CHAPTER 9


「オラァアッ! テメェらの住所、月にしちまうぞッ――ん? なぁ、この世界に月とかあんの?」

「あるよ! この世界ではムシェルヴェと呼ばれていて、大昔から神様が住む星と言い伝えられて――」


 そんな中――鋼鉄食屍鬼達の奇襲を受けていた輝矢君の側では、桃色の髪を振り乱しながら拳を振るう魔法少女が、可憐な容姿に反した戦い振りを披露している。


 ……さっきジークロルフさんに1匹当たったのも、多分あのパンチで……。


「くたばれザコがァッ!」

「――ねぇ聞いてる!? 君が振った話なんだけど!?」


 ゴーイング・マイウェイ、と言わんばかりに。彼女は焦燥を露わにツッコむ輝矢君をスルーしながら、矢継ぎ早に鬼達を叩きのめしていた。

 ……ちょっとだけ、鬼達が可哀想に見えてしまう程に。


「――妨害思念ジャミングッ!」


 その頃、火弾さんの近くでは青い甚兵衛を着た茶髪の少年が、彼ならではの「異能」を駆使して戦っていた。

 彼が両腕を翳した瞬間、近くの鋼鉄食屍鬼達が次々と昏倒し――まだ倒れていない他の鬼達が、ひとりでに動くおかっぱ人形達と、火弾さんの鉄拳に打ちのめされて行く。


「へぇ、大した能力じゃねぇか! ……でもよソレ、俺達は大丈夫なのか?」

「御心配なく。誰彼構わず眠らせてるわけじゃ――」


 だが、彼の異能の余波は――鬼以外にも及んでいたらしい。気を失った鋼鉄食屍鬼達に混じり、ジークロルフさんが可愛い寝息を立てて横たわっている。


『ポピ?』

「おい」

「……ごめん。悪人ヅラだったから、つい」

「……お前ら、足元に気をつけて戦えよ! ハゲが転がってる!」


 どうやら、人相のせいで間違われてしまったらしい。強面な外見とは裏腹に、安らかな寝顔ですやすやと眠っているジークロルフさんに対して、何とも言えない眼差しを向けながら――火弾さんは周囲に注意を呼びかけていた。


 そんな彼らを他所に、叢鮫さんはあの大柄な女性と共に、魔人への道を阻む鬼達と戦っている。数の暴力で叢鮫さんを押し倒した鋼鉄食屍鬼達は――トドメを刺そうとする瞬間、彼女の豪腕によるラリアットで跳ね飛ばされていた。

 女性は近くの悪鬼達を一掃すると、その体躯からは想像もつかないほどの優しい手つきで、叢鮫さんを助け起している。


「手を貸してくれるのか」

「……うん。私、頑張る。何をしたらいい?」

「敵は俺達だけでなく、広場から逃げている民衆にも狙いを定めている。まずは奴らの攻撃から、民間人を守らねばならない。数で劣るこちら側が奴らを撹乱するためには、派手な『陽動』が必要となる」

「……」

「要するに――暴れろ」

「……わかった!」


 そして、叢鮫さんから「作戦」を伝えられた瞬間。彼女は勇ましく頷くと、その圧倒的な体躯と膂力を活かして、さながら重戦車のように鋼鉄食屍鬼達を蹴散らして行った。

 彼女の激しい攻撃は、比喩ではなく――本物の「嵐」となり、戦場に渦巻く竜巻を生み出して行く。その猛風に吹き飛ばされて行く鬼達に混じって――ジークロルフさんまでもが、すやすやと眠りながら舞い上げられていた。


「おいおい! 誰かあのハゲ拾えるか!?」

「任せてくださいッ!」


 混戦の渦中、その竜巻とジークロルフさんを目撃した火弾さんが、声を上げた瞬間。彼の頭上を、天使の如き翼をはためかせる少年が、優雅に通り過ぎて行く。

 彼は竜巻の勢いに飲まれることなく、猛風を潜り抜けジークロルフさんをキャッチする。だが、その重さで僅かに、彼が低空飛行になる瞬間を――鋼鉄食屍鬼達が狙っていた。


「この人だけは絶対に守るッ! 武装召喚――ソルブライトソードッ!」


 しかし彼には、それすらも織り込み済みだったのだ。少年はジークロルフさんを右手1本でぶら下げながら、左手の装甲を一振りの「剣」に変形させる。


「ソル・スラッシャーッ!」


 そして、眩い一閃の斬撃を以て――自身を狙い、地上から飛び掛かってきた鬼達を、纏めて斬り裂いてしまうのだった。少年は鋼鉄食屍鬼達を斬り倒すと、そのままジークロルフさんを安全な場所まで運ぶべく、この大広場から翔び去って行く。


『ポピポ!』

「おいおい……ありゃあ『滑空』の類じゃねぇ、マジもんの『飛行』だ。どんなオーバーテクノロジーだっての……!」


 私達がいた世界では考えられないような、超高次元の技術。その一端を目の当たりにして、火弾さんは目を剥いていた。

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