第19話シリルとルーク
シリルと呼ばれた王子様は、リンが考えていたよりも元気だった。
様に見えたのだ……少なくとも今この時までは。
だが、直ぐに息が上がって踞ってしまう。小さな体が膝をつき、痛みに耐える姿は痛々しい。
チラリと袖から見えた手首からは薔薇の蔦の様な刺青が浮かび上がって来る。
驚いているリンだが、苦しそうにしている子供を前に呆けている程間抜けではない。
リンは、急ぎ駆け寄るとシリルを抱き上げた。
誰よりも瞬時に動いたリンを追い掛けるようにルークも近寄りリンからシリル王子を受けとると屋敷の中に急いだ。
「リン!!薬を持ってついてきて!!」
ルークは後ろを振り返り、指示を飛ばす。
珍しく慌てた様子のルーク様をリンは初めて見た。それだけ大切だと言うことだろう。
「はい‼️」
リンは素早く動くと薬を持ってルークを追いかけた。
一階の奥の部屋まで来ると迷う事なくルーク様は扉を開けた。
ここがシリル様の部屋なのだろう、先程まで寝ていた後があるベットにゆっくりと横たわらせると、ルークはリンが持っていた薬を受け取りゆっくりとシリル様に飲ませた。
多分とても苦いのだろう、薬を口にしたシリル様は顔をしかめる。
「……シリル、苦いだろうけど、全部飲むんだよ?」
優しくルークが語り掛ける。
二人はどう見ても血縁者だ。とてもよく似ていた。
答える代わりに頷くシリル様は、何とか薬を飲み干した。
「ゲッホ………ゲホ」
余りの不味さに蒸せ変えるのだろう、苦しそうだ。
「……偉かったね、シリル」
ルークは優しく、労るようにシリルの背中を擦った。
シリルは嬉しそうに、自身を抱き抱える様にしながら背中を擦ってくれているルークを見上げる。
「兄上様……有り難う御座います……来てくれて、僕はとても嬉しいです」
その様子はどう見ても中の良い兄弟だ。
歳はかなり離れているけど、親子には見えない。………でも、何故ルーク様は公爵なのか?シリル様が王子様なら、ルーク様も王子様だと思うのに。
リンは国政に興味がなかったから知ろうともしなかった。周りのおじさん達は何故か詳しそうだったけれど……。
シリル様は、疲れてしまったのだろう規則正しい寝息を立てている。
その表情には、苦痛の色は見えない。
薬が効いたのだろう、良かったと心から思えた。
リンが物思いに耽っているとルークに呼ばれた。
「リン、遅くまですまなかったね…今日はもう遅いからここに泊まって明日の朝帰ろう」
「はい、ルーク様」
リンは、ベットメーキングが整っているか確認しようと部屋を出ようとした。
したのだが、出る直前ドアの前でルークに呼び止められてしまった。
「リン……何処に行くの?…俺の側を離れないで……」
聞き方によれば誤解を生みそうな言葉使いだ。何とも紛らわしいから是非とも止めて頂きたい。
普通の乙女なら、盛大に誤解していたことだろう。
「いえ……ベットの準備が整っているか確認しようと思いまして…」
努めて冷静にリンは返答した。
動揺していると思われたくはない。
「大丈夫だよ。………俺が来ることは早馬で伝えてあったから、何時もの部屋は準備が出来ている筈だ」
何時もの部屋とやらの事は出来れば先に伝えて頂きたい。
でも、そんな感情は尾首にも見せない。だって悔しいから。
「そうでしたか、ではシリル様は私が見ておりますのでルーク様はどうぞお休みください。………何かあれば直ぐにお知らせ致します」
リンはちゃんと自分の立場を弁えて話したつもりだった。それなのに、あろうことかルーク本人によって却下されてしまった。
「何言っているの?…シリルにはちゃんと見ている者がいるんだから大丈夫だよ。………リンは僕のでしょ?」
「……私は私のものです」
つい反論してしまった。
使用人と言う身分からすれば、ルーク様の言葉は是だ。
でも、私は物じゃないし素直に頷きたくない。それで罰っせられたとしても、私は私を曲げて迄、欲しいものなんてない。
「そうだね、リンはリンの者だけれど、俺以外の者の面倒何て見て欲しくない」
「……シリル様はお子様です」
リンは溜め息をつきたくなるのを何とか堪えた。流石に不敬だろう。いや、今更だけれど。
「リンは解っていないね、例え女でも、まして子供でも嫌なものは嫌なんだ」
言い切ったルーク様の顔は真顔で冗談を言っている訳では無さそうだ。だからこそ余計にどうして良いのか解らなくなる。
そういった恋愛面はリンは慣れていない。相手をぶん殴るとかなら、誰よりも得意なのに。
「……私は、その手の話は得意じゃありません。………ですから他を当たって下さいませんか?」
「出来ない相談だな。………他の相手じゃ意味がない」
「何を考えているんです?」
「何も?……ただ本能に従っているだけだよ」
シリル様のベットの横、椅子に腰掛け長い足を組んで振り替える様に此方を見ながら話す様は、悔しいけど似合っている。
こんな時、美形はそれだけで様になって、妙な貫禄があるから嫌になる。
そんな微妙な空気感をぶち壊してくれたのは、シリル様だった。
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