第20話 強くあれ、体も。何より心も

 丁度、ひと月ぶりくらいだろうか。師匠と最後に『真剣勝負』をしたのは。自分が覚えうる中で一番新しい記憶を思い出しながら、師匠に貸してもらった道着をサッサと着込んでいく。


 さて、真剣勝負、ということで早速師匠と拳を交えようとしたわけだけど、「そんな動きづらい服装でやるつもりか」と突っ込まれてしまい、今こうして動きやすい服に着替えているわけだ。


 そんな服程度で変わるもんなのかとも思うけど、そういや佐倉さんだって、普段の制服のまま緊急任務に当たれるように制服を特注してるとこの前聞いたことがあるから、意外と侮れないものなのかもしれない。


 ……それだったらミソラさんの時も着替えとくべきだったかな、なんて考えるけど、そんなのもう後の祭りだ。


 なんて考えているうちに、あっという間に着替え終えてしまう。


「お待たせしました。師匠。ちょっと着替えに手間取っちゃって」

「いや、そんな待っとらんよ。さて、始めようか」

「はい。よろしく、お願いします」


 そう言いつつ、師匠の前に立ち、深く礼をする。うん、相手に敬意を払う。これ、大事だよね。

 ……なんか佐倉さんの視線が痛いけど、多分あれだ。俺の道着姿が見慣れないとかそんなところだろうか。


「……随分と彼のことをじっとみるのね。咲。やっぱり彼の実力、気になるの?」

「あ、いや、それもありますけど……、なんか天龍くんのあの姿、ちょっと新鮮だなって」

「あら、それは見惚れてた、ってことでいいのかしら? ふふ、女の子ね。貴女も」

「んな、もうっ。そんなんじゃないですっ。単純に彼が武道家らしいカッコしてるのが見慣れないだけですから……!」


 ほら、ね。そりゃそうだ彼女にゃこんな姿見せたことないし。断じて俺なんかに見惚れてたなんてそんなわけ……、


 って、なんでこんな言い訳してるんでしょうかね、俺。こんな時に変な弄りをかまさないでくださいよ夜霧さん。


「これ、何ぼーっとしとるんじゃ司よ。ほれ、とっとと始めるから構えをとれ」

「あ、すみません師匠…………っと、よし、お願いします」


 師匠の言葉で、意識が急にこちら側に引っ張られる。そうだ、今はそんなこと考えてる場合じゃなかったな。


 ひとつ、深呼吸。そして、ぐっと構えをとる。


「準備できたようじゃな。よし、来い。いつもはワシから仕掛けとるが、今回はお前から来い」

「……はい、じゃあ行き、ますっ!」


 珍しい。師匠が俺に先手を譲るなんて。いつもなら受け、捌きの手を教えるためだとか言って、先手を譲ってくれることはごくたまにしかないのに。

 そう心の中で呟きながら、思い切り踏み切って前へと飛び出す。


 師匠の懐に潜り込まんと、ぐっと体重を落として師匠の元へと踏み込む。踏み込んだときの推進力を使って、思い切り師匠の腹部に掌拳を叩き込む–––––––!


「っ! やるのぉ、ワシの技の真似事か……!」


 でも、さすがは師匠。俺程度の使い手の練度じゃ当たりっこない。まともに当たればそれなりにダメージ入ったと思うけど。

 上手く拳を捌かれて、お返しとばかりに俺の眼前に師匠の拳が迫ってくる。


「やべ–––––––っ!!!」


 速い、今から避けるのは難しい。

 そう判断して上手く合わせてその拳を受け止めるけど、強く、重い衝撃が体を覆う。

 体の内部まで伝わる、嫌な重みだ。佐倉さんに食らわせたのとほとんど同じものだろう。


 でも、その手は予測してたことだ。

 対策は、ないわけじゃない。


 思い切り踏ん張って、

 そうすれば、師匠のこの技はなんとか耐えられる––––––!


「ぐ–––––––っと……!」

「嘘、耐え切った……!? 私、全く耐えられなかったのに……!」


 佐倉さんがなんか驚いてるけど、正直言って全く気にしてる余裕がない。

 俺が踏ん張ってる時にできた隙を突くように、流れるような動きで追撃を仕掛けてくる。


 む、無理だ、一旦距離を取って立て直さないと……!


 師匠が放った正拳突きの威力を後ろに流すようにして、二歩、三歩ほど大きく飛び退く。

 よし、OK。距離は十分取れた。師匠の次の動きは––––––––、やっぱり。追いかけてくるよな。


 でも大丈夫。距離をある程度空けておいたお陰で、さっきよりかは幾ばくか余裕がある。次の師匠の動きを、予測するだけの余裕が。


 一瞬のうちに、自分なりに考えを巡らせる。


 おそらく、師匠なら––––––––、推進力を乗せた打撃……と見せかけて、フェイントを仕掛けてくるだろうか。


 そう考えて、迫り来る師匠の追撃に備える。

 そして、師匠の動きは、俺の考えとドンピシャだった。

 

 俺の眼前に迫った師匠は、急に減速。そして俺の視線を振り切るようにぐっ、と体重を真下に落とす。


 あまりに唐突で、素早い所作。わかっていても師匠が視線から逸れそうになるけれど、なんとか追いかける。


 よし、大丈夫。師匠の思惑は断ち切れた。これだけできるのは、ある意味当然。

 だって、。師匠––––––!


 近づいてきた勢いをそのまま乗せるように、俺の斜め下からどでっ腹目掛けて師匠の手刀が飛んでくる。

 俺はそれを思い切り横に流して捌く。そして、


「やぁ–––––––––っ!!」


 気合を込めた肘打ちを、腹部に思い切り叩き込んだ。

 重い衝撃が肘に伝わる。手応えは、確かに掴めた。


 でも、それは完全に決まりきっていなかった。


 後ろに飛び退く師匠のお腹は、手のひらで覆われていた。上手く合わせて、止められたのだ。

 そして師匠は、なんともないかのように着地し体制を立て直す。


「マジか。今の結構上手くいったと思ったんですけど……?」


 会心だと思っただけに、ちょっとショックだ。自分の実力不足を痛感させられる。


 ……正直なところ、師匠がさっきあそこまで俺のことを評価してくれてた理由がますますわからなくなっちまったんだけど。この程度、佐倉さんならちょっと訓練すればすぐにできるようになる気がするんだけどな。


 そう思って彼女の方をちらりと見る。すると、


「すごい、想像以上、ですよ。天龍くんっ……!」

「え、マジで……?」


 なんか感嘆してた。ちょっとワクワクしてるのか頬を緩ませてる。

 え、マジで? だって俺、展開的には若干押されてたし、まともな攻撃なんて1発も入れられてねぇし、感嘆する要素なんか何処にも……、


「大マジですよ。だって、力をそんなに綺麗に外に流す技術とか、私にはない技術ですし、見たことなかったから……!」

「いやでも佐倉さんくらいの人なら、この程度の練度であれば––––––––」


 すぐに、体得できるはずだ。そう続けようとしたけれど、


「なぁ、司や」


 師匠がその言葉を遮る。まるで俺の言葉が言い訳じみてて、それを咎めようとするかのように。


「確かに、そこのお嬢さんはお前より強いよ。今勝負しても、お前程度では簡単に捻られてしまうじゃろうな。でもな、お前の、ワシのこの動きはそう易々と体得できるものではないよ」

「え、そりゃ、師匠レベルだったらそりゃそうでしょうけど、俺くらいのレベルなら佐倉さんだって」

「そんな簡単なもんなわけあるかたわけ。お前のその受けた力を流す技術は一級品じゃ。天津流の理想であると言ってもいいよ」


 はっきりとした師匠の言葉。彼は俺のこの技術を一級品であると言った。

 そんなバカな。だってこの前、ミソラさんの剣戟は上手く捌けなかったし、さっきのだって衝撃を受け流すのにかなり一杯一杯だったから、正直そんなこと言われても信じることができないんだけど。

 そう思うけど、佐倉さんのワクワクしたような、驚いたような表情がふと、目に入る。まるで師匠の言葉に同意するように、うんうんと頷いてる。


 本当に、そうなのかな。佐倉さんのあの表情が、何よりの証拠なのかな?


「お前は応用が効かんところがあるからの。おそらく1級二桁の奴にしてやられたのも慣れない戦型故に対応できなかったとかそんなところじゃろ。まぁ、兎にも角にも……」


 まぁ、それも実力か。とか、お前は力が少し弱いからの、とか師匠はぼやく。それは俺にとって永遠の課題な気がするけれど、今は置いておこう。


 兎に角、未だ呆けた顔をしている俺に向かって、師匠は言った。


「強くあれよ。司。体もそうじゃが、何より心もじゃ。お前にはお前にしかないものが確かに存在するんじゃからな。もっと自信を持ってそれを磨けば、さらにお前は強くなれるだろうよ」


 



 



 

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