第10話 ミソラの実力
『テステス、天龍くん。聞こえますか?』
「OKバッチリ。問題ないよ」
『確認しました。じゃあ天龍くん。早速ですが試合の前に彼女について情報を少しだけ』
耳につけた無線越しに、佐倉さんの声が聞こえる。無線を通しているからか、普段聞く声よりも少しくぐもって聞こえる。
これはミソラさんが「ハンデ」と称して俺に渡して来たものだけど、正直ハンデになっているか怪しいところだと個人的には思う。
だって相手はプロ、かつ第一線で活躍する諜報員。
そんな彼女に純粋な戦闘力において勝っている気がしないからだ。そんな状況下でいかに佐倉さんと連携が取れるといっても、佐倉さんは戦闘に直接参加するわけじゃないため、そこまで意味のあるものには思えなかった。
けど、ミソラさん曰く「味方と通信して、連携ができることだけでもかなり有利」との事。
正直まだそれには実感が持てないでいるし、それより肉体的な実力差の方が気になるところではあるけど、プロの諜報員がそう言うのなら、きっとそうなのだろうと納得しておく。
上手く口車に乗せられてる、なんて思うかもしれないけど、佐倉さんもミソラさんの言うことには同意していたし流石にそんなことはない……と信じたい。
『彼女の名前はミソラ・アラバスター、日本人とイギリス人のハーフ、私と同期でこの組織に入った女の子で、1級上位のトップクラス諜報員です』
トップクラスの諜報員。その言葉を心の中で反芻させる。
確かに俺のことは(何故か)噂になっていたみたいだけど、なんで一流クラスの人が入りたてペーペーの初心者に目をつけたんだろう。
「実力に興味がある」なんて言っても、俺クラスの人間なんてそれこそいっぱい入ってくるだろうに。
まあそれは置いておいて、少し疑問に思うことがあるから、この場で聞いておく。
「佐倉さん、ごめんちょいと質問。その『1級上位』ってどういうものか聞いていいか?」
『あっ……そうですね。そこ、説明しとかないといけませんでしたね。すみません……』
「いや別にそんなしおれるほどのことじゃ」
1級上位、さっき医務室で取り巻いてた野次馬の人達も口にしていたこと。何かしら実力を示す階級みたいなものであることはわかるけど、それ以上はよくわからないので、ここで聞いてしまいたい。
それにしても、無線越しからでも彼女がしゅんとしているところが声の調子から想像できて、少し可愛いな、なんて思うけれど。
今はそんなところじゃない。一つ息を短く吐いて気を引き締めなおす。
「この組織には実力を示す指標として6つの階級が存在します。まず大きく分けて下から3級、2級、1級、そして特級。3級と2級にはそれぞれAクラスとBクラスがあります。Bクラスが下位、Aクラスが上位ですね」
ああ、やっぱり実力を示す指標みたいなモノだったのか。1級ってことは、やはりこの組織の中でもかなりの手練れ。
3級と2級はAクラスとBクラスに分けられてるのか。自分が今どのクラスに振り分けられているのかまだ聞いていないけど、多分1番下のクラスにいるのだろう。まあどうでもいいことなんだろうけど……って、ちょっと待って。
「あれ、3級と2級だけ? 1級はないの?」
『1級以上になると、代わりに順位が振り分けられるんですよ。1級になると人がぐっと減っちゃいますから。因みに、現在1級まで至っている諜報員は25人。ミソラちゃんはその中で現在10位です』
「あぁ、1級上位ってそういうこと……」
成る程、1級に到達できる人は限られてるからこそ順位づけして実力差をわかりやすくしてるわけか。
その中でミソラさんはトップ10に入っていると。
………どうしよう。ますます俺が戦うような相手じゃないような気がして来たんだけど。
『はい、だから本来組織に入りたての人が手合せなんてしちゃいけない人……というかこんなのリーダーにバレたら新人いびりだって絶対怒られるんですけど……。なんでこんなことになったんだろ……』
「まぁ、佐倉さんは悪くないから気にせんでも……」
やっぱりダメなんかい。
いやダメじゃないんだろうけど、間違いなくこの模擬戦自体がイレギュラー的な、もとい稀なものであることはわかった。
『まぁ、そうではあるんですけどね……あ、あとミソラちゃんの戦闘スタイルについて少しだけ、話しておきましょうか。彼女は……』
「咲、それ以上はダメ。ネタバレ厳禁」
俺と佐倉さんが喋っている間に準備を整えて来たらしいミソラさんが、ドアを開けて入ってくる。無線からミソラさんの声が聞こえて来たってことは、佐倉さんは俺から見て前方のマジックミラーの外側で見てるのか。
「さ、やろう。天龍司くん。覚悟はいいかな」
さっきの制服姿とは違い、動きやすそうな服へと衣装チェンジしている。左右の腕を交互にぐっ、と伸ばしつつ、細い半開きの目で俺を見据える。
「はい。じゃあお手柔らかに……」
俺もそう言いながらぐっ、と天津流の構えを取る。
俺のその言葉を聞いた時、彼女の目から光が消える、ような気がした。
「お手柔らかに、ね。一つ、言っておくけどさ––––––––、
そんなの実戦じゃ、あるわけないから」
そう言って彼女は、
なんの合図もなしに向かって来た。
何か長いものが、俺の胴めがけて向かってくる–––––––!
「うっ!!??」
とっさの判断で、体をくの字に折り曲げて、後ろへと飛びのく。
鋭利で、長いものが風を切って俺の体の一寸先を掠めていく。それの風を切るスピードは、俺の服がスッパリ両断されそうなほどだ。
必死に体制を立て直して、彼女の方を見てみると、
手には何処から出したのか、刃渡りの長い、西洋の騎士が使うような剣が握られていた。
「へぇ、やっぱり躱すか。最低限、噂通り」
ミソラさんは長い金髪をなびかせて、軽々しく大剣を持ち直す。
さっき佐倉さんがミソラさんの戦闘スタイルについて話そうとしていたのを唐突に思い出す。
もしかして「ミソラちゃんの戦闘スタイル」ってこれのことか?
……これ不平等極まりない気がするんだけど。こっち丸腰なのに対してあっち長物持ってるってかなりのディスアドバンテージな気がする。
「ふーん、不平等に感じる? そんな目してる」
俺の心中を察したのか、彼女は少し不満げに呟くと、少し攻撃的に俺を睨んで、
「じゃあ、これはどう? これ見てそんなこと、言える?」
さらなる追撃を仕掛ける。
剣を振り上げ、振り下ろし、斜めに叩き斬る。その一撃一撃はただ闇雲に振ってるわけじゃない。確実に俺を叩き潰さんとする動き。
力強くも、
緻密で、
洗練された動き。
剣のリーチを使った中距離戦じゃない。あくまで血の通った拳のように、彼女は剣を振るっている。
早くて、強い。こっちが仕掛ける暇も与えてくれない。
斜めに振り下ろさんとする攻撃を躱そうと身体を後ろに捻った時、ミソラさんの手がピタリと止まる。
素早く持ち手を変えてそこから俺の脇腹を思い切り振り抜いた。
「がっ……!」
『天龍くんっ!!』
痛みで佐倉さんの叫びが一瞬遠くに聞こえる。
読まれてたのか? もしくは誘導された?
あの攻撃の中で、そこまで考えて戦ってるなんて。
敵わない。剣持ってんの不平等だなんて言ってた自分を殴りたい。
たとえ、あの長物なしにしたって、到底かなう相手じゃ……!
「ああ、これはダメなの。貴方の実力、なんとなくわかったかも」
ミソラさんは今の応酬で少し乱れた綺麗な金髪をかきあげて、息を一つ吐く。
「確かに身のこなしから訓練兵以上の実力は感じる。多く見積もって2級Bクラス上がりたてくらいの実力」
俺を見下ろす半開きの目。その目はじっと俺を見据えている。
「でも、それだけ。それ以上の力は感じられない」
その目は、冷淡という言葉がとても似合うものだった。
まるで、俺の実力をすでに見切ったと言わんばかりの目だ。
くそ、馬鹿にしやがって。勝てないのはわかってる。勝とうだなんて、おこがましいことくらいわかってる。
けど、それでも、その目に少しイラっとくる。
「やろ……まだまだ……!」
「ああ、そういえばしぶとくもあったんだっけ。君」
まだだ、まだ戦えるぞ。目でそう訴える。
脇腹の痛みを堪えつつ、足にありったけの力を込めて立ち上がる。
ミソラさんのさっきまでの冷淡な目は、少し呆れたような、でも少し楽しそうな目に変わる。
本気出しなよ。全部潰してあげるから。
そんなことを考えていそうな、好戦的で、獰猛な目。
『落ち着いてください! ミソラちゃんの剣術は確かに洗練されてますけど、しっかり動きを見れば天龍くんにも……!』
「ねえ咲、そんなことさせると思う?」
佐倉さんは大きな声で、俺を正気の域に引き戻そうとするように叫ぶけど、その声は少し大きすぎたらしい。
ミソラさんにも聞こえるほどの声だったらしく、彼女はそれを遮るように呟くと、俺の目の前に躍り出る。
「さあ、さっきよりも強く、複雑に……、いくよ」
無表情に見えたけど、その顔は少し笑っているような気がした。
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