第16話 司の師匠 天津平蔵
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天津流拳法–––––––もとい天津流は、5、600年くらい前に師匠のご先祖が、少林寺拳法や柔術から影響を受けて密かに立ち上がったもの、らしい。
元々広くこの拳法を普及しようという考えが師匠のご先祖にはなかったらしく、継承相手は家族か、広くてその親戚程度に限定されていたらしい。故に、ほぼ一子相伝の様なものだったのだとか。
でも、よく他流、他武術との交流は頻繁に行なっている。師匠が結構外交的な人で、様々な大会に出場していた時にできたコネで、俺もよく色々な人と他流試合をさせてもらったものだ。
そんな大事な拳法を赤の他人の俺に教えてくれた師匠。人生観においても個人的には尊敬に値すると思ってる。
そんな師匠が、あの組織に関わっている(かもしれない)とのことだ。正直、そんなの聞かされちゃ知らずにハイそうですかなんて黙ってるわけにはいかない。
と、いうわけで、今回は、
「……久しぶりに入るな。師匠の家」
「久しぶり、っていうと、道場自体は別のところにあるんですか?」
「あ、まあね。ここのすぐ近くに……ってか佐倉さんなんで来たん? 別に面白いところじゃないのに」
「……む、来ちゃ悪いですか? 天龍くん、私の想像以上に強かったですし、その秘密が少し気になったからですよ」
「や、別に悪意があって言ってるわけじゃないんだけど」
少し不機嫌そうに頬を膨らませてこちらを見る佐倉さん。だって今日、俺が師匠の元に行くから訓練休ませてくれって言ったらついてくるの一点張りで理由教えてくれなかったじゃんか。理由を聞きたくもなるのはしょうがない。
「それに私、日頃の訓練で結構しごいてるつもりなのに、貴方翌日ケロッとしてるんですもん。どうやってそんな体力身につけたのか非常に気になります」
「いや、しごきがキツイのは事実だぞ……。色んな意味で」
「ちょっと? 色んな意味ってどういう意味ですか? お姉さん怒らないから正直に話して。怒らないから」
「いや怒ってんじゃん。笑顔が怖いよそういうとこだよ。色々メンタルとか抉られるんだってば」
「ふふ、あの程度で抉られてるんじゃこの先やってけませんよ?」
佐倉さんの含みを持たせた笑みが少し可愛らしく、憎たらしくもあって顔をふい、と背けてしまう。
そう。この組織に入って、ミソラさんとの一件の後––––––––、俺は佐倉さんの指導の元訓練を受けている。
まぁ強度自体は少しキツイな、とは感じるけど、師匠との稽古に比べたら大したことはない。むしろ彼女はその分効率的に訓練内容を組み立ててくれている。
問題なのは彼女、熱が入ると結構口調が辛辣になる様で、訓練のたびに色々なんか言われるのだ。
「はいはい。もう終わりですか? もうちょっと考えて動いてごらんなさいな。動きが短調であくび出ますよホント」
「ちょっと、この程度の重さでギブアップですか? 生まれたての子鹿ですか貴方は。せめて生後五ヶ月くらいの小鹿くらいには成長してください。ほら、今すぐですよ?」
手ェ叩きながら言うなっての。弱いのは自覚してるんだから。
まぁ、これでもまだいい方なんだよね。本人も自覚してる様で直さなきゃとは思ってるらしいんだけど。
でも危険な現場でどんぱちやってる諜報員だから、嫌でも好戦的にならざるを得ないのかもしれないと思えば、納得もいくけどさ。
まぁメンタルトレーニングと捉えればなんとか……なるかな。なんて思ってるし、別にいい。
とにかく、この話は傍に置いとこう。これ以上は俺の心に傷がつくだけだ。
「……そんなことよりさ、そろそろ時間だから家の中入ろうか。師匠にはこの時間くらいに行くって言ってるし。待たせちゃ悪い」
「あ、話を逸らして……でもそうですね。今、やるべきことが目の前にありますもんね」
そう言って、俺は師匠の家の前にあるインターホンを押す。 軽快なチャイム音が可愛らしい音で響く。
その、次の瞬間。
「ちぇすとぉぉぉぉおお!!!」
「んなっ!?」
「おっと」
ドアが勢いよく開いて何かが飛んできた。殺気の籠ったモノが、勢いよく俺めがけて飛んでくる。佐倉さんは結構びっくりしたみたいだけど。
でも、別に驚くことじゃない。
だってよくあることだし。
飛んできたモノを、軽く手で受け流しながら躱した。そのモノは、うん、やっぱりだ。
「師匠。殺気立ってますね。どうしたんですか」
「司……。お前があの組織にに入ったことは別によい。だがの、組織の奴に負けて帰ってくるとはどういう了見じゃ。言うてみ」
「……なんか色々知ってるみたいですけど、俺話してないですよね?」
天津平蔵その人だ。ご覧の通りエネルギッシュな方だけど、一応齢70は超えてる。
白髪で白髭を携えており、150センチ前半くらいの身長をした老人……なのだけど、個人的には後50年は余裕でしょってくらい元気な方だ。
てか、俺が組織に入ったこととか色々知ってるけど誰から聞いたんだ?
「私から話したのよ。円滑に話が進むと思ってね」
「夜霧さん。来てたんですか」
「ボスから命令されたのよ。ちゃんとした人間に説明させろって天津さんから言伝が来たって」
なるほど、一応俺の現状について、よく知る人間は佐倉さんより上の立場では夜霧さんだから、彼女が説明役を買ってでたのか。
でも、政府直属の組織に要求して人を寄越すことができる存在って……師匠って俺が想像してるよりすごい人なのか……?
「まぁ、な。色々そこのお嬢さんから聞いたよ。お前が組織に入ったと聞いて、最初は憤慨したがの。監視カメラに映った映像を見させてもろうたよ。あれを見れば最低限許せるわ」
ああ、やっぱり怒ってたのか。道理で思い切り出会い頭に突進かましてきたわけだ。
やはり、危険だから。弟子をそんな危ない目に遭わせるわけにはいかないと、思ってくれたのだろうか。
「……お前がワシと言う存在がありながら、組織の奴らと訓練してるのはこの際許せるわ、といういみじゃ」
「怒ってんのそっちですか!?」
前言撤回だ。全然関係なかったじゃねぇか。
「冗談じゃ。ところで、その隣の子が話に聞いた、大切な友達、かの」
「あ、はい。紹介します。彼女は––––––––」
「あ、佐倉咲、です。天龍くんにはいつもお世話になってます」
話を振られて、佐倉さんが師匠に向かって頭を下げる。
ふむ、と師匠は唸って、佐倉さんのことをじいっと見つめる。桜さんは少し気まずそうに身じろぎをするけど、お構いなしだ。
師匠の目は、何かを見定める様な目だ。
何を見定めようとしているのかは、わからないけど。
師匠は、顔色を変えずに話を始める。
「噂で、聞いたことがあるんじゃよ。1級6位に桜色の髪をした少女がおると。組織始まって稀に見る若き秀才、とな。それは君のことか」
「……やっぱり、佐倉さんってすげえ人だったのな」
「え、や、秀才だなんて、そんな。私なんてリーダーとかに比べたらまだまだですし……」
1級6位って、ミソラさんが確か10位だったから、それよりも総合的に上の立場にあるわけだ。
俺はまだまだ佐倉さんの足元にも及ばないのか、なんてはっきりそう思わされる。
もっと強くなれって言われりゃその通り。まだまだ実力不足を痛感する。
「取り敢えず、中に入れ。司も話したいことがあるんじゃろ。腰を据えて話そうか」
そう言ってくるりと後ろを向いた師匠は、俺たちを客間へと案内すべく、家の中へと消えていく。
まぁ、今はネガティブな感情に浸っている場合ではない。まずは、師匠に組織のことについて、いろいろ聞かないとな。
そう、頭のもやを振り払うように、師匠の家の門を潜るとき、そう自分に言い聞かせた。
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