第37話久しぶりの公爵家での日々part3
ルークがシリウスに敢えて、購入したお菓子ではなく、時間の掛かる手作りを指定したのは、それをリンが望んだからなのは間違い無いが、それが全てではない。
その方が二人だけの時間がより多く確保出来ると思ったからだった。
勿論シリウスもそれを承知の上でルークの指示を守った。あんなに生きるのに無気力で公爵領の仕事も絶妙に手を抜き、領地運営が壊れない程度にしかやらなかったルークが、仕事をしようとするのだ。
ルークの生い立ちを知っている。投げやりになる気持ちも解る。それでも投げ出さない……そんなルークをシリウスは見捨てる事は出来なかった。
そんなルークがやる気を出してくれたのだ。元々ルークは能力が誰よりも高く有能なのをシリウスは知っていた。
これを利用しない手はない。シリウスがリンに言った言葉は、心からのものだった。
まあ、リンがそれを知る由もないけれど。
照れ屋なリンがシリウスに二人の行為を見られたと思えば、きっとルークが望む"ふれあい"を許してはくれなくなる。
それはルークにとっても望むところではない。だからきちんと時間は計算していたのだ。恐ろしく勘が鋭いリンの事だ。通常の令嬢なら解らない人の気配すら察する事に長けている。
(名残惜しいけれど、そろそろだな……)
ルークはリンをよしよしと撫でながら、シリウスがそろそろ戻ってくる事を頭に入れてリンを膝の上から下ろして隣に座らせた。
それから少したって、ドアをノックする音が聞こえた。
「ああ、入れ……」
何時もなら、来客が有る時以外はそのまま入ってくる事をルークに許された関係のシリウスが、ノックしたのにはやはり意味がある。
(やはりバレていたか……)
念のため、シリウスはルークに入っていいか聞いたのである。
シリウスはルークを幼少から知っている。勿論ルークに女性の影がずっと無い事も良く熟知していた。それ以上に女性を嫌悪している事も……。そんなルークが遅くきた初恋を実らせたのだ。お年頃のルークが暴走することも十分考えられた。
リンに危害が有れば止めもするが、ルークが好きな女性を傷つける事は考えられない。
よって、シリウスはルークの行為を止めるつもりは毛頭なかった。
ルークの立場上、二人の将来が重なる事は難しい。そしてその事を貴族出身のシリウスも良く解っている。
解っているが、それが何だと言うのだ。
やっと幸せを手に入れる事が出来た主人を守れないで、何が臣下か?
自分の弟のように、子供のように思っていたルーク。
その幸せを守れる為なら何でもするとそう固く誓っていた。
(これは……進展がなかったな…)
シリウスはその場の雰囲気で状況を悟ったが、普通に振る舞い温かい紅茶の入ったティーカップをルークとリンの前に置いた。
何時もなら気配に敏感なリンだが、先程迄の行為のせいで頭が働いていなかった為、シリウスによって目の前に置かれたティーカップによって、本来なら自分がやらなければならない仕事を上司にさせている、と言う現実に気付いた。
「申し訳ございません!!」
勢い良く立ち上がろうとしたリンをルークが引っ張り自分の膝の上に座らせた。
「ルーク様!!。何してくれるんです!?」
「リンこそ、何で急に俺の側から離れようとしたの?…ちゃんと座っていなさい」
仕事には真面目なリンだ。
みるみるうちに血の気が引いていった。
(シリウス様に何て事をさせてるの私は!?)
「リンは真面目ですね。ルーク様が良いと言っているのです……。気にしない、気にしない」
何故か機嫌良くニコニコしているシリウス様。何時も寡黙なだけに珍しい事この上無い。
「無理です!!」
リンはルークに羽交い締めにされながらも声を上げた。
「普段絶対運動しなさそうなのに、何だってこんなに力が強いんだ!?」
シリウスには敬意を示すのに、どうしてもルークには扱いが雑になってしまう。
それだけルークはリンにとって内側の人間と言う事なのだが、気付いていないのは本人ばかりなのである。
「愛の力かな?」
「意味わかんない!!」
にっこり笑うルークに強い苛立ちを覚えるが、鍛えているリンでも揺るがないルークの力強さに少し困惑する。
並みの男なら力でだって負けないのに。
「大丈夫ですよリン。……大変だったのはルーク様から聞いています。……本来なら特別休暇を取っても良い位の働きをしたのです。それをルーク様の我儘で継続勤務しているのですから、気にしては行けません。……寧ろ、その点を追及しても良いのです」
シリウスはギラッと眼を鋭くさせると諌めるように視線をルークに移した。
それにばつが悪い思いをしたのはルークだ。
まだ少女と言うべき年齢のリンだ。
シリウスの言っている事の方が尤もだとルークも解っていた。
まあ、リンを良く理解しているからこそ敢えて、特別な対応を取っていないのだが、まあそれはシリウスも良く解っていた。
リンの気持ちを少しでも軽くしようと言う二人の気遣いだったと、リン本人が気付くのは随分後になってからだ。
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