第6話えっ!?…私聞いてませんけど!?

私は何時も通り、と言っても昨日からだけれども、与えられた仕事を真面目に、でも淡々とこなしていた。

すると、奥から私を呼ぶ上司の声がするではないか。

私は迂闊にも、ヤバイ何か失敗したかな!?…と心配し、少し愁傷な面持ちで呼ばれた相手の元に向かった。

だって、私を呼んだ相手がメイド長という私の直属の上司ではなく、その更に上の筆頭執事なのだから、そりゃ気が張ってもしょうがないよね。


ノックを三回した後、声がかえってきてから入室の許可を取った。


「お入りなさい」


うーん、いつ聞いても渋い素敵な声だ。

同僚の皆はルーク様押しだけど、断然私は執事長のシリウス様派だ。

あの、おじ様とおじいちゃんの間くらいな年齢にダークグレーの髪をオールバックにピッチリ決めている髪型も、切れ長な目元も、低くて少し掠れた声も全てが大好きである。

初めてはあんな人がいい!と思えるほど大好物です。


「……」


げ!!…私はうっかり声に出しそうなのを何とか飲み干した。

シリウス様に下品な女だとは思われたくないという女心一心で。

それにしても………何故にあの方がいらっしゃるのかとお聞きしたい。

もう出掛けたのではなかったのか?!


「ただいま参りました」


頭を下げ、声を掛けられるのをひたすら待つ。これが、私とあの変態美形との身分差だ。


「……忙しいところごめんね」


ルーク様は労る様に私に声をかけた。

解っているなら呼び出さないで頂きたい。とは勿論言えない。


「ご用件をお聞きしても?」


「……うん、リン男になって」


は!?何を言っているのだ、この男は!?


「貴方、バカですか?」


だからついうっかり、言っちゃったよね。

もう後の祭りだ。

私はちろっとシリウス様を盗み見た。

あの鉄仮面はこんな時も剥がれない。


「……うん、やっぱりリンだよね」


「だから何がですか!?…主語を言ってください、主語を!!」


もうどうとでもなれ!…そんな思いで私は素に戻っていた。


「リンには、ルーク様のお伴で視察に同行して欲しい」


説明してきたのは、シリウス様だった。


「……私には荷が重いかと存じますが………それよりも、男になって…の方が気になります」


率直な感想だ。


「……女の子を視察に連れ歩いていると、要らない邪推をされてしまうから、執事見習いの男の子として男装して欲しいんだよね」


「そんな面倒くさい事をしなくても、私じゃない方が行けば良いだけでは?」


「だって俺、リンがいなくちゃ寝れないもの」


捨てられた子犬の様な顔をするな!!

駄目な物は駄目なのだ。


「んな可愛い子ぶっても駄目ですよ?!…それに、大の男がそんな事を言っても気持ち悪いだけですし」


すると、私は肩をガシッと正面から捕まれた。


「リン、私からも頼む!!…このルーク様が視察に行く等と言う事がどれ程の奇跡か!?…この機会を逃したくは無いのだ!!」


鉄仮面が崩れた!?

まさかこんなに必死にシリウス様から説得されるとは思っても見なかった。


「…………………解りました」


そう返事をするしかなかった。


◇◇◇


「何か旅行見たいでたのしいね」


綺麗なお高そうな馬車に揺られながら、彫刻見たいに整った顔の男が、何らやほざいている。


「…………………」


「リンのその格好も中々似合ってるよね、勿論女の子の格好の方が可愛いけど」


「誰のせいでしょうね?」


「すみません、俺です……無理を言ってごめんね?」


「……もう良いですよ」


そもそもが、既に納得済みである。

別にそこまで嫌な事をされている訳ではないし、嫌な雇い主でもない。

人をイビる様な嫌らしさは無い人だ。

それに特別手当ても出すと言ってくれてるから、此方としてはお仕事としてちゃんと全うするのみである。


「……行って良かったと思える様に俺も頑張るから、許して?」


こんな時でも美形は得だな、何でもつい許してしまいそうになる。


「仕事なので、もう気にしないでください。…やると決めた以上は全力を尽くします」


「……リンって 、何気に男前だよね」


「そうですか?……仕事をするのに、男も女もないと思いますが?」


勿論体力差は有るだろうが、身体的なこと以外に差がある事事態、おかしいのだ。


「そんなところも良いよね…」


出たよ、勘違い製造機。

美形は言葉を選ばなければ、その気になる被害者は後をたたないだろうが。


「ルーク様は、少しご自分の容姿がもたらす威力を良く考えた方が良いですよ」


「何の事かな?」


「……その気も無いくせに、思わせ振りな言動は、女性に対して失礼だと申し上げているのです」


いよいよ私も無礼だと、首を跳ねられるかもしれない。


「……大丈夫だよ、リンにしか言わないから」


「いや、だから!!」


私が勘違い娘だったらどうするのだ。


「盛大に勘違いしてくれても良いよ?」


「良かったですね、私が勘違いするような女じゃなくて!!!」


「おや残念……」


「心にも無いことを!!」


そんなこんなで、男装をしたちんちくりんの私と、脳ミソお花畑の美形という、おかしな二人組の珍道中は始まったのだ。

(正確には、馬車を操縦する御者のルノーさんとの3人組だが………ルノーさんは、気配を消すのが上手いのよね)

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