第36話久しぶりの公爵家での日々part2

 リンがルー様に手を引かれてやって来た先は勿論、ルー様の執務室だった。

 部屋に入室してからかれこれ既に二時間が経とうとしていた。

 忙しそうなシリウス様とルー様。

 一人クッション性の極上なソファに座っている。初めは隅で立っていたが座るように促された。ルー様だけなら拒否しようと思っていたが、シリウス様にまで『ルーク様はリンが側にいた方が仕事が捗るから座っていなさい』と言われてしまうと、もう何も言えなくなってしまった。まあ、嘘も方便と言う奴だと思うけど……だって側にいるだけで捗る筈が無いじゃないか。

 本当にシリウス様は優しい。

 それでいて……リンはと言うと……正直、暇だ。

 話になんてついていけ無いのだから私がここにいる意味があるのか?

 リンは貧乏暇なしでずっと生きてきた為、暇が苦手だった。故に……少し不貞腐れていた。

 ならメイドとして働かせてくれても良いではないか?

 働かざる者喰うべからず、それが教訓だ。

 ただ飯食らいの役立たずにだけはなりたくなかった。

 それだけは絶対に嫌だった。

 だって…-それじゃルー様の側に自分の居場所が無くなってしまう。


 ……離れたくないのに。

 諦める事に慣れすぎてしまったリンは、人に甘える事が出来なかった。


「これでルーク様に決裁頂かなければいけない書類は全て片付きました。……一旦休憩致しますか?」


 書類をトントンと机の上で整えながらシリウスはルークに確認した。

 リンが自問自答を繰り返している間にどうやらあの山になっていた書類は片付いてしまったらしい。


「そうだな……少し疲れたから休もうか」


 ルークは執務机の椅子から立ち上がるとリンのいるソファ迄近付き、リンをひょいっと持ち上げると膝の上に横抱きに乗せて、後から抱き締めリンの肩に顔を埋めた。


「………何してるんです?」


 リンは、声だけは不機嫌にルークに問い詰める。実際は構って貰えて嬉しい気持ちも確かにあったのに、……何だか認めたくなかった。


「ん?…充電…」


 ルークは頭を持ち上げる事なくリンの首筋から答えた。

 そこで話されると敏感な位置に息がかかるから止めて頂きたい。

 本当に勘弁して欲しい。


「何です、充電って?」

「リンに触れていないと俺の中のリンが減るんだよ、だから充電」


 自分で聞いておいて、解っていたのに首に掛かる息で体がピクッと反応してしまう。


「シリウス、リンに料理長が作った甘いお菓子を持ってきてくれ」


 あっ……約束。覚えていてくれたんだ。

 そんな些細な事で嬉しくなってしまう。

 ルークの身分なら、リンとの口約束何て守らなくても誰も咎めたりしないのに。

 ちゃんとお給料迄貰っている身の上だ。

 それ以上、報酬を与える理由何てないのに。

 シリウス様は、ルークの言葉を聞いて、頭を下げて出ていってしまった。


「ああ、やっと二人っきりになれた…」


 気配が無くなるのを確認してから、ルークが呟く。


「………離してください」


 もう下ろして……色々複雑なな気持ちが溢れて可笑しくなってくる。


「………」


 ルークは何も答えないな?とリンが顔を伺おうとすると、顔を近付け、その大きな手でリンの頭をがっちり掴むと噛みつくような口付けをした。


「うん!!…ん!?…」


 驚いたリンが離れようとルークの胸に手を当てて力を込めても、びくともしないばかりか、ルークは余計に力を入れてきた。


 反抗すればするほど頑なになるルーク。

 それに気付いたリンは、身体の力を抜いてルークを受け入れた。

 そうすると、激しいけれど優しいキスに次第に変わっていった。

 先程のどこか苛立ちを含んだ口付けじゃない。それがリンもとても嬉しい。

 元々、キスされるのは嫌じゃないのだ。

 寧ろ、それが好きな人からなのだからリンだって嬉しい。ただ、その気持ちを受け入れる事が恐いだけ。

 次第にルークのキスに夢中になっていく。息苦しさから口を開けるとルークは『リン、鼻で呼吸して?』とゼロ距離で囁いてその厚い舌をリンの口の中に侵入させた。


「うん、はあ…」


 どちらの物と解らない吐息が部屋を浸透させていく。いつの間にか、キスに夢中になっているうちに、リンはルークの太股を自身の太股で挟む様な、抱き合う形に体が移動させられていた。


 それでも、止まらない。

 止めかたが解らない。

 どれ程、行為を続けれいただろうか?やっと満足したらしいルークがゆっくりと口から透明な糸を引きながら離れて行く、と思いきや最後にリンの唇を舐めて離れた。


「………これに懲りたら、"離してください"何て言わないように」

「………だって……」

「リン、これに関しては反論は認めないよ?……でも、どうしたの?何が嫌だった?俺に触られるのが嫌だった?」


 答える代わりにリンは首を横に降った。

 それだけは絶対に違うから。


「じゃあ、何がリンには辛かったの?…俺には言えない事?」


「………」


 体勢自体を変えた訳じゃ無いから、二人はまだ向かい合ったままだ。

 ルークはリンが答えるまで急かすこと無くずっと待っていた。

 根負けしたのはリンの方。


「………仕事……しないと、ルー様の側にいられなくなるから……役立たずは要らないから……だから、だから私……」


 どう言えば正しく伝わるだろうか?


「成る程ね……ごめんねリン。俺の配慮が足らなかった。……ただ側にいるだけで力になっている、そう言ったところでリンが納得する筈もない事くらい少し考えれば解った事なのに、俺が悪い」


 ルークはその胸にリンを引き寄せると、小さな子供にするように抱き締めて背中を優しくポンポンと撫でてくれた。

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