第9話 津浦夏希とミソラ・アラバスターとの対面
「これで手続きは終わりよ。組織のI.D.チップは今渡したスマホに入ってるから。くれぐれも無くさないようにね」
「……はい、わかりました」
新品のスマホ特有のツヤツヤ感と、ずっしりとした重さを肌で感じながら夜霧さんに手渡されたスマホを受け取る。
手続きは思ってたよりかは比較的すんなり済んだ。
まずはじめに秘匿義務云々に関しての同意書(この組織について関係者以外には話してはいけない、などが書いてあった)にサインをして、
そんで20分くらい待ってたら(夜霧さん曰く)組織のオーダーメイドスマホが今渡されて、
はい終わり。
すんなりどころのレベルじゃなかった。
個人的には「政府公認の組織」なんていうからもっと煩雑な手続きがあると思ってたのに、これだけで済んでしまって少し拍子抜けではあった。けど、夜霧さん曰く「貴方のことは事前に調べてしまっているから、別にこれ以上やる事がない」とのこと。
「貴方には暫くの間、ここの支部で基礎的な訓練を受けてもらいます。そのためには教育係が必要な訳だけど……、咲、お願いできるかしら」
「はい。任せてください、リーダー」
佐倉さんはぽん、と胸に手を当ててにこやかに答える。なんか心なしかウキウキしてるような気がするけれど。
夜霧さんはそんな佐倉さんを見て、僅かに笑みを浮かべる。
「じゃあ、任せるわ。まずは天龍くんにここの施設の案内をしてあげて」
「了解です。それじゃあ天龍くん。行きましょっか」
俺は佐倉さんに連れられて、この支部の部屋の一室、もとい夜霧さんのワークルームから廊下へと出る。廊下には2日前、もとい最後にここに来た時よりも人が多く行き来しているように感じる。まぁあの時はさして意識してなかったっていうのもあるけれど。
扉が音を立てて閉まると同時に、佐倉さんが口を開いて話し始めた。
「さて、ここから簡単な施設案内をする訳ですけど……、まずは貴方の教育係として、改めてよろしくお願いしますね」
「あぁ、うんよろしく……、ってか、教育係って言われると、口調とかどう接していいかわからなくなるけど……」
「別にいつも通りでいいですよ? 変にそういう時だけかしこまられるは好きじゃないですし。で・も!手加減ナシでビシバシしごいてくので、そこは覚悟してくださいね?」
「……1週間持つかな、俺」
佐倉さんに先導されるようにして、長く伸びるリノリウムの廊下を歩き始める。
それにしても手加減ナシ、か。
あの常人離れした戦闘能力を間近で経験してしまった立場としては、そう言われてしまうと正直言って無事に帰れる気がしないんだけど。
まぁ1週間に一度師匠とやる「真剣勝負」に比べればマシである……とは信じたいけども。
「む……失礼な。手加減ナシとは言っても節度は守りますよ?」
「いや、だって今佐倉さんめっちゃイキイキしてるじゃんか……。もしかしてドS? 俺、Mじゃねーぞ」
「んなぁっ!? そそ、そんな訳ないじゃないですかっ! ただ教育係なんて初めてだからちょっとワクワクしてるだけなのにぃ!」
「ジョーダンだって。悪い悪い」
「タチ悪すぎますよっ! もうっ」
彼女はぷいっとしかめっ面でそっぽを向いてしまうけど、不思議と怖いとは思えない。むしろ仕草や、初めてのことで少しワクワクしてしまうところが可愛らしい。
本当に俺、彼女のこと何も知らなかったんだなぁと改めて思わされる–––––––ってイカンイカン。どこに来てると思ってんだ。
「気ぃ引き締めんと……」
「ホントですよっ」
あ、声に出てたんか。
「あ、着きましたね。ここが医務室です。ここにある医療ポットで、任務、訓練中の怪我とか治療するんですよ」
気がつけば、つい先日まで俺がいた部屋、医務室まで来ていた。やっぱりここ医務室だったのか。そんでおそらく、俺の怪我はあの水っぽい液体が入ってるポッドが治療してくれたってわけか。
「あのポッドで俺の怪我も治療してたってこと?」
「はい。すごいでしょ? あのくらいの怪我でも数日あれば直しちゃうんですよ。 ……にしても、天龍くんの回復力は異常でしたけど……」
「え、マジで?」
結構衝撃的な事実が判明。確かにめちゃくちゃ大怪我したくせにやたらと治りが早いとは思ってたけど、それってあのポッド使えば普通なことなんじゃ……、
「大マジですよ。普通あの怪我であれば3日はかかるはずなのに、天龍くん丸一日でほとんど治ってましたし……って怪我負わせた私が言うのもなんですけど……」
ってそんな事もなかったみたい。
……そうなのか。まぁ(おそらく)骨折れてたし、血吐いてたし、その他色々やられてたし、それくらいかかるのが普通……なのか?
でも、やたら治癒力が高いのは覚えがないこともない。
それは師匠との「真剣勝負」に起因する。1か月に一度、師匠とお互い1時間全力でやりあう特訓メニュー(?)が存在するんだけど。
それは本当に苛酷かつ苛烈。数ヶ所打撲、顔アザなんてザラで、酷い時は腕の骨が折れたこともある。真剣勝負やった日はいろんな意味で家に帰れないもんなぁ。動けなくなっちまうし。その日が来る度に師匠の家に泊めてもらってる。
そんな環境を定期的に経験してたから、少し治癒力っていうものも鍛えられてた……のかもしれない。
……鍛えられるものなのかは分からないけど。
あと佐倉さん、申し訳なさそうな顔しないで。もう大丈夫だって言ってるじゃんか。全く。
まぁ気にするなっていう方が無理なのかな。
「まぁ、褒め言葉として受け取っておくよ」
「無理はしないでくださいね? そういう人って直ぐに動けるようになるからって無理しがちですから……」
少し不安そうな顔で彼女は俺を見つめてくる。体調管理もできない人間だと思われてるのだろうか、とも思ったけど、彼女なりに心配してくれているのだろう。
「大丈夫だよ。自分の体調管理くらいは把握できるさ」
「そうだといいんですけど。さて、次は訓練室に案内しますから付いてきてください」
俺の答えが聞けて少し安心したのか、彼女は僅かに笑顔になる。
さて、次はその訓練室とやらに向かおうと、俺たちは医務室の中から廊下へと視線を向けた。
「へーぇ、あれがリーダーが言ってた新入り? あんま強そうにゃ見えねぇけどなぁ」
「夏希、見かけで判断するのは危険。咲の本気を凌いだんだから、それなりに強いハズ」
その時、2人の女の子が目に入った。
お互いこちらを見ながら歩いてくる。1人はオレンジ色に染めた短髪、ボーイッシュな顔立ちに、少し肌の露出が高い服を着ている。身長は……俺より高い。160後半はあるだろ。一目見た感じ「軽そう」な印象を受ける。
もう1人は半目びらきで、寡黙な印象を受ける。長い金髪で、少し色白だが流暢な日本語を話しているあたり、ハーフだろうか。
「夏希ちゃん、ミソラちゃん。どうしてここに? 2人ともこの時間帯、大体訓練室にいるんじゃ?」
「お前が新入り連れてきたって聞いてさー。気になって見にきたんだよ。で、何さ。横にいる奴がそうな訳?」
「あ、うん。天龍司くんっていうの。で、天龍くん、紹介しますね。私のチームメイトなんですけど、この軽そうな女の子が
この2人は佐倉さんの知り合いらしい。お互いフランクに接している様子を見ると、相当仲が良いことが伺える。チームメイト、っていうと、任務をこなすに当たって組む小隊みたいなものだろうか。
と、言うことは彼女達もこの組織の諜報員か。
「おいなんだその紹介の仕方。ま、いいや、天龍だっけ? よろしくな」
「よろしく……。2人とも、これから訓練室に行くんでしょ?」
「え? うん、そうだけど……。どうしたの?ミソラちゃん」
ミソラさんは口に手を当てて少し考えるような仕草を取る。それは言いたいことが頭の中にあるけれど言おうかどうか迷っているような、そんな印象を受けるような仕草だった。
やがて、決心したかのように「うん」と1つ頷いて、口を開いた。
「少し模擬戦、お願いできるかな」
「え、模擬戦?」
「え、ちょっとミソラちゃん!? いきなりそれは……!」
模擬戦、っていうと手合わせってことなのか?
ここは犯罪未然防止機関。水準以上の人達がゴロゴロしていることは容易に想像できる。現に佐倉さんの強さを俺は身をもって体感してるし。
だから、正直言ってやりたくない。勝てる気しないし。でも、今回に限って言えば、断ることはできないみたいだ。
だって、
「興味があるから。咲の本気を凌いだ新人の実力。是非、手合わせ願いたい」
そう言いつつ津浦さんと一緒に俺の腕ホールドしてるじゃないですか。
「願いたい」っつって拒否させる気ゼロじゃねーかよ。
「ま、アタシも
「待って、なんか噂話が肥大したような印象を受けるんですが」
そもそも凌いだっつっても死にかけてるから。凌いだ内に入らないから。打撃かわせたのも初撃だけだからな!?
気づけば周りにギャラリーが出来始めてる。そのギャラリーの話の内容は、ちらりと聞こえた限りだと、
「おい、あれが噂の新人か? 1級上位の諜報員の猛攻を凌いだっていう……」
「そんな奴がアラバスターの奴と模擬戦すんのか。なんか面白そうじゃん」
……おい、なんでものの2日でこんなに噂話広まってんの? これもボスってやつの仕業か?
「まぁそれもこれも闘ってみれば全てわかる」
「発想が戦闘狂じみてるんですがそれは」
「いいから行こう。ほら」
おい、話の流れぶった切んな。ちゃんと返事しろ。そして引っ張んな痛い痛い。
ミソラさんと津浦さんに半ば引っ張られるようにして廊下を歩いていく。
「すみません、天龍くん……」
「佐倉さん、アナタも大変やね」
可愛い女の子に挟まれてるっていうラブコメ的状況なのにさぁ、
こんなに嬉しくないのはなぜだろう。そう思わざるを得なかった。
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