第18話 佐倉咲 vs 天津平蔵
「さてと、佐倉さんや。待たせてすまんの。準備運動は済んだかな?」
「はい。バッチリです。急なお手合わせなのに引き受けてくださって、ありがとうございますね」
さて、先程の客間から少し離れた場所に位置する武道場に場所を移して、俺は佐倉さんと師匠の仕合を観戦しているわけだけど、
「本当、なんでこうなったんだろう……」
いや、師匠が言い過ぎなところがあったとか、佐倉さんも売り言葉に買い言葉なところはあったとか原因はいくらでも考えられる。
でも、ここに来た当初はこんなことになるなんて思わなかったものだから、どうしてもこんなことを考えざるを得ない。
「まぁ、咲だもの。仕方ないわ。あの子……というかミソラや夏希もだけど、少し感情的なきらいがあるから。こういうこと言われたら我慢できないのは予想できたけれど……はぁ」
……この人、苦労人なんだな。いやまぁこの前のミソラさんと津浦さんの一件でなんとなく察することはできたことではあるんだけど。
夜霧さんだってまさかこんな展開になるなんて予想だにしてなかったはずだ。本当、同情するわ。
「夜霧さん。師匠も言い過ぎなところがありますし、別に佐倉さんだけが悪いわけじゃ」
「……ふふ、ほんとに貴方、優しいのね。でも、もしあの子や貴方の師匠に何かあった場合、上に報告しなきゃならない私の立場も考えて頂戴ね?」
「う、ぐ、それを言われちゃ確かに……」
「……あら、ちょっと顔紅くしちゃって。意外と可愛いのね。ちょっと元気出てきたわ」
あぐらを描きながら頬杖を突いて、こちらに首を傾ける夜霧さんの表情がすごく綺麗で、思わず目を背けてしまう。そんな儚げな表情しないでくれよ。
……ってイカン、そんなこと考えてる場合じゃない。
確かに、彼女は佐倉さんの上司。佐倉さんが原因で何か大事が起こってしまったとしたら彼女に責任が飛んでくるのは明確。そりゃ心労もかかりますよね。
特に佐倉さんの実力を理解している夜霧さんだから、もし、師匠が怪我なんてしてしまったら–––––––––なんて考えているのだろう。
まぁ、でも、師匠のことを見てきてる俺としては、師匠が誰かに負けるなんてこと–––––––、
あんまり、考えられないんだけどな。
さて、話を佐倉さんと師匠の方に戻そう。
佐倉さんはしばらくぴょんぴょんと飛び跳ねたり、ストレッチをしたりして体をほぐしつつ、師匠をじっと見つめている。
師匠の体つきやその動かし方から、大まかな技量を図ろうとしているのだろう。師匠曰く、歩き方や体の使い方である程度の技量を把握する術があるとのことだから。
その師匠は、ゆっくりとした動作で体のこりをほぐしつつ、ぐっと体の要所要所を伸ばしていく。
「さて、待たせてすまんな。始めようかの。佐倉さん」
「あら、もう終わりなんですか? もっとしっかりストレッチなさってもいいんですよ?」
……佐倉さん、やっぱり怒ってるな。思いっきり挑発してる。
アレだ。「そんな体の使い方で勝てると思ってんですか?」とでも言いたいんだ彼女は。
で、その師匠はというと、
その挑発に応えるように薄く笑ってこう言った。
「なに、もう十分じゃよ。ここのところ司の稽古がなかったものだから、少し運動不足でな。早く体を動かしたいんじゃよ」
「売り言葉に買い言葉すぎやしませんかね師匠!?」
こっちもこっちで言いやがったなチクショウ!? 何楽しそうな顔してんのさ師匠。
今の言葉、言い換えるなら「リハビリついでに遊んでやる」だ。なんとまぁわかりやすい挑発なこって。
はい、佐倉さん更にキレました。わかりやすいくらい纏ってる雰囲気が変わってます。
怖え、怖えよなんだあれ。あんな佐倉さん見たことねぇわ。
「……あら。そーだったんですね、それは何よりで。ならお望み通り––––––––––––」
そう呟くと、彼女は思い切り踏み切って前に飛び出し、
「向こう一週間立ち上がれなくなるくらい、『運動』させて差し上げましょうか。爺さん?」
……相っ当にドスの効いた声でそう言った。
ミソラさんもそうだけど貴女方本当に口悪いな!? もうちょっとオブラートに……できないか。相当感情的になってるっぽいし。
でも、そんな中でも彼女から繰り出される拳や足技は冷静で、冷淡だ。
まるで、突風を巻き起こすかのように素早く、荒々しいけど、どこか静かで、理性的な動き。
可能な限り最短距離で、最大出力で攻撃を叩き込まんとする、効率的な動きだ。
加えて、次にどう動いてくるかわからないと思わせるほど、動きにバリエーションがある。彼女ならどんなものにも対応できてしまうんじゃないかってほど、多彩で、鮮やかな動きだ。
「すごい。この動き、空手……じゃないな。もっといろんな物が混じってるような……」
「そうね。咲の格闘術はいろんな武術、格闘技の要素を取り入れてるわ。もちろん刃物を使った格闘術も嗜んでるけど……、何よりあのスタイルにあの子、相当自信を持ってるみたいだから」
だろうな。初めて諜報員としての佐倉さんと対峙した時、銃を捨ててまで蹴りをかましてきたことを思い出す。これは相当自分の徒手格闘術に自信を持ってないとできないことじゃないかな。
対して師匠は防戦一方だ。躱して、受け止めて、流す。これをずっと繰り返している。佐倉さんの切れ目のない攻撃に手が出せていない……、ように見えるけど–––––––––、
その師匠の顔は、どこか涼しげだった。
佐倉さんの正拳突きを受け止め、力を後方に流すように後ずさって距離を取る。
「……ふむ、確かに、間違いなく司以上に実戦慣れしておる動きじゃな。動きにも工夫が見られる。若いのに大したもんじゃな」
「ふふっ。そんなことないですよ、もう。1級諜報員ならこの程度、誰だって至れますし」
そう、牽制し合うように言葉を交わす2人の間には、まだまだ余裕を残しているぞ、と暗に主張しあっているかのようだ。
「褒め言葉は素直に受け取っておくものじゃよ。さて、ではそろそろ、小手調べは終いとするか」
そう言うと、師匠はぐっ、と構えを取り直す。
そうだ。なんかおかしいと思った。師匠の守り一辺倒の動きを見て、何かおかしいな、なんて思ってたけど、さ。
「あら、じゃあ今までは本気じゃなかったとでも言う気ですか? そいつは楽しみです、ねぇっ!!」
佐倉さんは溜めた力を噴き出させるように叫び、前へと飛び出す……、けれど、そうだ。佐倉さんには悪いけれど、師匠はきっと、本気じゃなかったのだろう。
だって防戦一方なんて、師匠らしくないもの。
彼女はあっという間に近づくと、師匠に鋭い突きを繰り出す。俺が学校の地下で対応できなかったそれを思わせるような、鋭い突きだ。
でも、
「ふふ、若いのぉ。じゃが––––––––、」
師匠は綺麗な体捌きで佐倉さんの攻撃を後方へと受け流す。そして、
「ホォアッ!!」
「んっ、ぐぅっ!!?」
佐倉さんが突っ込んできた勢いをそのまま叩き返すようにお腹に掌底を叩き込んだ。
握り拳を握った打撃じゃないから、威力はそこまであるようには見えないだろう。
けど、佐倉さんが浴びせてきた力をそっくりそのまま体の芯に叩き返したかのような、そんな重みのある打撃。ずん、と言う鈍い音が、それをはっきりと感じさせる。
「ん、ぬっ、くぅっ……!」
そう悶えながら、ぐらり、と佐倉さんは後ろに後退り、どさり、と食った力を流すように倒れた。
「あら、咲が倒れ込むなんて、いつ以来かしら……?」
横で夜霧さんがそうぽつりと呟く。言葉には出さないけど、びっくりしてるみたいだ。目を少し見開いてるし。
「勢いに任せてくる相手の制圧は、容易いよ。猪突猛進も良いが、あまり感情的になりすぎるのは考えものじゃな」
そう言って師匠は、悠然とした態度で。
静かな微笑みを崩さないままそう言った
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