第42話王宮とルーク救出part3


 そこからが早かった。シリウス様の優秀さを垣間見た瞬間だった。

 何とシリウス様は貴族出身で、そこそこの(リンには階級等解らないから、『そこそこの家柄』と言ったシリウスの言葉をそのまま鵜呑みにしているだけなのだが…)家柄の出らしい。

 シリウス様は公爵家の伝ではなく、自身の伝で潜伏先を用意してしまった。

 そしてそれを用意した場所に親方が珍しく舌を巻いていた。どうも、王宮迄通っている地下道が、その屋敷の真下にあるのだ。

 地下道等どんなに高位貴族でも知らない人の方が多いのだそうだ。


「この場所はルーク様が以前に目星をつけていた場所で、私の実家名義で購入していた物です。何れ必要になるかも知れないから、と」


「成る程な……馬鹿な男じゃなかったという訳か」


 これまた珍しく親方が唸った。

 其ほどまでにルークは完璧にダメ男を演じていたという事か?

 いや、子供なところも我が儘なところも実際にたくさんあるけどね。


「何時行きますか?」


 リンが親方に確認するのは、もう幼い頃からの癖みたいな物だ。何事にも準備という物がある。突発的な物は仕方がないが、可能なら入念な準備をしておいた方が成功率と生存率が上がるのだ。


「今、カリンに王都の様子を探らせているから、2日は待ってくれ…共倒れだけは避けなければならないからな」


「だからカリン姉は親方と一緒には来なかったんですね…」


 納得だ。カリン姉の性格からして絶対に一緒に来るものとばかり思っていたから。

 それくらい大切にして貰っていると言う自覚がある。


「ああ………情報は戦力だ。それを怠れば先にあるのは敗北と言う死のみだからな」


 何度も死線を潜り抜けてきた親方が言うからこそ、言葉の重みが違う。


「はい……すみません。頭に血が上って教えを忘れていました」


 口が酸っぱく成る程何度も何度も大事な事は繰り返し教えて貰っていたのに……。



「人は大事な者を前にしたら、冷静ではいられない。それが普通なのさ。だが、それでは大切な者を守れなくなってしまう。リン、お前にはちゃんと解っている筈だ」


 子供に言って聞かせる様な態度。親方は見た目に反し物事を教えるときは解き聞かせる様に解るまで何度も教えてくれた。


「はい……」

 だから親方の前では小さな子供に戻ってしまう。


「良い子だ。じゃあ、今からはちゃんと出来るな?……お前は公爵を助けないんだろう?」


「助けたいです。……どうしても……ルークを大事にしないあの女に渡すつもりは有りません」


「ほう……」


「………」


 何時までも子供だと思っていた、初恋すら知らなかったリンが始めて見せた女の顔だった。


「シリウス殿……」


「シリウス、で結構ですよ。私も貴方様を"親方"とお呼びしても宜しいでしょうか?」


「ああ、構わない。……が、公爵が戻ってきたら一発殴らせろ。……俺にはその権利がある筈だ」


「そうですね、どんな男も越えなければならない壁は御座いますから。……私は邪魔しませんよ。ルーク様には甘んじて試練を受けて頂きましょう」


「話が解るな……」


「いえいえ、其ほどでも……」


 何やら男同士で怪しげで、リンには解らない会話をしている様だが、親方とシリウス様が必要だと言うのなら、きっと必要な事なのだろう。

 うん、触れずにそっとしておこう。


 カリン姉よりも早く屋敷に到着したのはサトリ君の方だった。

 話し合いをしてから一時間程してからだったろうか、サトリ君は王からの密書を持ってルーク様の執務室に入ってきた。


「おや、早かったですね」


 出迎えて、先に口を開いたのはシリウス様だった。

 サトリ君は心なしか不機嫌な、というか納得できないといったようなそんな複雑な表情をしていた。

 辺境の屋敷ではあんなにイキイキとしていたのに。


「こちらが預かって来た手紙です。密書は無事届けました。……それで?」


 サトリ君は何でこんな顔をしているの?


「サトリ君は……何でそんな顔をしているの?」


 素直なリンは思っている事と言動が一致してしまう。


「……俺はそんなに酷い顔をしているか?」


 それでもサトリ君はリンには優しい。


「複雑そうな顔をしてる……何がそんなに辛いの?」


「リンと同じですよ。……ルーク様に置いていかれたのが許せないんですよ」


 口を挟んで来たのはシリウスだ。

 それを聞いたサトリは、余計に仏頂面になってしまった。

 何だろう、サトリ君が子供みたいだ。


「サトリ君もルー様に置いていかれたの?」


「……」


 サトリ君は答える代わりに黙り混んでしまった。


(あっ………図星だった………)


「置いてきぼりにされたら頭に来るよね!!…迎えに行ったらぶん殴ってやろうね!!」


 フォローが苦手なリンである。

 成り行きを見守っていた親方は苦笑しながらシリウス様が入れ直した紅茶のお代わりを飲んでいた。


「ガキどもは真っ直ぐでいいな……」


 親方は、茶化すでもなくそんな事を言う。


「そうですね。……流石に可哀想になったので急遽お迎え班にしたんですけどね……」


 答えたのはシリウス。

 リンは内心、サトリ君が一緒に行く理由はそれだったのかと理解した。

 子供で何が悪い。

 何故黙って待っていなければならないのか?

 危険な場所で、独りで戦っている大事な人の側にいたいと言うのがそんなに行けない事なのか?

 リンは納得がいかなかった。

 孤独を嫌うルークを、例え少しの間だろが、独りにさせておきたくはないから。



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