第19話 本人の知り得ぬ潜在能力

「嘘、でしょ。一発で、ここまで……っ!」


 直前に掌でガードしていたのか、佐倉さんの右手は小刻みに震えている。あの一瞬、かつ超至近距離で反応できたのは、正直すごい。


 師匠の今の打撃は、単なる打撃じゃない。相手の体の奥深くまで衝撃を伝えるもの。「発勁」に似てると師匠は言ってたっけ。


 元々天津流は受けや捌きの技術が中心だけど、勿論反撃の手段も存在する。

 自分の体の動きを上手く利用するのは勿論、相手の動きや体捌きさえも最大限利用して、相手を叩く。そうすることで、自分の持つパワーがたとえ1でも、それに10も20も力がプラスされ、格上も食えるようになる、……らしい。


 現にミソラさんより格上の佐倉さんがちょっと押されてるところを見れば、わかっていただけると思う。夜霧さんも、やっぱり驚いてるみたいだ。無言で少し目を見開いてる。


「ほれ、まだまだ始まったばかりじゃろ。本気、出してみんさいな。最初のは本気じゃなかったんじゃろ?」

「っ……! 言われずとも、ですっ!!」

 

 師匠の挑発に乗せられるように、佐倉さんは再び拳を放つ。先ほどよりも数段速く、綿密で、複雑な動きだ。どう動くのかが全く予想もつかない。あれ、俺だと目の前でやられたら対応できる気がしないんだけど。


 それくらい、彼女の動きは練度が高いし、ミソラさんより強いと言われるのも納得だ。けど、師匠は俺にとって理想とも言える体捌きで躱していく。


 そして、佐倉さんは脇腹目掛けて振り抜かんと蹴りのモーションを取る。その時師匠は何か、ぐっ、と身構える所作をとった。

 

 あれ、師匠、もしかして––––––––、


「––––––––っ! ダメだ佐倉さんっ!!」

「え–––––––っ!!??」


 佐倉さんは今の俺の言葉に反応して、なのか、咄嗟に体を捻って飛び退く。脚を片方浮かせてたから無理な体勢でのジャンプとなって、転んでしまったけれど。


「ほう、司や。今のがわかったか……。なぜそれで1級二桁の物に負けてしまうかのぉ」

「いや、それ散々やられてきましたしもう見ただけで分かりますよ……。初見の人にエグいのかまそうとしないでくださいよ。しかも女の子相手なんですから」

「え、それってどういう……、なるほどね。なんとなくわかったわ」

「私も、天龍くんに止められて、初めて、察しました。なんで、気づかなかったの、私っ……!」


 夜霧さんはなんとなく師匠の動作に思うところがあったのか、ふう、と息を吐いて察したような表情になる。佐倉さんも遅れて気づいたのか、少し体を震わせている。


「佐倉さんの蹴りに肘鉄喰らわそうとしてたとか、そんなとこでしょ。師匠。貴方の場合加減間違えば骨折もあり得たんですよ。ホント何してんですか」


 師匠のやろうとしてたことは、アレだ。一昔前に飛んでくる銃弾を固定した日本刀でスッパリ一刀両断なんてものを見たことがあったけど、アレと似たようなものだ。佐倉さんの蹴りを肘鉄かなんかで止めて、蹴りの推進力をダメージとして跳ね返そうとしたんだろう。肘鉄の威力もオマケで。


 でも、さっきは思わず叫んでしまったけど、

 けどな。


「そこは流石に加減したわ。そんなことよりも、じゃな。佐倉さんや」

「いやそんなことて……はぁ。もういいや。絶対良くないけど」


 いやサラッと流さんでくれますかね。結構大事なことなんだからさ。


「確かに君が相当の実力者なのはわかる。司より遥かに強いこともな。しかしそれでも、君が気づけなんだことに、彼奴あやつは気づいた……。言いたいことは分かるかね?」

「……はい。私達、彼のことを知らずのうちに低く見てたってこと、ですよね。彼には私達にはない、ポテンシャルのようなものがある、と……」


 そう言って佐倉さんは悔しげに唇をぎゅっ、と結んで、俯く。

 今、ようやくわかった。師匠がなんで、佐倉さんを焚き付けるような真似をしたのかが。


 本当に、俺のことを一定の評価はしてくれてたんだ。個人戦だったら組織の人間に負けないくらいのポテンシャルはある、と。

 師匠は自分の実力を基準にして考えてしまうところがある。だからさっきの叱咤は理不尽なものに感じてしまって、そこまで思い当たることができなかったけど。


 でも、俺としては、俺としては–––––––––、


 いささか買いかぶりすぎなようにも、思えるんだけどな。


「あの、師匠。そりゃいくらなんでも言い過ぎじゃ。だって他流試合の戦績だってまだいい方じゃないですし、現に1級の壁は遥か彼方のように……」


 感じてますし。そう言おうとしたけれど、

 それは師匠の言葉によって塞がれることになる。


「おい、お前がそんなんでどうする。ルール無用の実戦に慣れてないのもあるじゃろうが、お前のその低すぎる自己評価も一役買っとるところもあろうよ」

「いや『武術家として中の下』なんて言われてりゃそう思うのも無理ない……」

「わしが言う分にはいい。他人に言われるのは嫌じゃ」

「それエゴって言うんですよね知ってる」


 理不尽じゃねぇッスかそれ。まぁ気持ちは理解できないものではないけどこうもはっきり言われますと。


 師匠の武術家の基準がここにきて良くわからなくなってきたんだけど。やたらにハードル高すぎやしませんかね。


「まぁ、体感してみるのが一番いい。よし、司や。少しいいかの?」

「……なんかものっ凄く嫌な予感がしますけど、なんでしょう?」


 なんとなく、師匠のこれから言わんとしていることは予想できる。

 でも、正直なところ、俺自身はこう思わざるを得ない。


「今度はお前がワシとり合え。なに、手加減はせんから安心しろ。それで彼女にお前の力を評価して貰えば、少しはその自己評価も矯正されるだろうよ」


 本当、どうしてこうなるの、と。

 今日何回心の中でぼやいたかわからない言葉を、改めて心の中で反芻させる。


「私も興味あります。是非、見せてください。天龍くん」

「そうね。正直ボスが貴方のことをここまで気にかける理由が良くわからなかったけど、そうしていただけるなら、その理由もわかるかもしれないわね」


 佐倉さんも夜霧さんもなんか乗り気だ。うん、やるしかなさそうだ。

 いや、めんどくさいとかじゃない。いつもこの人とやり合うと五体満足じゃ帰れなくなるから、それが嫌だっていうのもある。


 でも、仕方ないか。そうなっちゃったものは、もう。


「わかりました。お手柔らかに願います。師匠」


 そう言って、俺は立ち上がった。

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