第17話 師匠と組織
師匠に案内されてたどり着いたのは、広めの和室。師匠が客間として使用している部屋だ。12畳間に、木製のテーブルが中央に置かれ、それを囲むように人数分の座布団が敷かれている。
入門したての頃はよくこの客間に出入りしていたのだが、最近はめっきりそんなこともなかったから、一種のなつかしさのようなものを感じる。
俺たちがテーブルについてまもなく、使用人の松さんが緑茶を運んできてくれる。長身で、引き締まった筋肉をもつ紳士的なイケメンだ。この家に来るたび、まだ中学生だった俺を気にかけてくれた人だから、個人的に恩を感じてる。
天龍君、久しぶり。なんて言葉をかけてくれたので、お久しぶりです松さん。なんてやり取りを軽く行う。
お茶がすべて行き届くと、松さんは静かに部屋を出ていった。ほんとに無駄のない人だな。
それを見計らうようにして、師匠が口を開く。
「さてと、司や。お前が今日ここにきた理由は、ワシとあの組織の関係性について聞くため、といったところかの?」
「あ、はい。そうですね。……やっぱり察しが良いな。師匠は」
「なに、お前があの組織に入ったと聞けば、考えそうなことであることは想像がつくわ。……そこのお嬢さんも硬くならずに茶でも飲んでなさい」
「あ。じゃあ、失礼します……。ん、おいしい」
軽くお茶をすすりながら佐倉さんにお茶を進める師匠。佐倉さん、ほっこりしてるな。かわいい。
やはりというべきか、師匠は俺がここを訪ねた理由をほとんど看破してるみたいだった。昔から聡明な人であったみたいだし、流石だというべきか。
「どうせお前のことじゃ。中途半端に知っちまったならこのまま忘れるのはイヤだ――――――なんて衝動的な考えでもしたんじゃろ。まあ後先考えず、自分の身すら顧みずに突き進むのはお前らしいが、やはり危ういの」
「……すみません。でも別にそれだけじゃないのは――――――」
「そこのお嬢さんのことじゃろ。それも衝動的な思い付きによるものなのは否定できんじゃろうがこの間抜け」
「……返す言葉もねぇ」
「あはは……。でも確かに天龍君、そういうところあるからなぁ」
でも、だからこそ、俺がこの組織に入った理由について、危ういものを感じているだろうっていうことは予測できていた。
だからワシはこいつはあの組織に向かんと釘を刺したんじゃがな。とため息をつきながらぼやく。仕方ないじゃんかとは思うけど、師匠の言ってることは事実。返す言葉もねぇ。
ちょっと前にこの人に「お前は衝動的に物事を決めるきらいがある。それは大切な人を守るうえで時に弊害になる」なんて難しいような言葉で諭された記憶が蘇る。佐倉さんにもこの前似たようなことで文句を言われた手前、それがぐさりと心に刺さって痛い。
それに佐倉さんの苦笑いが更にSAN値を削るよ。
俺が悪うござんしたからやめてくださいませね。
「まぁ、それはまた美徳でもあるから気にするな。お前の信条はよくわかっておるしの。ただ、お前にはそういった側面があることはしっかり心に刻んでおけ」
「はい。わかり、ました。師匠」
でも、師匠のそれは俺のことを理解してくれいる証左。こうしてフォローをしてくれる手前、厳しくも優しい人なんだななんて理解することができる。
俺の肯定のの言葉が聞けて満足したのか、かすかに笑って、話を続けた。
「それでよい。……さて、話がそれてしまったな。ワシとあの組織の関係について、話そうかの。別に面白いことなど、何もないがな」
そう前置いて、師匠は話を始めた。
『
「あの組織を作ったのは、ワシなんじゃよ」
そんな、俺にとっては少し衝撃的な言葉から、師匠の話は始まった。
天津流拳法は、確かにもともと一般にはあまり知られていない古武術ではある。しかし、その道に深く通じている人たちには「武道としての側面を持ちつつも、戦闘においても実践的な武術である」という高い評価のもとひそかに知られていたものらしい。
まぁ、師匠は若いころ、なんかいろんなところで武者修行とかしてたり、ニッチな大会とかで暴れてたり、副業としてボディーガードとかしてたらしいから、そんな広まり方をしたのは多分そのせいだな。なんて考える。
とにかく、その評価が国の一部のお偉いさんまで伝わったらしい。元々凶悪犯罪等が増加傾向にあったこと、交易が戦前に比べ自由になったことを遠因に、他国のスパイ等が国に入り込みやすくなったことを受けて、国ではそのような犯罪を未然に防ぐ組織を、様々な分野のエキスパートを集める形で秘密裏に作ろうという計画が上がっていた。
先に話した師匠のボディーガードの話だが、それは師匠の旧知の武術家たちを集めて小規模な組織を構成し、運営してたみたいで。
国にかかわる重要人の警護もしたことがあるんだとか。
そこに目を付けた国の人たちがその組織を母体にする形で犯罪未然防止機関を作らないか、と誘いをかけてきた。
そして、師匠はそれを承諾し、国の支援の下、犯罪未然防止機関を立ち上げた。
つまり、師匠はあの「組織」の母体を作った、生みの親ということになる。
「元から、要人警護をやっとったころから犯罪が日増しに増えていることは感じておったからの。承諾の言葉を出すのに時間はかからんかったわ。それからしばらくは、組織で戦闘重視の諜報員やったり、引退してからは参与委員的な役割をしとったな」
「そう、だったんですか。じゃあほんとに俺、何も知らなかったんだな……」
身近な人の、こんな重要なことさえ、俺は何も知らなかった。そのことが肩にのしかかる。まぁ、師匠の話は、過去の俺が知ったところでどうにかなるものでも、必要のあるものでもなかったのだろうけど。
でもそれは、俺が今までそのことに関しては無力であったことの証明でもあるようで、少し歯がゆくもある。
それ自体はどうしようもないことは頭に入っているけれど、誰かの、身近な人の力になりたいなんて考えてもいたから。
「まぁ、そんな気を落とすでない。元々お前が知る必要などなかったことなんじゃからの……。それに今は身を引いている身でもあるし、そうさせてくれたのはお前なのだから、話す気にもなれんかったんじゃ」
「え、それってどういう――――――」
そんな俺の心境を察してか、師匠は俺を気遣うように言葉をかけてくれる。
それまではいいんだけど、今なんか少し気になる言葉が聞こえたような……。
「ワシがあの組織から身を引いたのは、お前を弟子にとったことが直接的な原因じゃよ。見込みのあるやつが門下に来たし、いい機会だからやめさせろと今の頭に頼んでな」
「じゃあ俺が土下座して入門頼んだ時って……」
「あの組織にか。おったな」
「マジっすか!?」
「え、土下座って、天龍くんそんなことしてたんですか……?」
いや、まぁ、別に関係ないことなんだろうけど、さ。
でもここまで直近であの組織にかかわってたと知ると少し驚く。あと、なんとなく『ボス』が俺に興味持ったのもわかるわ。創始者が組織を辞めてまで指導に専念したいみたいなこと言われちゃ気になりますわな。
あと佐倉さんなんで引いてんの。土下座したことがそんなに意外か。
若干距離とらないでよ傷つくじゃんか。
「……まぁだからこそ、お前が組織のものにコテンパンにされた、と聞いたときは少しがっかりもしたがの。今の組織のものには負けんようにと思って育て、実際に育ったと思ったが、買い被りだったかとな」
「……あの、師匠。話が変な方向に進んでませんか? それに俺、やりあったのだって1級10位の人とですけど、普通にめちゃくちゃ強かった……」
「お前が情けない姿見せるからじゃ阿呆が。それに1級1桁ならまだしも2桁じゃろ。それにすら勝てんようじゃ武術家の中じゃ下の部類じゃぞ。まぁ実践不足のせいだとは思うが……」
「いやそいつは理不尽ってやつじゃ……って」
師匠の理不尽ともいえるお小言が飛んでくるけど、もともとこの人はストイックな方だ。俺にも高い技量を求めているのは理解できる。ん、だけども、
「…………」
今の師匠の言葉を聞いて、佐倉さんの雰囲気が明らかに変わった。
怒ってますね。真顔で怒ってるよこの人超怖え。
なんで怒ってるのかって、だって師匠の言葉、佐倉さんが聞いたらミソラさんのこと「弱い」って言ってるように聞こえかねねぇもの。佐倉さん、ミソラさんの実力を高く評価してたし、初めて会った人にこんなこと言われちゃ怒るのも無理ねぇっすよ。しかも一桁なら「まだしも」て。下手売っちゃ佐倉さんすらコケにしてるような……。
「まぁ、お前は致命的な弱点があることは否定せんが……、それで格下に負けてしまうのはのぉ。この後、さらに厳しく鍛えてやるから覚悟せいや司」
「あ、はい、その師匠、そろそろその辺に……」
言い切りやがった。「格下」って言い切りやがったこの爺さん。
多分、というか絶対、佐倉さんとミソラさんが同じチームで友達だってこと、師匠知らねぇわ。だからこんなに言葉に遠慮がないんじゃないかな。
でも、止めなきゃ。これ続けてたら佐倉さんが絶対――――――、
「あら、いいんですよ天龍くん。別に気を使っていただかなくても♪」
……ダメでした。時すでに遅し。
佐倉さん、キレました。いや語尾がなんか楽しげだけども殺気籠ってんぞ。
何してくれてんすか、師匠。仕方ないのかもしれないけどさ
「天龍くんのお師匠さん――――――、いえ、天津さん。少々よろしいですか?」
「ふむ、なんだね?」
佐倉さんはあくまで笑顔を崩さずにいるけど、その笑みはかなり威圧的だ。
その笑みを前にして師匠はあくまで平然として――――――、ってこの笑みの意味が分からない人じゃないでしょうよ。あなたは。
あれ、ほんとに何も知らないのか不安になってきた。わざとこんなこと言ったんじゃ……ないよな絶対に。
「急な申し出で大っっっ変心苦しいんですけど……、少しお手合わせ、願えますかね? 今の1級上位がどれだけのものか、ちょっと叩き込んで差し上げますよ?」
そして、佐倉さんはおもむろに立ち上がって、殺気を隠すことなく、語調を強めてそう言った。
なんだよこの超展開。誰が得するんだこんなの。
「はぁ、全く。我慢すればいいものを……って言っても無理か。咲だものね」
「まぁ、夜霧さんはよく頑張ってますよ。ホント。ええ」
「あら、優しいのね。貴方」
そして俺は、さっきまで黙っていた夜霧さんが一つ、誰にも聞こえないようため息をついてぼやくのを、とにかく宥めていることしかできなかった
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