第30話自分から望んで巻き込まれに行く・ルーク視点編part2

 ずっと手の平の温もりを感じていたい……そう思ったけれど恐ろしく睡魔が襲ってきて、抗う事が出来なかった。

 ああ……完全に眠りにつく前に手を離しておかなければリンに二度と一緒に寝てもらえなくなるかも知れない。

 ……いや、何だかんだと言ってもなし崩せるか。まあ、手を離すと言う幸福を手離す事に比べたら些細な事だろう。

 綺麗に片付いてはいるが、日頃の無駄に広い屋敷とは違い、人と人の距離が近い狭い部屋にシングルサイズのベッド。

 本来なら寝辛いのだろうが、リンとなら心地好かった。

 近いのが良い。存在を強く感じられるのが嬉しい。そう思えたのは母上が殺された後は一度も感じた事が無かったのに……。

 彼女の側は心地好い。嫌な女の影を久々に強く感じた後だけに、心も身体も自分で考えているよりも疲れていた様で、……きっと癒されたかったのだろう。


 だけど、リンに起こされるまで敵の気配すら感じる事が出来ずにいたのには、俺自身驚いた。

 結界を張っておけば良かった、そう眠い頭で考えたけど後の祭だ。

 リンに過去を話すことで柄にもなく緊張していたのだろう。

 ……それにしての俺の至福の一時を邪魔する何て……ホント彼奴ら、どうしてやろうね。 ちょっと優しく出来そうもない。


 ホントにどうしてやろうか……。


 有りとあらゆる手だてが頭の中に浮かんでは思考を組み立てて行く。

 リンとは違い俺は性格が歪んでいると自覚しているし、今更治し様も無いが、きっとリンは『仕方がないですね』とか『馬鹿ですか?』とか言いながらも側にいてくれると信じられる。

 信じられるけど、それでも時折試してしまう。過ぎた行動は危険だから気を付けながら行わなければ(←かといって止める気はない)


 俺は素早く着替えると、気付かれないようにリンの着替えを 眺めていた。

 引き締まった長い足は魅力的で、黒い髪も小さな顔も厚みのあるぷっくりした口紅をつけていなくても綺麗な発色をしている赤い唇も…クラシックなメイド服も全て…少しだけつり目の彼女の魅力を引き立たせている。

 女性らしい曲線は発展途上。

 それも育てていきたいと言う欲望を掻き立てくれるから、ホント目を離せない娘だ。

 リンは今のままでも十分に可愛いけど、きっともっと歳を重ねたら、もっとずっと綺麗になる。並の男じゃ手を出せないレベルの女性になるだろう。

 まあ…虫は俺が排除するから近寄る事なんて元から出来ないけどね。

 まじまじと見てしまうとリンが警戒してしまうからこの辺で止めておこう。


 着替えが終わったリンは迷うことなく窓枠に手をかけて屋根に跳び移った。

 その勢いのまま地上にいる男の一人を蹴り倒し、そのままもう一人の首には手刀で眠らせ、さらに最後の一人の腹に正拳付きを叩き込む。その間僅か数秒だ。

 声を上げる暇も与えなかった。元々、少女と引きこもり貴族が窓から逃げるとは思われていなかった様で、見張りは少なく俺とリンは馬屋に行くと馬達の縄を解き逃がした。利口な子達だからきっと公爵家に帰る事だろう。

(俺がどうやって地上に降りたか…だが、リンと同様とまでは行かないが、それなりに鍛えているからそこそこ身体が動いたのに加え魔法でリンの動きをコピーして無事着地をしたのだが、それはどうでも良いことだからね。ただリンが凄いって事は良くわかる)


 リンと二人で森の中に入っていく。

 リンは獣道を足に仕込んでいたナイフで邪魔な草木を凪ぎ払って行く。

 俺にどの方向に進むのかを聞きながら的確に道を作っていく彼女は逞しく美しい。

 目指すは森の奥深くにある湖だった。

 何故湖に向かっているのかと言うと、俺は風と水系統の魔法を得意としているからなのだが、リンにすらまだその事を教えていない。


 だから、リンは何も知らずに俺の意見にしたがって森の奥まで進んでいるのだ。

 はっきり言って普通の少女なら泣いて逃げ出していてもおかしくない状況なのに、リンはそんな素振りを一切見せない。


「ルー様、方角はこちらであっていますか?」

「ルー様?…」

「えっ?…ああ!すみません。間違えました!!」

「いや、特別な感じで嬉しいよ」

「う~!…自分で言っておいて何ですが…失言でした」

「失言ではないよ。俺は嬉しい。……ねえリン、呼んで?」


 ここまで言えばリンは渋々でもルー様呼びをしてくれる事だろう。

 その呼び方は母上が俺を親しみを込めて呼んでいた呼び名だった。

 父上も二人きりの時は未だにルーと呼ぶ。

 偶然でもリンがその呼び名を呼んでくれた事に驚いたし、何よりも本当に嬉しかったんだ。


「……二人きりのときどきだけですよ?」


 ほら…やっぱりリンは優しい。


「うん、今はそれで十分だ……有り難う、リン」


 照れてそれ以上は何も言わないリン。

 ああ、やっぱり早く彼奴らを片付けて公爵家に帰って二人きりになりたい。


 そうと決まればさっさと片付けよう。

 俺達が進んできた道は、リンが切り開いてくれたから解りやすい標となるだろう。

 どんなにアホでも着いてくる位は出来る筈だ。


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