあげたら喜ぶのか、さっぱりわかんね」

 うちの姉ちゃんや妹みたいに漫画のセットとかじゃダメだよな。そもそも何を読むのか知らないし。適当に買って行って、もう持ってたりしたら意味が無い。興味が無いジャンルなら最悪だ。

 だから若い女子に人気っぽいショップを覗いてみたらと思ったんだけど……。

「ディスプレイの仕方はどうでもいいからさ、商品に値段付けとけよ」

 カタログの扉みたいにカッコよく商品を飾っているのは良いけど、何がいくらするものなのかを書いておいて欲しい。それを意識させないようにコーディネートを提案しているのはわかるんだけど。それでざっくり値段をわかってくれるのは女子だけだ。

「店の中に入ってまで確認するのはなー……買わないで出るのも嫌だしな」

 スーパーのタイムセールみたいに、人ごみが凄ければ紛れ込めるのに。なんでブティックとか、客がまばらにしかいないんだ? これでやっていけるのか?

 俺はいらない心配をしながら、店の前を離れた。


「ショップをいくら見ても、あんまり参考にならないな……」

 眺めて判ったのは流行の、というか店が流行らせたいアイテムが何かくらい。飾り窓の中をどれだけ眺めても、高二女子の誕生日プレゼントに何がいいかっていう答えは書いてなかった。

 ちょっと悩みがピンポイント過ぎただろうか? 疑問は全く解決しない。

「もっとさあ……上から下まで一式揃えるんじゃなくて、これ一つで女心を鷲掴み! みたいなのを出しといてくれないもんかな。男でもパッと良さがわかって、それでいて安いヤツ」

 うん、我ながら無茶を言う。そんな物があったら、あっと言う間にブームになってるわ。

“女の子にプレゼントしたければ、自分でコレってものを見つけろ!”

 そう言うのがああいう店の流儀なんだろうな。冗談じゃねえ、俺には敷居が高すぎるわ。

 ただ、ウィンドゥショッピングが全く役に立たなかったかというとそうでもない。しばらく観察していたおかげで、俺でもわかったことがある。


 多分ああいう店の商品は、俺の金銭感覚よさんより桁が一つか二つ多い。


 ケチるつもりはないけれど。

 沙織ちゃんにはとってもお世話になっているけれど。


「ブラウス三万円とか、バッグ六万円とか、どこの誰が買ってるんだ、あれ!?」

 無理すれば買えないことはないけど、隣に住んでいるだけの俺がそんな物をプレゼントしたらさすがの沙織ちゃんでもドン引きすると思う。たとえ彼氏でも高校生に買い与えるような値段じゃないよな……。

 ウィンドゥショッピングでセレクトするのは、無理っぽかった。




 となると、頼れるのは知人のアドバイスだが。

「なんでも頼れとは言っていたけど、管理人さんは論外だよな」

 相手の親だし、いまいち信用できないし。娘に宛てたプレゼントでもネタに走りかねない。かと言って女ごころのわかる友人知人は自慢じゃないけど全くいない。

「家に訊くのもダメだよな」

 うちの母も姉妹も、こういう時にまともな答えが返ってくるとは考えにくい。

 自分たちの誕生日に適当な本とか寄越している俺が、気合の入ったプレゼントを他人に贈りたいとか言って協力してくれるとは思えん。たとえ真面目に協力してくれても、後でたかられるのは確実だ。

「あとはゴンタとバイト先の店長……ダメっぽいな」

 男だし、女性関係で気のきいた回答をもらえる連中とも思えない。でも、聞く相手がもういない。

 俺は自分の交遊関係の狭さに軽くウンザリしながら、ポケットからスマホを引っ張りだした。仕方ない。

「まぁ……念のためにな」

 思いがけず、何かいい知恵が出てくるかも知れない。そんな藁をも掴む思いでゴンタに電話する。期待値は凄く低いけど。

 そんな気持ちで、数コールおいて電話口に出た相手に用件を伝えたら。

「おまえ、とうとう……とうとうリア充の仲間入りか!? いや、ケダモノと書いてリア獣の方か!? お兄ちゃん許さないぞ!」

 うん、やっぱりゴンタは相談どころじゃなかったわ。

「おまえの許可はどうでもいい。プレゼントはどうしたらいいのか意見を訊きたいだけだ」

「くっそおぉぉ! なんで誠人ごときがリア充に!? リア充爆発しろ! リア獣になる前に〇〇〇〇爆発しろ!」

「……やっぱりゴンタじゃダメだったか」

 ただ呪いを喚くばかりで、もうお話にならない。まあ、元々アテにしてなかったしな。

 俺は通話を切った。


 電話を切ってから、俺はあることに気がついた。

「あ。俺、実は浮かれてるわ……」

 思わず独り言が漏れた。

 ゴンタに電話したって、アイツにアドバイスができそうもないのは初めからわかっていた。それでも一縷の望みをかけて電話したと思ったんだけど……。

「違うな。沙織ちゃんの誕生日に呼ばれたのを、誰かに自慢したいだけだったんだな」

 よく考えたら俺、内心ちょっとウキウキしている。家族枠だろうと、沙織ちゃんの特別扱いに入っているってことがすごく嬉しいんだわ。

「いけないいけない、だれかれ構わず自慢するところだったわ……うん、“気付き”って大事だな」

 自分だけ浮かれて他人に自慢話のろけを聞かせるのは良くないな。は気をつけよう。

 そしてゴンタは悶絶してろ。他人に迷惑が掛からない範囲で俺は自慢したいんだ。

 スカッとした気分になって、俺はバイト先の本屋に向かった。




 バイト中、店長にもう少し真剣に相談をしてみた。

「んー、俺もそういうのは疎いからなあ」

 肝心の店長は予想通りアテにならなかった。妻帯者だからゴンタよりマシだと思ったんだけどなぁ。ダメか……。


 しかし、俺は別なところからアドバイスを受ける事ができた。

「んもう! 沢田君たら、相談する相手が間違ってるわよお」

 眉をしかめて悩む店長を突き飛ばし、後ろにいた奥さんが口を挟んできた。

「あ、はい……」

 明らかに興味本位の奥さんがズズイと乗りだしてくる。

 俺がビビって一歩引いたところへ、マシンガンのように怒涛の質問が始まった。思った通りだ! 質問しているのは俺の筈なのに。

「お相手は女子高生なの? 歳はいくつ? どこの学校? どんな雰囲気の子? 好みの物とかある? 好きな食べ物は? 沢田君は知り合ってどれぐらい? 彼女とはどこまで進んだの? ずばり理想のタイプ? それとも沢田君的に遊びなの? 本命ならどこが気に入ったの? どういう所がカワイイ? ずばり、ハッキリ言って何点ぐらい?」

「えーっとっすね!?」

 なんで初めからこっちに相談しなかったかって言うと、このワイドショーなレポーター気質が嫌なんだよ……関係ないことまで根掘り葉掘り聞いて来るコレがな!

「あの、休憩時間がそろそろ終わるんですが!?」

「まーまー、品出しなんかうちの人にやらせとけばいいのよお! それで? 写真とか持ってないのぉ!?」

 仕事もそっちのけで奥さんの質問をいなしまくること十五分。いい加減知識欲が満足したらしい奥さんが、妙につやつやした顔でやっとプレゼントについて考えてくれた。

「んーふふ、なるほどねえ。好感度は上げたいけど下心は見せたくないってか。沢田君も奥手っていうか、“ええかっこしい”ねえ……女の子の方もまんざらでもないんじゃない? その感じなら押せばイケると思うけどねえ、あたしゃ」

「いえ、そういう考察は今いいんで! プレゼントなんですよ、問題は!」

 理由のわからない焦りに突き動かされながら俺が急かすと、奥さんは鼻を鳴らしながら顎を撫でた。

「そうねえ、真面目系な人当たりの良い女子高生……でもガリ勉タイプじゃなくて妹系の素直な子ね。となると……中途半端に趣味がわかれるファッション物より、コーディネートに合わせやすいシンプルなアクセサリーがいいわね」

 そうそう、こういう回答が欲しかったんだよ。俺も前のめりになった。

「アクセサリーですか。例えば?」

「いつでも身につけていられるような、ネックレスとか。変にごてごて飾りや石が付いてるのじゃなくて、シンプルで上品なヤツがいいわ。指輪や腕輪みたいなのは場を選ぶけど、ネックレスなら見せたくなければ服の下に落とし込んでいればいいんだもの」

「なるほど!」

 感心してメモを取る俺に、どこか怖さを感じる笑顔で奥さんは一つ注意した。

「逆にいけないのが、自分の趣味っていうか嗜好だけで選んだようなヤツね」

「はあ……例えばどんな?」

「ド派手なケバイランジェリーとかかしらね」

 奥さんの後ろで、店長ダンナがそっと顔をそむけた。

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