第18話薬の宅急便

 跳ばす馬車は、それでも乗り心地は其ほど悪くはない。

 だが………それは日頃から鍛えているリンだからこその感想であって、通常の貴族の御嬢様なら失神ものだ。


「リンは流石だね」


 こちらを微笑みながら眺めていたルーク様が染々と語った。


「何がです?」


 言っている意味が解らない。だって、リンはただ黙って馬車に乗っているだけなのだから。


「こんなに馬車を跳ばしているのに愚痴のひとつもない、弱音を吐かないのは、なかなか出来ないことだよ?」


 この人は、この馬車の旅が辛い苦行だと知っていて私を連れてきたのか!?

 いや、辛くもキツくも無かったけどね。

 まあ、使用人の私に、主から行けと言われれば、拒否等出来はしないが。

 結論。


「……ルーク様は意地悪ですね」


 普通の女の子に対する対応じゃない。

 まあ、使用人であって性別を意識する相手でもないと言われればそれまでだが……。

 それはそれで腹が立つ。


「ごめんね……辛かった?」


 申し訳なさそうに聞かないで。


「いいえ?……全然」


 イラついたからって嘘をつくのは私の信条に反する。


「じゃあ、何で俺が意地悪なの?」


「事前に説明をしてくれなかった事です」


「言ったら来てくれないかも知れないじゃないか…」


 何を言っているのだ、この男は!?

 来させる為に言わなかったと言う確信犯だと自ら認めるって、バカなのか?それとも私を玩具としか思ってないのかのどちらかだろう。どちらにしても最悪だ。

 ……何より、主なのだから命令すれば良いだけなのに、敢えてそれをせずにお願いと言う形をとって、自らの意思で来させる、それが一番質が悪い。

 …なるべく早くこの仕事を辞めようとリンが決意した瞬間だった。


「逃がさないよ?……」


 ルーク様は誰よりも悪魔のような、それでいて天使のような笑顔で言い切った。


「!!?!…心を読んだんですか!?」


 リンは座っている座席から飛び退いた。

 心の中で考えていた事を読み取られている様な言葉だったから…仕方がないじゃないか。


「そんな事出来るわけ無いじゃない?……リンが考えそうなことを見抜く事くらい出来ないと、上位貴族何てやってられないんだよ」


 まあまあ座って?等と言ってくるルーク様はムカつくから無視だ。

 仕事をしたがらない癖に。

 引きこもりの癖に。

 でも…今起こっている情報は総て把握して、領地に被害が出ないようにコントロールしている。そんな気がする。

 表向きは、仕事ができる執事長が総て指揮をとっている様に見せかけて、実際に指示を出しているのは、勘だけれど、ルーク様だ。

 この人は無能じゃない。


「こっわ(怖)!!……私に貴族は無理ですね。良かった、身分なんてなくて」


 心からの安堵だった。自由って素晴らしい。


「リンが貴族が嫌なら俺も辞めようかなあ。……」


 ルーク様の戯れ言は華麗に無視していたら、都から少し離れた森のなかに立派な城壁が見えてきた。

 差し詰め小さな要塞と言ったところか?

 馬車は速度を落として、ゆっくりと門の前で停車した。

 ルーク様が馬車の窓から『開門!!』と声をかけると、これまた立派な門がギギギギギイイイイイイイと言う音を立てて開かれていく。

 石畳を馬車はゆっくりと進んだ。

 高い塀の中は整えられた庭園がずっと続いている。でも大きな城はその存在感を損なう事なく、堂々と庭園と一体化したコントラストを生み出していた。

 まるで一枚の絵葉書を見ている様だった。


「うわあ……」


 馬車の窓から風景を眺めていたリンは、思わず感嘆の声を出してしまった。

 そのリンをルーク微笑ましい者を見るように見つめていた。


「立派ですねえ……」


「まあ、仮住まいとはいえ王子がいる場所だからね。……セキュリティはちゃんとしてないとね」


「……薬……王子様、良くなると良いですね」


 薬が効くと良いとは、ルーク様の能力を否定する様で言えなかったが、良くなって欲しい事は伝わってほしくて、チグハグな変な言葉使いになってしまったが、さしてルーク様は気にした様子もない。

 こんな時、『そうだね…』とか相槌を打つものだと思うのだけれど、違うのかしら?リンは少しの違和感を感じていた。

 下らない話なら遠慮なく聞けるのに、何故か本人にはこの事を聞けなかった。


 二人が馬車から降りると、城のドアがあき、勢いよく飛び出してくる影が見えた。

 子供はリンに抱きつき、リンの胸に顔を埋めた。


「子供?…」


 リンが疑問に思うのも束の間、リンに思いっきり抱きついてきた子供をルーク様が首根っこを掴んで引き離した。


「……怒るよ?シリル…?」


 聞いたことが無いような、地響きがなるような低い声でルークはシリルと呼ばれた子供に話し掛けた。


「お久し振りです、兄上」


「……え、え?」


 聞き間違いだろうか?

 今、ルーク様に兄上って。

 リンが驚いているとルークはシリルと呼ばれた子供を離した。


「リン、うちって少し複雑なんだ。……後で説明するから、今は、ね?」


 返答する代わりにリンはコクンと頷いた。


「シリル、リンに挨拶は?」


 ルーク様が話しかけるとシリルは目線をリンに移して、ルーク様によく似た顔でニコッと笑った。


「シリルです。……初めまして、リンさん」


 きっと、間違えなく、この子供が王子様だ。





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