第35話久しぶりの公爵家での日々
山を文字通り突っ切って来た為、通常馬車で帰るよりも早く公爵家迄到着したルークとリンは、というよりリンは既に城の外で全員整列している姿に驚愕した。
えっ……だってもうすぐお昼だよね?
音だって馬車で帰るよりも静かなのにどうして帰りの時間が解ったのか?
だから素直に口からポロっと出て来てしまった。
「何で帰還の時間が解ったの?……もしやずっと外で待っていて!?」
「リン…愚問だよ。うちの執事長は優秀なのはリンも知っているだろう?」
「それ、レベルが違くないですか?」
「リンも結構規格外だと思うけどな」
「失礼ですね。……うちの村では普通でした」
「うん、まあそうなんだろうね」
一連のリンとルークのやり取りを生暖かく暖かく見守っていたアンさんと執事長のシリウス様は、会話が一段落するのを絶妙なタイミングを見計らって切り出してきた。
「ルーク様、お帰りなさいませ。……リンも大変でしたね、お帰りなさい」
優しい眼差しで、声で声を掛けられたリンは、頭の奥が痺れる様な感覚に陥った。
其くらい、シリウス様の穏やかな口調をリンは大好きだった。
だがそれを見ていたルークは面白くない。
今のリンはどうみても恋心を抱いている少女が恥じらいで顔を真っ赤にしている様にしか見えなかったからだ。
自分にはそんな、恋する乙女の様な顔を見せないのに。
まあ自業自得なのだが、恋愛初心者のルークには、自分が初めて感じる胸のムカムカ感の理由を理解できていなかった。
「さあ、何時までもここで立っていても始まりませんし…お疲れでしょうからお屋敷に入りませんか?」
見かねたアンさんが声をかける。
全員屋敷の前で突っ立ったままなのにようやく気付いたルークは、皆に留守中屋敷の健全な運営を守ってくれたお礼を述べるとシリウス様とアンさんを残し、リンの同僚達は各自の仕事に戻っていった。
「さあ、リンも屋敷に入ろう?…疲れたろ?……アン済まないが湯殿を用意して欲しい。俺もリンも入りたい」
「ルーク様、私はお風呂に入りましたよ?」
「………」
あからさまに機嫌が急降下したルーク。
「どうしたんです?…不機嫌ですね?」
何となくルークの機嫌が悪くなった原因を察しし、敢えて突っ込みを入れなかったシリウスとアンと気にせず突っ込んだリン。
二人は今度こそ暖かい眼差しをルークとリンに、と言うよりはルークに向けた。
ルークが幼少の頃から側で使えてきた二人は、こんなに感情豊かなルークを見たことがなかったからだ。
元々、ルークのリンに対する執着に驚いてはいたが、そこ迄だとは思っていなかったのだ。
母親を殺された時に正妃に向けた殺気以外で初めてといっていい、ルークの感情表現。
何時もルークが顔に浮かべるのは人形の様に無表情か温もりのない笑顔のみ。
大抵の者はルークの美しい容姿から生み出された、その人形の様な笑顔に騙されてくれたが、その瞳は何も写してはいないこと位、二人には解っていた。
「……シリウスに敢えて嬉しそうだね?………それに呼び方、戻ってる。………」
「うわ!!…面倒……(くさい)」
咄嗟に出てしまった本音をどうにかこうにか最後は呑み込む事に成功したリンだが、リン以外は最後まで言われなくても、何を言おうとしたか解ってしまった。
「リン?…」
ゴゴゴゴゴゴオオと言う背景が目に見えるかの様な笑顔のルークにリンは完敗した。
「………ルー様…」
「しょうがないね、先程の表情は許してあげるよ。さあ、中に入ろう」
機嫌を直したルークはシリウスと先に屋敷に入る為の少ない階段を上っていく。
残ったリンはアンさんに頭をポンポンされて、理不尽な怒りをぶつけられた苛立ちを何とか押さることが出来た。
「ほら、リン。お出で?」
中々動こうとしないリンに気付いたルークが階段から手を差し伸べてきた。
しょうがない人……リンはちょっと呆れ勝ちな溜め息を短く漏らすと、その手を取った。
それを見守るシリウスとアン。
こんな穏やかな光景が、何より愛しいのだと代えがたい宝なのだと思う日々が少し先には脅かされる何て、この時のリンには知る由もなかったのだ。
◇◇◇
屋敷に入ったリンは、自分のメイドとしての仕事をしようと、作業場に向かおうとしたところを、素早く察知したルークに抱き上げられ、止められてしまった。
「どこに行こうとしているのかな?」
「仕事ですが?…。って言うか、呼び止めるだけなら、口で言って貰えませんかね?」
いちいち呼び止められる度に抱き上げられたのでは堪らない。
「リンの仕事は俺の側にいることでしょう?」
それの何が仕事だ!と言いそうになったが、ルークに口で負ける事は解っていたいたから、切り口を代える事にした。
「………"仕事"で側にいれば、ルー様は良いんですね?」
これに何も言い返せなくなったのはルークの方だ。勿論仕事だから側にいて欲しい訳じゃない。
リンだって、ルークが初恋だ。
出来れば側にいたい。でも、仕事の重要性を骨の髄迄理解しているリンは、理性が感情に打ち勝つ事ができるだけだ。
気持ちは一緒。
それを解って欲しかった。
「リン、貴方はルーク様付きになっているから、安心してお側にいなさい」
えっ?何時?…とは思ったが、他ならぬシリウス様がそう言ってくれたから、抱き上げられ体を固くしていたリンは力を抜いた。
それを見ていたルークはまたも機嫌が悪くして、その事をずっと先もシリウスとアンにネタにされ続けるのだった。
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