第50話リンという特効薬part2

 やっと下ろして貰えたリンは月光宮の宮殿へと続く石畳の回廊と城の回り中に張り巡らされた水に目を止めた。

 屈んでその水に近付くと何とも不思議な感覚に陥ってくる。

 守られて要るような、そんな不思議な感覚。


「………この水……普通の水じゃない?」


 リンがボソッと呟いた言葉をリンの行動を黙って見守っていたルークが拾い上げる。


「リンはどうしてこの水が普通の水じゃないと思うの?…」


 ルークの言い回しでリンは自分の感覚が間違っていないことを理解した。

 リンは元々頭の弱い子じゃない。身体の方が先に動くタイプだから忘れられがちなだけだ。


「不思議な感じがします。……守られて入るような……そんな不思議な感覚」


 ルークは自身も屈んでリンの目線に合わせた。少しだけ驚いた顔をしたルークは側近が見たことも無いような笑顔を見せるとリンの頭にチュッと口づける。

 リンは驚きで口付けられた部分を両手で押さえた。その隙にがら空きの唇に触れるだけのキスをしながらルークは呟いた。


「参ったね………正解だ。ここの水は魔法で浄化されている、聖水っていったら解るかな。まったく、リンには驚かされるよ」


 驚きで口をパクパク魚の様にしているリンを取り敢えず置いとくとして……カリンは自身の認識力を疑うような発言をしたルークを問いただした。


「この際、この非常時にイチャイチャしようとする不埒な男は置いとくとして……聖水って何よ!?」


「この水自体が守りとなりこの月光宮を包んでいる。……先程もリンに伝えたが、例えるなら聖水が近いと言う意味。光の魔力で普通の水……でもないが、この宮に張り巡らされた水を変えている。だから迂闊にあの女はこの宮に近付けない」


「そんな魔力を持った人間は今は絶滅している筈よ!」


 カリンが興奮ぎみに伝えるのには訳があった。

 今から20年程だろうか……その頃に起こった魔女刈りは幼かったカリンですら鮮明に覚えているほど非道で吐き気がするほど胸糞悪い出来事だったのだから。


 風の谷にも依頼が来たが親方が断った。殺しも厭わない以上綺麗事だけを言うつもりは無いが、それでも……矜持というものはある

 あの時に全て修正と言う形で皆殺しにされたのだ。消して魔女達全てが悪かった訳じゃないが、その未知の力は当時の権力者達に畏怖を与えるのには十分だった。自分達の権力が脅かされるのを恐れた者によって殺されてしまった無念の魂を思うとカリンは居たたまれなかった。その未知の魔力がこの月光宮では未だに息吹いていると目の前の元王子はいうのだ。


「力のある魔法使いは自身が滅した後もその魔法だけは息ずかせる事ができる。……」


「………今もこの宮殿では魔法は生きている…」


「誰も気付かないだけで魔力は常に側にある。……何でリンは気付く事が出来たんだろうね?」


 ルークは射抜く様な目付きでカリンに問い掛けた。リンに特別な力があることはルークには解っていた。リン自体が自分の力を理解していないという事実が何を意味しているのかが未だ解けていないだけだ。


「何でかしらね?」


 カリンはルークの視線を受け止めた上で惚けて見せたのだ。


 意図的に隠されている。

 リンの力も存在も…大切に守られていたことだけは確かなのだろう。

 なら、何故今になってルークの元にリンは来たのだ?

 リンの育った場所を考えれば、力に屈する事も経面う事もしない筈だ。

 未だ……何か有るのだろう。

 どちらにしても、力なんて関係なくルークに取ってリンは失くせない存在な事に代わりはないのだ。

 なら…守れる自分であればいい。


「さて、中に入ろうか。…時間は有限だ」


 リンの手を取るとゆっくりとルークは歩き出した。


 自分の力を取り戻す為に……。


 宮殿の中は白一色で統一されており、月明かりを計算されて作られているのだろう、中で何かを見て、歩くのに不都合はなかった。

 壁はステンドグラスで夜と昼が描かれている。奥へと進むにつれて植物が生い茂っていく。まるで森の中に迷い混んだかと錯覚してしまうが、足元だけは人工的な石畳だったから、そこが未だ人の手が入っている場所だと解った。

 不思議なことだらけな為か誰ももう驚くことはなかった。ルークの部下のうち2名は宮殿のなかには入らず、一番年配の1名だけは護衛として着いてきた。(サトリ君は既にリンの中ではルークの部下扱いじゃ無いためカウントから省かれている)


 どのくらい歩いただろうか?…いつの間にか一本の大きな大木が目の前に現れた。

 そう、文字通り現れたのだ。


「リン、ここだよ」


 ルークは立ち止まるとリンだけがその場にいるかのように話し掛ける。

 その事にアン達はもう何も言わない。リンが特別なのは痛いほど理解しているからだ。

『カリンさん……公爵は行動がぶれないですね』

『黙ってなさい』

『リンも大変な奴に捕まったもんだ』

『黙ってろって言ってるでしょ』

『ルーク様が幸せならそれで良いんです』

『……』


「この木が目的地何ですね、私は貴方を、手伝えますか?」


「手を……握っていてくれるかい?」


 リンは答える代わりにルークが手を強く握りしめた。

 有難う…ルークはリンにだけ聞こえる小さな声で答えるとそっと繋いでいない手を目の前の大きな大木に翳した。

 初めは何もないと思っていたのに、大木の中心、根本から暖かな光が灯り出した。

 その光はリンが良く知っているルークの温もりそのものだった。

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