第11話 絶対引かない

 そこからのミソラさんの攻めは、まさに「怒涛」の言葉がよく似合う。そうはっきりと思わされた。


 剣速、パワーが更に上がったのは言わずもがな。攻めのパターンやリズムもさっきより更に不規則かつ複雑に展開してくる。

 それでいて、一撃一撃の動きは相変わらず洗練されてるときた。


 正直、しのぐことすらままならない。


 脇に一撃、肩に一撃。足をすくわれバランスを崩したところに剣が思い切り振り下ろされる。

 最初こそ気合いでなんとか身体を動かせていたものの、身体が疲労してくるに伴って、動きが緩慢になってくる。


 でも、勿論彼女はそんなのお構いなし。更なる追撃を仕掛けてくる。


 突いてきた剣の切っ先をなんとか躱しきったものの、そこから流れで横から飛んできた肘打ちに対応することができない。


 モロに食らって、地面に倒れこむ。


「あ……がっ……!」

『天龍くん! しっかりしてっ……!もう嫌……なんでこんなことにっ……!』


 佐倉さんの悲痛なような叫び声も、頭がボーッとするのと痛みで正直気にする暇がない。

 正直、まだマシだ。あの時佐倉さんとやり合った時よりも、ひどい時の師匠との真剣勝負よりも。だってまだ骨折れてないし。


 でも、彼女は確実にダメージが蓄積されやすい所を突いてくる。同じ場所に連続して剣を叩き込んだり、痛みを感じやすい所を多く狙ったりして。


 だから、今、上手く立ち上がれずにいる。身体が重い。足に力が入らない。

 くそ、まだやれるはずなのに……!


「あーあ、ま、こんなもの、か。2級Bクラスだったら、本当にこんなもの」


 ミソラさんの、今度こそ本当に見切りをつけたような声が聞こえる。悔しいけど、立ち上がすことすらできないのだから、俺に何か言えるはずがない。


「で、どう? ここの厳しさ、少しはわかった?」


 顔を上げると、彼女の冷淡な目線が俺を射抜く。

 その冷淡な目線は、何か彼女の思惑のようなものが宿っているような気がして、ぼうっとする頭をなんとか活動させて、考えてみる。


 –––––––––ああ、そういうことか。

 なんとなくわかった、気がする。彼女がなぜ、俺に模擬戦を仕掛けてきたのかが。


 奥歯にこもる力が、自然と強くなっていくのに気づく。

 ぎゅっと拳を握ったのと同じタイミングで、勢いよくブースの扉が開く。


「もうやめてよミソラちゃん! まだ彼、入ったばっかりなんだよ!? なんでそこまで……!」


 焦りと怒りを滲ませた佐倉さんが部屋に入ってきて、ミソラさんに詰め寄る。

 気にかけてくれてんのか。優しいな、彼女は。

 でも、きっとミソラさんは––––––––、


「咲。甘すぎる」

「は?」

「この組織は、身の危険なんて日常茶飯事。当然、色んな覚悟が必要になってくる。彼、ずっと一般人だったんでしょ。覚悟だって。すぐ潰れるよ」


 ほら、ね。予想通りだ。

 おそらく、俺のことは夜霧さんから聞いていたんだと思う。出身や身元など、その他諸々。


「ボスにスカウトされたってことは、研修期間が終わったら、すぐに実戦に投入される。正直、そんな覚悟で任務に当たられるくらいなら、ここで潰してあげる方が、彼にとってもいい」

「っ……!」


 佐倉さんは物言いたげにミソラさんを睨むけど、当の彼女の表情は涼しげだ。


 ここは、今までの俺にとっては非日常。

 中途半端な覚悟なんて通用しない。

 ましてや一般人だった俺なら、その非日常に対応しきれずに潰れる………、最悪死んでしまう。

 だから、ここで潰してやめてもらうのが、1番いい。


 ああ、最もだ。最もな意見だそれ。

 でもさ、一つ引っかかるものがある。


 もしかして、俺がこの組織に入った理由も聞いてるのか?

 たしかに私的感情丸出しだし、「中途半端」なんて思われても仕方ないかもしれないけれど、

 俺にとっては、ここに入るには十分な理由だった。

 もし、もしそうだとしたら––––––––、


「悪りぃが、ここで消えるわけにはいかねぇか」


 そう思ったら、立ち上がれた。


 ったく、何が「1週間持つかな」だよ。

 何が「お手柔らかに」だよ。


 そんな態度してっから、こんな風に思われちまうんじゃねぇか。

 そんな気持ちでやってけるほど、生易しいとこじゃない、なんて、わかってたはずなのに–––––––––!


「もう一回、お願いできるか?」


 証明してやる。中途半端な覚悟じゃないってこと。例え何度ぶっ飛ばされたって、倒されたって、せめて1発ぶち込んでやるまで倒れるもんか。


「はぁ、正直君の力は知れたからもういいけど……、潰れないんだったら、やめない」


 ミソラさんは面倒そうだけど、それでも威圧するような口調と目線で語りかける。


 引け。引かないと今度こそ完膚なきまでに叩き潰すぞ。そんな意志がヒリヒリと伝わってくる。

 でも、引けねーだろ今更。こんなんで引いてるようじゃ、佐倉さんの力になるなんて、夢のまた夢だ。


「もういいですよ天龍くんっ! このことはリーダーに報告しておきます。そうすればなるべく穏やかに解決できるから……!」


 佐倉さんは縋るような声で叫ぶ。でも、これだけは譲れないから、彼女のいうことは、聞けない。


「中途半端な覚悟、なんていうなら、引くわけにはいかないよ。舐められっぱなしは性に合わないんでね……」

「そうは言っても、君は……!」


 あぁ、やっぱり許してくれないか。でもそっか。彼女からしたらわざわざ痛めつけられに行ってるようにしか見えないわけだし。


 でも、引かない。


 さて、説得に骨が折れそうだ、なんて心の中でおちゃらけて見た、瞬間、


つけても勝ててないんでしょ!?」


 理解不能な単語が飛んできた。

 おい、ちょい待ち。

 パワーブースターってなんだよ。


「え、ちょい待ってなにそれ」

「だから………って、は? いや、組織から支給されてないんですか? だって天龍くんのスタイル、徒手空拳でしょ?」

「……本当になんのことやら」


 佐倉さんは頭の中が疑問符で埋め尽くされたような表情で、こちらを見る。こてんと首を傾ける仕草は可愛らしいけれど。


「え、じゃあ、なんの強化もなしで強化かかったミソラちゃん相手に、初めてでここまで……? 嘘でしょ……?」


 呆然としている美少女がいる。でも、俺にはなんのことやら。正直一方的だったし、「ここまで」なんて言われるほどじゃないと思うんだけど。


「ごめん。とりあえず……一から説明してもらっても、いい?」



 結局しどろもどろになりつつ、説明を乞うしかなかった。

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