第7話 殺されかけて入ったのは、秘密結社でした。
「本当にごめんなさいっ!」
「いや別にいいよってか土下座はやめて佐倉さん。対応に困るし」
「よく考えて決めなさい……。きっとボスも脅しで大きく言ってるだけよ。多分」と、そう夜霧さんは言い残して、部屋から出て行った。いやそこは断定してくれよ。
暫くずボーッと今後について考えていたところ、佐倉さんが突然敵に向かって突撃するイノシシのような勢いで部屋に入ってきて、それで。
佐倉さん、土下座。勢いよく土下座。
そして今に至るわけだ。頭と地面がこんにちは(意味深)する音が聞こえた。痛そう。
正直殺されかけたのはたまったものじゃなかったのは確か。でも、佐倉さんにも色々と事情があったのも確かだし。現にこうして生きてるし。
何より、ずっと心の底では信じてくれていたってことはわかってるから。
だから、別に気にしてはない。
気にしてないんだけど、
「でもっ…でも私、天龍くんのこと、天龍くんのことをっ……!」
彼女はそうじゃないみたいだ。体を小刻みに震わせて、土下座の体制を崩さない。
心なしか、少し声も震えてるように聞こえる。
「総指揮官に嵌められてたとはいえ、一般人で、しかも友達の君を、私は……!」
殺そうとしてしまった。疑ってしまったから。
そう言いたいのだろう。
でも、もうこれ以上は言わせたくない。謝らせたくない。もう声が辛そうで聞いてられないから。
本当、彼女は正直だ。
なら、俺がやることは1つしかないだろう。
「大丈夫だよ佐倉さん。現にこうして生きてるんだし。それに、佐倉さんが俺のことを少しだけでも信じてくれてたってことはわかってるからさ」
彼女を安心させること。
自然と手がすっと動いて、彼女の頭の上に乗る。
そして優しく頭をさすって、撫でた。年下の従兄弟をあやす時、ずっとこうやってたからなぁ。体に染み付いてるのかも。まぁ今はどうでもいいんだけど。
彼女は暫く顔を赤らめてされるがままになっていた。そして、
「優しすぎるんですよ、貴方は……。もうっ。いっつもいっつも……」
少しむくれ顔で呟くけど、不思議とその声には棘も、先ほどのような辛そうなものも感じさせなかった。
ようやく、いつもの佐倉さんに戻ってきた感じがする。垂れ下がってたアホ毛も、心なしか少し元気になっているような。
これに関しては本当に気のせいだろう。
「もうっ! というかこの手退けてください! 恥ずかしいですよっ!」
「おぉ、いつもの調子が戻ってきたか。よかったよかった」
「むぅっ……! 貴方、私の頭触ったり優しい言葉囁いたり、本当にそれ誘ってるんですかっ!?」
「言い方に悪意があるし誘ってるってなんの……って、あ、あぁぁ……なるほど……」
今更、本当に今更、自分のやったことが恥ずかしくなってきた。
佐倉さんの頭の感触。
その感触を思い出して顔が赤くなる。そんな顔見せられなくて俯く。彼女は少しポカンとした後、急に悪戯っぽくクスリと笑った。
「ちなみに聞くけど、今のこと忘れてくれるなんてこと……」
「ふふっ、嫌ですよ。忘れません。ちょっとした仕返しですから」
「はは、ごめん、参ったよ……。ようやくいつも通り、だな」
「はい、佐倉咲、復活ですっ。……ありがとうございます。天龍くん」
彼女のいつも通りの快活な笑みを見れて、ようやくほっと一安心できる。やっぱり佐倉さんには、そんな笑顔が似合ってる。
そんなことはどうでもいいことかもしれないけど。
「それで、天龍くん、これからどうするつもりなんですか? 一応話だけなら、私も聞いていますけど」
どうするつもり、というのはこの組織に入るか、記憶を消されて外に出るかどちらにするのか、ということだろう。
凶悪犯罪などを未然に防ぐことを目的とした秘密組織。絶対に危険と隣り合わせの組織だ。
そんな組織に入るくらいなら、記憶を消されて外に出た方が百倍マシだ。多分大半の人がそう考えるだろう。俺も正直なところ、面倒ごとはごめんだ。
「無理して入る必要はないですよ。正直なところ私、天龍くんには危険な目にあって欲しくないですから。日常生活制限の件だって、私から掛け合えばなんとかなるかもしれないですし」
でも、このままなにもかも忘れてしまうのは、何か胸につっかえるものを感じる。佐倉さんはこう言ってくれているけど。
俺は、佐倉さんのことをなにも知らなかった。
そして、師匠までこの組織に関係しているかもしれないときた。
知らなかったことあったしまだ知らないこともある。きっと俺が気づいてないだけで、もっと俺の身近には、この組織に関係のある人や物があるかもしれない。
一度、知ってしまったから、知らないまま終わるのは、何か引っかかる。
それに中学時代からの友達である佐倉さんが、こんな仕事をやっているのを知って。
あの時見せた、辛そうな顔をしてる佐倉さんを思い出して、
忘れたくないと思うと同時に、
力になりたい、なんてそんな不相応なこと、思ってしまった。
「ありがとう。佐倉さん。暫く考える時間があったから答えは決まってる」
そして俺は彼女に、全てを話した。
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「それでいいのね?」
「はい。一度知ってしまったからには、もう後戻りできない気がして……」
あれからそのままこの施設で一夜を過ごした。
家族とかめっちゃ心配してるだろうな。そこら辺のケアとかしているのだろうか。
で、今は朝の7時半、場所は医務室を出てすぐの廊下の一角。俺は夜霧さんに、昨日自分が出した結論を伝えた。
俺が出した結論、それは、
「入りますよ。この組織『protector』に。腹はもうくくってます」
この組織に入ること。
「事実は小説よりも奇なり」なんていうけど、まさかそんなこと、自分に振ってかかるなんて思っても見なかった。
彼女は一息ついて、目を閉じる。そして、うっすらと笑って。
「じゃあ、改めまして、犯罪未然防止機関『protector』へようこそ。天龍くん。歓迎するわ」
ああ、腹をくくったなんて言ったけど、やっぱり怖いもんは怖い。
それと同時に改めて、心からこう思う。
殺されかけて入ったのは、秘密結社でした。なんて。
笑えた話じゃねーわ。
そう思った次に出たのは、苦笑いだった。
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