第6話 殺されかけて入ったのは、秘密結社でした(勧誘段階)

 –––––––佐倉咲です。皆さん、一年間よろしくお願いします。


 桜色の髪をした女の子が、軽く笑っている映像が脳裏に浮かぶ。髪の色、綺麗だな。なんていうのが第一印象だ。


 佐倉さんと出会ったのは、中学校1年の頃。 初めて見た頃の佐倉さんは、今みたいにはつらつとしておらず、むしろ口数の少ない美少女、という印象を受けた。現に入学式の自己紹介だって、これ以上のことを話すことはなかったし。


 クラスでもあまり積極的に人と関わるタイプでもなかったし、学校が終わったらいつのまにか何処かへいってしまっていたし。


 そんな彼女だから、桜色の髪というちょっと奇抜なものも相まって、周りからは少し浮いてしまっていた。

 というか、孤立していたようにも見える。


 今思えば、中学校に入ったばっかりの奴らなんて、実質小学生とあまり変わりはない。

 だから佐倉さんは一部の子供じみた奴らから


 靴を隠されたり、

 避けられたり、

 体操服を隠されたり、


 といったような嫌がらせを受けていた。


 その彼女はというと、そんな仕打ちを受けているにもかかわらず、気にも留めないような態度を取っていて。

 靴を隠されても、体操服を隠されても、避けられても溜息を一つ吐くだけだった。


 いや、だからというわけじゃないけど、

 なんか少し気に入らなくて、


 ––––––先生。俺も上靴、忘れちゃいました。

 ––––––あ、偶然。2つ体操着持ってきてたよ。


 多分人生で一番勇気ってもんを振り絞って、そんなことをしていた。

 小学時代からの友達にも、少し力添えをしてもらって、彼女を無理矢理巻き込んだ事もあったっけ。流石に1人で話しかけるのはハードル高かったから。

 多分彼女からしたら、お節介以外の何者でもなかったと思うけど。


 それでも、そうして関わっていくうちにどんどん明るくなって、はつらつとした彼女の姿が見れるようになって、まぁ、お節介焼いて良かったのかななんて考えて。


 だから、佐倉さんのこと、知ったつもりになってた。

 でも、俺、彼女のこと、なんも知らなかったんだなぁ––––––––。



 瞼に光が差し込む。

 見ていた映像が、光で急速に霞んで行って––––––。

 目が覚めた。

 …………


 水の中にいました。



『ブベガっ!?』


 いや、いくらなんでも目が覚めたら水の中にいたなんて事が実際に起こったら気が動転するに決まってる。

 なんで息が吸えてんの、てかどうしてこんなとこにいんの。

 突然のことに状況が整理できないでいると、上に体がぐいっと引っ張られる。


 水しぶきとともに、俺の体が水中から外へと飛び出す。上を見ると大きなアームが俺を掴んで吊り上げていた。ついでに口を覆っていたものが剥がれ落ちる。あ、これ酸素マスクか。


 そのアームは横にスライドさせるように俺を運ぶと、柔らかなベッドの上に落っことした。


 低く、気怠げな音が耳を覆う。その音とベッドの心地よい弾力性が、俺の頭を落ち着けて、物を考えられるだけの余裕を与えてくれた。


 暫くぼうっとしながら思考を巡らせているうちに、俺が寝る以前のこと––––––、

 とどのつまり学校の床を踏み抜いて落っこちた事とか、佐倉さんが秘密結社の諜報員だった事とか、そんでもって少し殺されかけたこととかを思い出す事ができた。


 ふと、そこで自分の異変に気付く。

 あれ、俺殺されかけたよな。絶対骨折れてたよな。なのに今、俺の体は少し気怠さと筋肉痛のような痛みを感じるだけで、体は問題ない。至って健康体だ。


『気がついたみたいね。天龍司くん』


 どこからか声が聞こえる。天井か。上を見るとスピーカーがあった。

 若い女性の声だが、淡々とした声。声の主は仏頂面で話してるのかな、なんてどうでもいい想像をする。


『今そちらまで行くから、用意した服に着替えておいて。服はあなたの右横にあるわ。それじゃあ』


 そう伝えただけで、あとはなにも聞こえなくなる。放送が急に途切れるあの焼き切れたような音もない。

 後は面と向かって話す、ということだろうか。

 まぁ今はそんなことより、着替えなきゃ。

 言われた通り俺の右手横には、俺の学校の制服が置かれていた。広げてみると、俺が使ってる服のサイズと同じもの。もちろん新品。


 そんなにズタボロになったのかよ俺の制服。全然気づかなかったけど。


 制服を着ることには慣れているので、ものの1分半くらいで着替えてしまえる。

 下着が用意されてなかったので、少し空気の通る感覚とか、肌に布の生地が触れる心地とか、少し違和感があるけれど、些細な事だ。

 暫くベッドの上であぐらをかいて座っていると、鋭くドアが横にスライドする音が聞こえた。


 音のした方向を見る。

 そこには女性が立っていた。気絶する前、佐倉さんに「リーダー」と呼ばれていた女性。相変わらず髪の色が特徴的でいらっしゃる。

 佐倉さんと同じで。


「初めまして。天龍司くん。体の調子はどう?」

「え、あぁハイ。悪くないです……ってか、申し訳ないんですけど、どちら様でしょうか……?」

「あら、そういえば自己紹介がまだだったわね。名前は夜霧霞やぎりかすみよ」


 端的な、必要最低限の自己紹介。まぁ確かに他にこの人について、今知る必要のある情報ってこれくらいだから、別に構わないけど。

 彼女は「さて、本題に入りましょう」と続ける。


「まずは、昨日は咲が迷惑をかけたわね。代わりに謝罪するわ」


 ぺこり、と頭を下げて俺に謝罪をする夜霧さん。突然のことだから、どう反応すればいいか一瞬戸惑ってしまう。

 昨日ってことは俺、丸一日くらい寝てたのか。 全然実感ないけど。


「一般人の貴方を殺しかけてしまったこと。これは私たち組織全体の責任だわ。本当は彼女も来たがってたけど……」


 夜霧さんは壁の先を見つめるように、横を向く。

 すると急に隣の部屋から猛獣が暴れてるような音が聞こえてきた。


 地面を踏みつける音、

 壁に物が当たる音、

 複数の叫び声とそれを宥めるような声。


 夜霧さんは呆れたような顔でこっちを見る。察してくれということか。

 因みに微かに聞こえてきた声は、


「離してっ! 行かせてよっ! 私がっ、私がどんな思いでっ……!」

「落ち着いて咲……。血圧上がる。そして、私がそろそろ限界……っ」

「もうヤダ……。メンドクサイ……。何故リア充の為なんぞにぃ……」


 どったんバッタンぎゃあぎゃあと、そんな感じだ。

 ……うん、なんとなくはわかった。隣の部屋で佐倉さんが暴れていて、それを止められているであろうことは。

 ……でもなんでそんなことになってんすかね。


「はは……。まぁ疑いが晴れたって事でいいんですよね? なら、よかったです」


 まぁ先ずは、疑いが晴れたことを喜ぶべきだろう。別に怒る気になんて、あの佐倉さんを見てしまったらなれるはずがないし。


 夜霧さんは少し微笑んだ。けどそれも一瞬。すぐに顔を引き締めると、1つ咳払いをして、話を続ける。


「さて次に、貴方には少しお願いがあるのだけど、その前にこの組織について、説明をした方がいいかしら」


 ……お願いってなんのことだろうか。

 何か少し不穏なものを感じさせるが、今、自分がいる場所がどんな所なのか、正直なところほとんど何もわかっていない。なので、それを話してくれるのであれば、聞いておきたい。


「はい、お願いします。裏の組織的なものって以外、本当に何もわかってないので」

「わかったわ。……貴方は今、ここを裏の組織って言ったけど、それだと少し語弊があるわね」

「語弊、とは?」

「ここは凶悪犯罪や、それに繋がる取引を未然に防ぐ組織なの。「裏の組織」っていうとその凶悪犯罪グループ、ってイメージが強いでしょう? 確かに世間に対して極秘裏に動いてるって意味では『裏の組織』なのかもしれないけど……一応政府公認の組織なのよ?」


 彼女は表情を変えずに、淡々とした声で語る。

 成る程、要するに警察じゃ手出しできない、あるいは関与できない案件を扱う組織ってことか。


 本来なら関わる筈のないものだよな。

 どうしてこうなったんだろ。まぁ今更考えても仕方ないけど。

 それにそんな組織の施設がなぜうちの学校の地下にあり、かつ入り口まであるのかは正直疑問だけど、まぁ考えられないわけでもない。

 資金援助をしてもらう代わりに、場所を提供しているとか、そんなところなんだろう。とぼんやり考える。


 よし、1つ目の疑問はこれで解けた。後は、


「あの、ここがどんな組織かっていうのはわかりました。わかったんですけど……、お願いって、なんのことでしょうか?」


 さっきの「お願い」という言葉。

 正直なところ待ってても話してくれるんだろうけど、聞かずにはいられなかった。

 何か、自分の今後に関わるナニカをされそうで。そう、例えば。


「記憶処理、とかされるんですか? 俺は」


 記憶処理。

 脳みそ弄ってここでみたこと全部忘れさせるやつ。そんなオーバーテクノロジー、もといSFじみたものあるんかいと思う人も一定数いるだろうけど、


「そういった技術は、もう既に知らないところで開発されてるもんだ」


 なんて台詞をどこかで聞いたことがある気がする。

 まぁこういった秘密裏に動いている組織ってところから、こういうことを想像してしまう辺り、俺もその系譜のマンガやアニメを見過ぎてる、というのは確かに思うけども。

 でも、疑問として出ちまったものは聞かずにはいられない。


「確かに、それが一般的ではあるわ。私達の組織の情報に触れてしまった一般人は、その日のうちに記憶を処理される。でも、貴方に頼むのは、また違ったものよ」


 あれ、違う?

 確かに記憶が処理されるっていうのは確かに当たってたみたいだけど、「俺は」そうじゃないらしい。

 じゃあ、なんだ。何されるんだ俺は。

 なんとなく、記憶を処理されるよりもっと面倒なことを頼まれるような気が–––––––。


「ここからはこれを見て頂戴。渡すように言われてるから」


 そう言って彼女は俺に向かってタブレット端末を差し出す。


「VTR、ですか」

「あら、察しがいいのね。電源をつければ再生されるわ」


 いやそりゃわかりますよ。なんとなく。

 右横の電源ボタンを押すと、画面が光り輝いた。

 映し出されたのは、ボイスメモの再生画面。

 音符がデカデカと映し出されているのと、再生時間が下に小さく書いてある

 VTRっていうよりかは音声再生だな。どうでもいいけど。


『天龍司。初めまして。私が凶悪犯罪対処機関、「protector」の総指揮官だ。名前は伏せさせてもらう』


 低い男の声。年齢は3、40台くらいか。正直声から識別できることなんてそれくらいしかないけど。てかそういえば組織名今知ったわ。

 正直ダサいような気がしないでもない。


『単刀直入に言う。夜霧霞から聞いていると思うが、君に頼みがある』


 少し手に力が入る。何故かわからないけど、少し緊張してる。

 そして、画面の中の声は、こう続けた。


『君には、私達の組織に入ってもらいたい』


 俺に対するお願いとは、

 予想を遥か彼方に超えたものだった。


「は?」


 ごめん。こんな声しか出てこなかった。だってあまりに想定外だったから。

 この組織に、入れって言ったんだよな? 一般人の俺に、か?

 疑問符で頭が埋め尽くされる。そんな俺を差し置いて、画面の中の声は話を続ける。


『君に関しての情報は既に目を通している。出身地、家族構成、そして––––––、古流拳法天津流の継承者、天津平三が唯一門下に置く存在だということも、な。彼から君についての話も聞いている』


 俺のプライバシーがここぞとばかりに侵害されているが別にそれは驚かない。正直俺の身元くらいその気になれば簡単に調べられるであろうことは予測していた。


 問題は、何故師匠の名前がここで出てくるのか、だ。

 天津平三、俺の拳法の師匠。

 確かにその道ではそこそこ有名な人だったらしいことは知っていたけど、何故、この場で、師匠の名前が。しかも、この声の主と知り合いときた。


 師匠、あなたは何者なんでしょうか?

 まさかこの組織と、何か関係が?


 疑問は増えるが、そんなの機械はお構いなし。話は止まらず進んでいく。


『君をこの組織に招き入れたかったのだが、その前にまずどの程度の実力かを図る必要があってな。故に、君をここまで来るように仕向けた。あの入り口をちょっとの衝撃で開くように少し感度を調整してな』

「いやあれお前のせいかよっ!」


 そうか合点がいった。偶然にしてはどんな確率だと自分でも思ってたわ!

 思わず叫んでしまうが仕方ない。夜霧さんが少し肩を揺らす。びっくりしたのだろうか。

 ……佐倉さんが隣であんなに暴れていたのも分かる気がする。こっちがどんな思いで……。


 ため息をつきたくなるのは山々だけど、それはこの話を聞き終わってからにしようか。


『佐倉咲を焚きつけて、君と衝突させたのも私だ。最も、あいつがあそこまで暴走してしまうのは予想外だったが……。とにかく、君の実力は申し分ない。組織でも戦闘力において上位に属する佐倉の初撃を防ぎ、かつ耐えてみせたのだからな』


 そっか。佐倉さん戦闘力トップクラスだったのかー。すごいすごい……、


 いやゾッとしたわ。

 よく生きてんな俺。そして最初の蹴りよく防げたな。いや死にかけたけども。

 てかけしかけたのもあんただったんかい。タブレットをぶん投げたい衝動に駆られるが、抑えておく。


『一日、猶予を与える。この組織に入るかを決断する猶予をな。なお、この申し出を断った場合、記憶処理を君の脳に施させてもらう。そして君の生活にも制限がつくだろう……。いい返事を期待している。以上だ』


 焼き切れるような音を立てて、音は止まった。


 昨日今日知ったばかりの、秘密結社的な組織にスカウトされて、もし断ったら記憶処理ですか。日常生活制限もセットで。


 殺されかけて入ったのは、秘密結社でした。なんてそんな冗談じみたこと。


 ハハ、笑えるわけねーだろ。

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