第12話 沙織ちゃんのお友達 【改訂版】

 登校時間の陽気な雰囲気の中に、今日は珍しく沙織の怒声が混じっている。

「エっちゃん、何あれ!? 私、あんな恥ずかしいのなんて聞いてないよ!」

 教室の中では昨日の件でまだ怒っている沙織が、水着を用意した友人を締め上げていた。


「当たり前じゃない、言ってないもん」

 首を絞める沙織の非力な指を引っぺがし、ショートカットの闊達そうな少女は全く反省も見せずにヘラヘラと笑った。

「鈍感な男を落としたいって言うから、良さそうなのを選んでやったんじゃん。アレならもう彼氏の目はサオリンに釘付けよ? どんな男だってイチコロなんじゃね」

「昨日目の前で開けちゃって、もう引かれまくったよ……」

 言われた悦子と事前に相談を受けていたもう一人の友人、文奈が顔を見合わせた。

「見せる前に確認しなかったおまえが悪い」

「ダメじゃんサオリン。海でいきなり着て見せないと、インパクトがないじゃない」

「あうう……」

 ダメっ子の友人二人は崩れる沙織を見て、同時に肩を竦める。

 沙織この子は素材は物凄く良いのに、異性へのアタックの仕方というものがわかっていない。それが親友としては、なんとももどかしいというか面白いというか。

 へこんでいる少女がぐちぐち言い募る。

「私としてはもっと、フェミニンで可愛らしいヤツで、つい手を出しちゃうような感じにしたいんだよう」

 沙織の泣き言ちまよいごとを、悦子はドライな一言で切って捨てた。

「カワイイ系のオコチャマ水着なんて、男ウケするわけないじゃん。あげたビキニの方が絶対効果あるって」

「あからさまなヤツじゃなくて!? 始めっから誘っているような感じじゃ嫌なの!」

「男はかわいいのよりエロい方が好きだよ? あんなギリッギリの紐ビキニなんかサオリンが着てたら、あたしなら我慢できなくて絶対押し倒してるね」

「そんなこと無いよ……そんなのもう、お母さんに騙されて何度も見せてるし……」

 沙織がため息とともに吐き出した言葉に、今まで全然話を聞いてくれてなかった悦子が反応した。

「へいユー、ちょっと待った!」

「ん?」

「“お母さんに騙されて見せた”って、あたしそんなの聞いてないよ? 何したの? 何を見せたの?」

「何って……引っ越しのお手伝いをするのに、バニーガールとか競泳水着とか着させられて……」

 沙織の説明に悦子は硬直し……いきなり騒ぎ始めた。

「呼べよ! そういう時はさ! 親友じゃないの、あたしたち!」

 突如イキり始める友人に、沙織と文奈が目を丸くする。

「どうしたのエっちゃん。呼ぶも何も、エっちゃんは誠人さんと全く繋がりないじゃない」

「そんなことはどうでもいい! あたしはただ単にサオリンのエロい姿が見たいだけなの!」

 スマホを握り締めた悦子は鼻息も荒く憤然と言い放った。

「サオリンのエロい写真をあたしのSNSにアップすれば、もうバズること間違いなし! バニーとか水着とか絶対ウケる素材じゃない! この前の風でスカートめくれて慌てている写真ヤツなんか、めっさ反応良かったんだから!」

「そんな写真があること自体、私なんにも聞いてないよ? それいつ撮ったの? 私がわかるように写っちゃってるの!?」

「大丈夫、あたしだって自撮りのプロよ? サオリンの鼻から下しか写ってないし、連写した中からギリでパンツが見えないヤツにしたから」

「まさかそれでセーフだと思ってる……?」

「あれは『あと五センチ上がっていれば!?』って悲鳴がコメント欄に書かれまくった会心のショットだったわ! ……まあ下校中に撮った高校うちの制服だから、学校までは身バレしたかも知らんけど」

「大惨事だよ!? とんでもないマズい話だよ!? 変な人たちが湧いて出てきたらどうするの!?」

「よそより警備厳しい女子高だし、学校周りじゃ不審者は目立つから(たぶん)大丈夫だって」

「それなんにも安心できない……最寄り駅から先の保証が全くないじゃない」

 嘆く沙織の話なんか聞いてない悦子。まさに悦に入ってる子。

「それにあたしのチョイスが絶妙過ぎて、『自分で撮ったみたいに言ってるけど、どの雑誌の何月号ですか?』とか『偶然? んなわけねーだろ。自作自演乙(嘲)』ってふざけたリプ返してくるクソも多かったしね! 撮れたてホヤホヤのナマモノだっつの! そういうヤツらはどうせ腐った書き込みしている横で、ハアハアしながら真っ先に保存してるんだから! 奇跡のエロJKの生写真タダで見せてやってるってのに、なにアイツら! ざけんな!」

 思い出したらムカムカしてきたらしくて、今の今まで上機嫌だった悦子は机の天板を拳で叩いてイライラと呪詛を垂れ流している。

「ミナちゃん、どうしよう?」

「そんなにムカつくんならSNSなんか止めりゃいいのにねぇ」

 呆れたように眺める文奈に、ふと気になった沙織は聞いてみた。

「ミナちゃんはやってないの? 私も書く事なんか無いからSNSって全然なんだけど」

「当たり前じゃない。サオリンのきわどい写真とか女子高生わたしの本音トークとか、絶対有料コンテンツじゃないの。エッコみたいにタダでばらまくなんてバカみたい」

「んん?」



   ◆



 俺が構内の自販機でコーヒーを買っていると、ちょうど講義が終わった教室からゴンタが出てきた。

「おうゴンタ、今の授業ずいぶん延長だったんだな」

「延長っつったって、授業に関係ないジジイの自慢話が八割だぜ? 一般教養ってこんなのばっかりかよ」

「学生も講師もやりたくてやってるわけじゃないしな」

「一年からとれる専攻の選択科目の方を増やして欲しいよ……ところで誠人、いつも思っているんだけど俺なんでゴンタなの? 田原修二のどこにもかかってねえんだけど?」

 やれやれ、コイツは何を言っているのか。

「おまえ、いかにもゴンタワラって顔してるじゃん」

「どんな顔だ!」


 中庭の杉の木の下に置かれたベンチに並んで腰かけると、俺はプルタブを何度か引っ掻いて缶コーヒーを開けた。一口飲んで顔をしかめる。

「缶コーヒーって、やっぱブラックだと独特の臭みがな……購買部にコンビニコーヒー置いてくれないかな」

「うちの大学、そもそもコンビニは入ってないしなぁ。昼飯サンドイッチぐらいでいい時でも、喫茶部に行かなくちゃならないんよね」

「メシ時は学食も喫茶部も混むしな」

 いつもならピークの時間をずらして学食に行く所だが、今日は二限と三限のどっちも授業が入っている。

 そうなると前後にずらせないので、学食がいちばん混んでいる時間に修羅場へ突っ込まなくてはならない。腹をすかして行列に並ぶのも、レジ前の行列を見ながら席を空ける為に急いで飯を食うのも嫌なので、今日は通学中にコンビニでパンを買って来ていた。


 そんな話をしているうちに、俺はこの学校に進学したいと言っている女子高生の事を思い出した。

「学びたい専攻科はあるかも知れないけど、設備的にはうちの大学ガッコって旧世代なんだよな……女子大生が楽しいキャンパスライフって、そういう所も考えた方がいいんじゃないかなあ」

 ぼんやりしていてウッカリ口を滑らしてしまったのだが……。

「お? なになに、例の大家の娘の話? 俺たちの後輩になりたいとかいう子?」

 今日はコイツがいるのを忘れていた。大家じゃなくて管理人の娘な。

 俺は食いついて来るゴンタを無視して、爽やかな空を振り仰いだ。

「……この天気なら明日も晴れそうだな」

「話のそらし方が雑過ぎるな、おまえ。いいじゃねえかよ、お話聞くぐらい」

「俺の高度な攪乱術を、ものともしないとは……ゴンタ、おまえもなかなかの手練れだな」「どこが高度だ」

 以前うっかり話題にしてしまってから、コイツ沙織ちゃんが現役女子高生と知ってやたらと話を聞きたがる。おまえには興味なかったんじゃないのか。


 もちろん俺だってバニーで歓待だの濡れ透けワンピだのって、人に言えない沙織ちゃんの失敗談は口外していない。

 だけど根掘り葉掘り聞かれまくっては、沙織ちゃんがかわいい性格で抜群に美少女だというぐらいは喋らざるを得ない。そこは断固ごまかせない部分だからだ。

 おかげで興味を持ったゴンタは何もない時でも「最近おまえのとこのJKはどうよ」とか言い出すので困っている。


「今度は何があった? そろそろ家に上がって来たか? もう押せばイケるんじゃないか? そうだ、ケーキを放置しといて扉を開け放っておくのはどうだ?」

「野良猫手なずけてるんじゃないんだぞ。分別のある女の子が一人暮らしの男の部屋に上がるか」

 実は週に二回は上がってるけど。

 上がるどころか勝手に鍵開けて入っているけど。

 ここは沙織ちゃんの名誉のため、現実には目をつぶることにする。

「改めて何かあった訳じゃないけどさ。この大学に入りたいって前に言っていたけど、キャンパス狭いし購買や学食は昭和の時代から時計が止まっているし、今はもっとお洒落な女子大とかいくらでもあるじゃん? ホントにここでいいのかなって思ったんだよ」

「あー、それは言えてるな」

 ゴンタもコンビニの握り飯を開けながら頷いた。

「テレビで見ると、すっげ小洒落たカフェテリアやインスタ映えするランチプレートが出る学食とかもあるみたいだな」

「そうそう。学生向けの購買部に美容室入ってるとかな」

「大手の大学じゃ、コンビニぐらい当たり前に入っているんだって? そんなの俺らから見たら、どこの世界の話だよって気になるわ」

「だろ?」

 握り飯を三口で腹に納めたゴンタは次の袋を開け、しばらく無言で次の握り飯を喰っていた。相手をしないで済むので、その間俺も二個目のパンを食べていたのだが。

 三個目の握り飯を開けながら、ゴンタが俺に向き直った。

「なあ誠人。まだ先だけどさ、十月の学祭にその娘ちゃん……沙織ちゃんだっけ? 連れてきたらどうだ?」

「学祭へ?」

「一緒に受験生向けのオープンキャンパスもやるらしいし、部外者が構内を見て回ったって怒られないじゃん。そこで現実を見てもらって、それでも来たいって言うんなら、それはそれで彼女の選択ってことで良いんじゃないか?」

「そうか……それもそうだな」

 沙織ちゃんが見た上で選んだのなら、それでもいいのかもしれない。さっきと逆だけど、キャンパスの充実ぶりだけが大学の価値でもないのだし。

 それに……俺の通う大学に憧れている沙織ちゃんを、先輩ヅラしてエスコートするのもやってみたいシチュエーションではある。誠人さん、カッコいいとかね……ふふふ。

「ところでゴンタ、本音は?」

「おまえ沙織ちゃんがカワイイカワイイ言うけど、俺に写真も見せてくれないじゃん。誠人が超スゲエとまで言う美少女をナマで見てみてえ」

「おまえに写真なんか見せたら沙織ちゃんが穢れるだろ。生沙織ちゃんなんてもってのほかだ」

「まだ自分のもんでもないのに、なんだよその独占欲」

 学祭に沙織ちゃんを呼ぶのを、もう一度考え直す俺だった。



   ◆



 牛乳のパックを口から離した悦子が、沙織をピッとフランクロールで指した。

「どうよサオリン。その誠人さんとやら、九月の学園祭に呼んでみたら?」

 悦子の提案に、沙織は一口コロッケを取り落とした。

「エっちゃん、いきなり何よ」

「だってさ、サオリンいつだって口を開けば『愛しの誠人さんと全然関係が進まない』、『イベントがない』って言ってるじゃない。学園祭って言ったら愛を育む定番でしょ~? 年に一回部外者が入れる学園祭にお呼ばれしてさ、乙女の園にドキドキしている誠人さんにベタベタしちゃったりして……急接近するチャンスじゃない?」

「う、うーん……それは、確かに……」

 考え込む沙織の様子に、会話を黙って聞いていた文奈が首を傾げた。

「なんかマズい? エッコの提案にしちゃマトモだと思うけど」

「余計なお世話じゃ」

「いや、そうなんだけどね……」

 不安を隠し切れない顔で沙織が二人を見た。

「女子高のだらしない現実を見られて、誠人さんに引かれないかな……」

 沙織に言われて、悦子と文奈が顔を見合わせ……ケタケタ笑った。

「サオリン、考え過ぎだって。女子の外ヅラの良さをわかってないなあ」

「相手モテない大学生なんでしょ? 女子高生のナマの生態なんて、むしろご褒美だから」

「……まだ時間があるから、考えてみるね」

 女子高の実際を見られるより、この友人たちを誠人に合わせることの方が心配になった沙織だった。

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