第15話 改めまして
「はは、お返し、かよ。ったく手痛いこって……うぉ」
「お、倒れた。もしかして腰抜かした? ふふ、いい気味」
腰が抜けた、か。恥ずかしいけどその通りかもしれない。まるで糸がぷつんと切れたような感覚に襲われ、後ろにバタンと尻もちを着く。緊張が変にほどけたからか手が激しく震えてる。
ヤバい、しばらく起き上がらなさそうだ。してやったりと言ったような笑顔のミソラさんが少し癪に触る、けど。
「何か言いたげ。でもそんなカッコじゃ情けなくしかないよ?」
「るっせぇ。どんだけ癪に触ったのか……」
「まぁ、そう言わないで。単純に君の実力を認めてあげたからこそでもあるから、もっと喜んでいいんじゃないかな」
そう。こんな格好じゃ、何言っても示しなんてつくはずがない。
だってほら、せめてもの抵抗に言い返してみたら彼女の笑顔が更に意地悪くなったような気がするし。彼女の静かな口調のなかにどことなく朗らかな調子が混じっている。ほんとどんだけ癪に触ってたんだよ。
「ちょっとミソラちゃん!? なんで『認めてあげる』だけで済ませてあげないのよっ!?」
「あ、やっぱり来た」
そう、後ろから声がしたかと思うと佐倉さんが結構な形相でこちらにつかつかと向かって来ているのが見えた。結構強くドアを閉めたらしい。めちゃくちゃデカい音を立ててドアが閉まる音が聞こえた。
「結構な形相」なんて形容したけどその顔は頬を膨らませていて「ぷんぷん怒っている」という感じ。まあ本人にとっちゃ結構怒っているのだろうが、正直言ってその姿は可愛らしい。
「だって私の実力があの程度って思われるのも、なんか癪。それにそれなりの力見せたんだから、私もそれなりの力で応じてあげるのが敬意だと思って」
「っ……だからって不意打ちじみた真似なんてする必要なかったじゃない……!」
「ちょっとしたサプライズのつもり。別にかましたわけじゃないんだからそこまで怒る必要なんてない」
「……ちょっとミソラちゃん? 勝手に色々やっといて随分と上から目線だね。話してもわかんないならちょっと別の方法で白黒つけよっか?」
「……案外、咲って私より戦闘狂じみてるところ、ある」
そんな可愛らしいような雰囲気だからか、ミソラさんの表情も、声も飄々としていて怒られてることなんかどこ吹く風といったような感じだ。
最後の方だけちょっと物騒なこと言ってたとかそういうのはおいておくとして。別の方法ってのは気になるけど。やたらといい笑顔で言ってたな。
……まあ、考えるのはやめとこうか。うん。知らなくていいことってあるよね。
まあとにかく、そんな感じで二人はやいのやいのと暫く言い合っていた。
その二人の言い合う姿はまるで友達がちょっとしたことであれこれ言いあう雰囲気のそれと似ていて。
さっきまでの緊張感がまるでウソのようだ。佐倉さんには申し訳ないけど、少しなごんでしまう。女子高生の日常の一ページを見ているような気分で。
そんな雰囲気にあてられたからかは分からないけど、いつの間にか足と腰に力が戻ってきたのでぐっと力を込めて立ち上がる。
佐倉さんはそれに気づいたらしい。ミソラさんと言いあっていた勢いをそのままぶつけるようにして俺にも詰め寄る。
「天龍くんも天龍くんですっ。無茶しないでって言ったそばからあなたって人は……」
桜色のキレイな髪とこちらをジト目で見つめる可愛い顔が、俺の眼前にずいっと近づく。いや近い近い。思わず後ろにたじろいで、彼女から目を逸らしてしまう。
「……いや別に、ミソラさんの実力を甘く見てたってわけじゃないんだから無茶ってほどじゃ」
「それでいて挑発まがいのことしてるんですから溜息出ますよ全く。どうせちょっとでも本気出してもらおうとか思ってたんでしょ?」
「おぐ」
……返す言葉もねえ。確かにミソラさんはちょっとキレつつも加減してくれてたけど、あれで感情に任せて本気出されてたらどうなってたか。下手すりゃさっきよりももっとひどくなってたまで……あるな。
確かにこれも彼女から見たら「無茶」というか、「無謀」のうちに入るのかもな。次からは気をつけんと。
「ふふっ。二人とも付き合って3年くらいしたカップルみたいだ。男の方が尻に敷かれてるとこともまた」
「ちょっとミソラちゃん。今そんな話してるんじゃ、それに私たちカップルなんかじゃないって」
「ごめんごめん。ちょっとそんな風に見えただけだって。そんなに必死になることないのに」
ミソラさんは相変わらず涼しい顔のまま茶々を入れるけど、その表情はさっきとちょっと違って意味ありげのようなものがくみ取れるようだ。
それが何なのかはわからないけど。
てか佐倉さんの否定の仕方がミソラさんの言う通り結構必死でちょっとショックだった。確かに俺と君は付き合ってるわけじゃないからいいけどさ。
何だこの気持ち。なんだこのやるせなさ。
地味に傷ついたわ。まあどうでもいいけどさ。
「まあとにかく、君のことは認めてあげるよ。相応の力、見せてもらったし、ね。夏希」
「あれ? あたしもう出てきていい感じ? いやー待ちくたびれたよ」
さて、仕切り直しといったようにミソラさんが声を上げた後、津浦さんが佐倉さんが出てきたドアとは反対方向の方から姿を現す。少し伸びをしつつ、けだるげな声で。
俺たちのそばまでゆっくりと歩み寄ると、ちょっと不敵な笑顔を含めて話し始める。
「ま、いいんじゃない? 最低限の力、見せてもらったしね。咲はあー言ってるけど、あんたのあーいうの、あたしは好きよ。なんか熱いじゃんか」
そう言い切ると、彼女はにこっと快活に笑う。さっきレストルームで見せた神妙な顔つきとは打って変るような表情だ。
少しドキッとした——————なんて思いたくない。自分が気の多いやつのようで殴りたくなってくる。
「んじゃ改めまして、そんな
そんな不敵な、快活な笑顔のまま、彼女は続ける。言われることは——————、何となくだけど、想像がつく。
「この組織に入る覚悟、決まったかな」
改めて、覚悟を問う質問。
おそらくこれは、彼女達なりの歓迎の言葉。
なら俺は、その言葉にはこう返すべきだろうな。
「あぁ。そんなの、一度殺されかけたときからもう決まってるよ」
「ん、じゃあ改めましてよろしく、ツカサ」
「そういうと思ったよ。ま、よろしくね」
ミソラさん、津浦さんとそれぞれ、俺に向かって手を差し伸べる。
「うん、よろしく。2人とも」
そう言って俺は、2人の手を取った。
まだまだ俺なんて彼女達からしたら「次第点」っていったところで、まだまだ
これから少しでも近づいて、そんでいつか鼻を明かしてやれればいいな、なんて思ったりした。
さて、一見落着したところでなんだけど、ちょっと気になることがある。
「で、ところで佐倉さんさっきからなんで黙ってるの…………」
そう言って佐倉さんの方に体を向ける。
その瞬間、
「って」
声が止まった。なぜってそこには
額に青筋を浮かべて、
無機質な笑顔を貼り付けた、
夜霧さんが立っていたから。
あ、ミソラさんと津浦さんが固まった。やっぱり彼女達も気付いてなかったのかよ。てかなんで今まで気付かなかったんだろう。
佐倉さんはその横でしゅんとしながら正座してる。可愛い––––––––––なんて言ってる場合じゃねぇ。
笑顔がめちゃくちゃ怖いな。そんなもの見とうなかった。
「……えっと、夜霧さん。罰則は如何程に?」
「全員そこに直りなさい。小一時間は帰さないから」
『申し訳ございません』
3人揃って仲良く正座しました。そういやさっき佐倉さんが「絶対怒られる」って言ってたけどホントその通りになったな。
「だから言ったのに、もう……」
横で聞こえてきたのは、佐倉さんの消え入りそうな声。いや、ホント申し訳ない。
それからまぁ、俺と佐倉さんは30分程、ミソラさんと津浦さんはそこからさらに追加で説教食らってそのまま解散した。
まぁ、この通り1日だけで色々あったけど。
漸くこの組織での生活が始まったような気がした。
……あ、明日佐倉さんになんか奢ってやんないとな。
俺の財布持つかな……明日。
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