第49話リンという特効薬
「勿論、帰ろうと思えば帰れたけどね。……それではまたあの女がリンに手出しをしようとするだろう?…それではここに来た意味がない。まさか、お迎えが来るとは思っても見なかったよ。まあリンが大人しくお留守番をするとも思わなかったが、誰かが止めてくれると信じていたんだが……」
消して本心だけでは無いが、チクりと言った嫌味に反応したのは膝の上にいるリンだ。
「私、ここに来ちゃ行けませんでしたか?…」
悔しさに泣きそうになったリンを見たアンは静かに暗器に手をかけた。可愛いリンを泣かせる何て公爵といえど万死に値する。
「いや……凄く嬉しい気持ちと安全なところにいて欲しい気持ちと折り合いがつかずに複雑なんだ。……気持ちにブレがあるなんて今までなかった事なんだけどな」
とリンの頬を撫でながらルークは苦笑いをした。
「私は戦えます!守ってもらわなくても自分の身ぐらい自分で守れます!」
これはリンの矜持だった。
ずっと頼りにならない父親の面倒を見てきた。戦闘力だってそこいらの男たちには負けない自信がある。
とあ言え、アンやおばさん達に助けられ、守られていたことも皮肉にも村から離れて解った。助けられていた事は理解していたが、村の中で守られていたとちゃんと理解したのは公爵家に来てからだった。
「ああ、リンは強いよ」
頭をポンポンと撫でながらルークは優しくリンを見つめている。でも今はそれが何よりやるせない。
「なら!!」
「でもリンがいくら強くたって危なくない訳じゃないんだ。……俺は君が危険の中にいることが耐えられない」
「………」
ルークが言わんとしている事が解らない程リンも子供じゃなかった。
ルークはリンを一人の女性として大切に扱ってくれている。でもリンが欲しいのはそんな立場じゃない。後ろで守られたい訳じゃない。隣で共に戦いたかったのだ。
「ずっと会いたかった、もう少し会うのが遅かったら、リン欠乏症で王宮を爆発していたかも知れない位だよ。リンにも同じ思いでいて欲しいと願って、それが叶ったんだ。嬉しい気持ちが何よりも勝る。……そうだね、俺が気を付ければ良いだけの話だ。リンは欠片も悪くない。君だけは君の望むまま、思うまま進んで良い。……後の事は全て俺が片付ければいい話だ。………リン、来てくれて有難う」
リンもこれ以上今はこの件では何も言わない事にした。……話し合いは無事に片付いた後だ。
不敵に笑ったルークは、何処から見ても完全な《ヒール悪役》に見える。
恐ろしさすら感じるその表情を、自身の胸元にリンの頭をかき抱いて欠片も見せなかった。
嫌われたくない…その一心とリンを抱き締めたい下心が混ざりあい、そのルークの表情に、リン以外の回りは飽きれと畏怖が重なった何とも言えない雰囲気になってしまった。
ルークはそんな事を言い捨てるとアンとサトリが揃ったタイミングでここから移動すると言い出した。
「何処に行くんです?」
確認したのはリン。他のだれかに聞かれたのならはぐらかして答えないつもりだったが、聞いたのは他ならぬリン。
勿論、答えるよね。
「昔、俺と母が暮らしていた月光宮が今もそのまま残っているんだ。…今からそこに向かう」
「良くあのババアが取り壊さなかったわね」
といったのはカリン。
ルークはリンを抱き上げ歩きながらカリンの問いに答える。
リンの保護者には嫌われたくない。何故なら、リンに欠片も嫌われたくないから。
公爵家の情報は逐一上がるようにしておいたから(大きな問題とリンに関することだけは全て報告するように指示してある)アンがリンにとってどれ程大切な存在なかルークは理解していた。
「国王が俺と国王以外、何人たりとも国王の許可なく入るのを禁じている。それはあの女も例外じゃない」
「てか、ちょっと待って!!下ろしてくださいよ!!何で私はルーク様に抱っこされたまま何です!?」
シリアスな話をし始めているのに雰囲気をぶち壊したクラッシャーリン。
でもここで止めないと絶対に止まらない事はリンにも良くわかっているから必死だった。話し合いをしている間も歩みを止めずにリンを腕から離す事はなかった。
「リンのお願いでもこれは却下だ……」
ルークは歩みを止めることなく歩き続ける。優男の癖に何処にそんな力があるのか、不思議でならない。
「何でです!?」
「決まっているだろう?…やっと会えた恋人とは一秒たりとも離れていたくない」
「………置いていった癖に……」
ついつい置いていかれた恨みが顔を出してしまう。
「後で名一杯謝るから許して……」
抱き上げた右腕とは反対側の左腕で背中をポンポンしながらルークは答えた。
「謝らなくても良いから下ろして下さい……」
ルークの首に抱きつき顔を肩に押し付けるリン。
「ごめんね、それは出来ない相談だ」
この後、リンとルークの攻防は月光宮までも続き、結局下ろしてはもらえなかった。
地下迷路のような、というよりもう迷路だが、たどり着いた月光宮はその名の通り月の宮殿の様に美しかった。
白を基調とした建物は光を多く取り入れられる様に設計されていて、四方は石畳の上に足首迄隠れる位の水が敷き詰められており、まるで湖に浮かぶ古城を思わせた。
「凄いな(わ)………」
呟いたのはカリンとバン。
こんな状況で不謹慎かも知れないが、美しすぎる天上の楽園とも思われる月光宮を見た二人はそれ以上何も言えなくなってしまった。
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